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#012 七万一千匹

 レベル二十二の祈祷師。

 それがどれだけ凄い実力を有するのかは分からないし、分かりたくない。

 ただ、一つだけ明確に理解出来た事がある。

 それは、目の前にいる老シャーマンが化け物だと言う事だ。

 なにせ、レベル二十一の状態で経験値の数値を〝一つ〟上げるには、レベル一の魔物を七十一匹討つ必要があるのだから。


 よしんば、レベル二十一から二十二へと上がるのに経験値が千必要だと仮定しよう。

 レベル一魔物の必要討伐数は、七万一千匹。

 凄い数だ。

 もう、小国が興せる。

 ん? 待てよ。


「祈祷師様」


 俺は居住まいを正した。


「……………………何だ?」


「レベル二十一の貴方様が……」


 俺の態度を目にし、爺さんから抗議の声が上がるも無視する。


「二十二にレベルアップする為には、相当多くのゴブリンを討つ事が必要でしょう。それこそ、百や二百ではきかない数を。そこは合っておられますか?」


「う、うむ……」


「ならば問いますが、この村の周辺にはそれ程多くのゴブリン、いや魔物が出没するのでしょうか?」


 答えが〝イエス〟なら、この地は危険だ。

 どう考えても魔物の氾濫が起きている、ないしは起きつつある。

 巻き上げられた魔石など、最早どうでも良い。

 明日の日の出を待たず、この村を離れよう。


 返ってきた答えは、


「……これは予想しなんだ」


「ええ。黒奴族がここまで聡いとは考えもしませんでした」


 アーマンとイーノスの苦々しげな顔。

 加えて、


「この村を出て何処へ行く? はっきり言うておくが、所属無き黒奴族を受け入れる地など、これより西には決して無いじゃろう」


 打って変わって俺を村に引き留め様とする、爺さんからの軽い脅しであった。

 場の空気がまるで変わる。

 俺は気にする素振りも見せずに、言い放った。


「低レベルとは言え、ゴブリンを易々と屠れる俺だ。何とかなる」


 それは浅はかな考えかも知れない。

 だが、俺には魔法もある。

 忌々しい事に〝煙〟の魔法だけどな。

 とはいえ、半分以上はブラフ(はったり)だ。

 相手から可能な限りの譲歩を引き出す為の。


「見え透いたはったりね」


 ばれたか。

 しかも、半ば空気化してた女村長に。

 だが、驚いたのはそれだけではない。


「でも、仕方がないわ。ここからは正式に交渉しましょう」


 口調だけでなく、纏っていた雰囲気までガラリと変わったのだ。


「皆も良いわね?」


 レベル二十二の祈祷師すら有無を言わせず。


(まさか、これまでの全部が演技だったと言うのか? そこまでして一体何を……)


 そんな彼女が俺に出した条件はと言うと、


「村周辺における魔物の間引きに加えて、狩猟の手伝いだと?」


 であった。


「ええ、そうよ」


「で、対価として俺が得られるのが……」


「その間の十分な食事と寝床ね」


 つい先程、養えないと言っていた奴隷労働とまるで変わらん。

 結局こいつらは非人である俺から全てを取り上げた後、使い潰す事しか考えていないのか?

 それとも、今だに足元を見ているのか。

 ならば……


「話にならん」


 交渉決裂だ。


「明日の日の出前に村を出る」


「待って。なら、条件を言って」


 俺は内心「釣れた」と嗤った。


「野山を駆け巡るんだ、山狩に耐えうる衣服も付けてくれ」何時迄も学生服だと目立つしな。「他には必要最低限の狩猟道具と生活必需品が欲しい」


「その代わり、得た物は全て村に納めるのよ?」


「魔物が残す魔石や獣から得られる肉類以外もか?」


「そう。山狩の最中に得られた物も含めて」


「全部は酷すぎやしないか?」


 山に入るのだ、山草の類も採れるだろう。

 日持ちしない物は村で物々交換し、それ以外は他所で捌けば良い。


「駄目ね」


「何故?」


「それがこの村の、猟の仕来りだから」


 また、仕来り、か。

 絶対嘘だろ。


「信じて貰えなくても結構。その代わりに、黒奴族が泣いて喜ぶ物をあげるわ」


 なに? 非人である黒奴族が泣いて喜ぶもの、だと?

 貨幣……ではないな。

 村には無いと言ってたし。

 なら、一体何だ?


「勿体ぶらずに言え」


「分からないのね」


 女村長は勝ち誇った表情を浮かべたかと思うと——


「それは〝村人〟よ」




 俺は女村長から詳しい説明を受け、今暫くこの村に残る事に。

 その後、当面の寝泊まりする場所として屋敷の離れに案内された。

 部屋にあるのは寝台と燭台、更には部屋に入る時に手渡された古い狩猟衣のみ。

 俺はやおら寝台に横になる。

 そして、自身のステータスを確認した。


————————————————————

 名前:倉内類(ルイ・クラウチ)

 種族:人族

 性別:男性

 出身:

 所属:

 年齢:16

 状態:健康

 レベル:3

 経験値:24


 称号:

 ジョブ:

 スキル:煙耐性

 魔法:煙属性


 体力:28/28

 魔力:5/5


 力強さ:11

 素早さ:8

 丈夫さ:7

 心強さ:7

 運:3

 カルマ:51

————————————————————


 レベルが三に上がってたか。

 いや、三にしかならなかったのか、だな。

 ボスゴブリンとのレベル差が三。

 つまり、五倍の経験値を得た筈なのに。


 野生動物を狩っても経験値は増えない。

 自分に比べてレベルの低い魔物を討伐しても、数匹毎にしか増えない。

 それらは経験上明らかだ。


 ならば、明日からの狩猟兼魔物の間引きは、魔物の方に注力させて貰おう。

 その方が俺の目的にも叶う。

 食料難に悩む爺さんと村人には悪いがな。


 俺は明日からの方針を決めた丁度その時、


「シツレイスル」


 との片言と共に、扉が開かれる。

 開けたのは、


「え? 君、もしかして日本人?」


 黒目黒髪の少女だった。




  ◇




 黒奴族ルイ・クラウチが、コリンと共に部屋を出た後。

 話し合いの場に今も残るのはシドとアーマン、それにイーノスの三人のみ。

 それぞれの眉間には深い谷間が彫られている。

 そんな中で、イーノスが口火を切った。


「話が穏便に纏まり、良かったですね」


 途端に、それぞれの顔に安堵の色が浮かぶ。


「ああ、拍子抜けする程じゃ。嘗て死の山を越えて現れた黒奴族の男は、自らの手で命を助けた見目麗しい婦女子を有無を言わせず隷属させ、当時の者からは強欲王と呼ばれるまでに、恐れられたと伝え聞いておったのじゃがな」


「そんな気配はまるで見えぬ」


 シドの疑問に、アーマンが応じた。


「彼が年若い黒奴族だからでしょうか?」


 とイーノスが疑問を口にする。


「十六なら成人していると見て間違いない」


「では、どうしてコリンを求めなかったのでしょう?」


 そう、彼らが一番恐れていたのがこれであった。


「分からぬのう」


「ただ彼奴には、〝欲〟がまるで無い様に見えた」


「じゃが、あの妙な時計を返す際は、天にも昇るほど嬉しそうな顔をしておったのじゃ」


「成る程。欲が無い訳では無い、と言う事ですね」


「そうじゃ。だが、物に執着する程度。つまり、あれに有るのは〝人並みの所有欲〟じゃろう」


「凡夫と変わらぬ」


「じゃが、少し脅すと彼奴、直ぐに魔法に頼ろうとしていた。あれは危うい」


「非人ですから、致し方ないのでは?」


 ルイ・クラウチ、酷い言われようである。


「イーノス、非人を人扱いせぬのは先の場限り。これ以上悪く言うのは関心せぬぞ」


「申し訳有りません、父さん」イーノスは恥じ入る様に頭を下げた。「ただ、良かったのでしょうか?」


「何がじゃ」


「あの黒奴族を離れとは言え、屋敷に住まわせる事がです」


「理由は皆に告げ、理解を得たであろうに。屋敷に留め置くのは、黒奴族の男は目を離すと危険じゃから、と」


「ですが、屋敷には今一人の黒奴族が居るではありませんか。彼らが手を組んだら……」


(くど)い!」


「すいません。先程もですが、どうしてもコリンの身が心配なのです」


「いずれ村の祈祷士になるのだ、大局を見よ。そもそも、猟場を荒らす魔物の間引きは儂一人では厳しい。故にあの者の所持品を難癖を付けて取り上げ、返す代わりに手伝わせようとしたのじゃ。当初の目論見からは外れたが、それでも飯とぼろ衣を与えるだけで魔物を屠れる者が雇える。安いものじゃ。それに、今一人居る黒奴族はまだ幼い。あの者にとっては足手纏いとなろう」


 シドの言葉に、イーノスは(ほぞ)()んだ。


「如何にもならぬ。その気持ち、儂にも良く分かるぞ」


 シドは目を細めた。


「村を守るべき者らは兵に取られ、領主様の騎士団は動けぬときた」


 そう、ここタリス村を含めたこの辺り一帯を治める領主は、近隣の領主と土地を巡り争っていたのだ。

 その為、村の若者が幾人も、随分と長い期間兵役に召し出されている。

 だからこそ、ゴブリンの襲撃を許す事態になっていた。


「なら、王に……」


「王が辺境の寒村を? 有り得ぬ」


「まぁ、流石に村の存亡に関わる事態となると、領主様も兵を割いて頂けるとは思うのですがねぇ」


「その通りじゃ。そして、その為にも森の中を確と調べねばならん」


「それでもやはり、あの様な者を連れるのは……危険ではありませんか?」


「イーノス、それは承知の上じゃ」


「でしたら!」


 身を乗り出すイーノス。

 シドはそんな彼を右手を翳すだけで制した。


「ヌシは、運よく狩れた獲物をこの老体一人で運べと言うのか?」


「そ、それは……」


「あれは東の丘から村までたった一人で橇を引いてみせた。レッド・ヘルムとフォレスト・ボアを載せた、それも背負子を元に急拵えした橇をじゃぞ。普通は出来ん」シドは更に今一つの理由を語る。「それに、あれには中々度胸があった。森の奥深くで魔物に遭遇してもおいそれとは引かんじゃろう。万が一敵わぬと逃げたとしても、村への帰り道は分からん。ゆえに、魔物を引き連れ村に戻る恐れも少ない」


 ある意味非道な理由に、イーノスは閉口する。

 代わりに、


「このアーマンが森の奥に出られるならば、あの者を使わなくとも良いのだがな。来るべき時に備える身。務めを疎かにできぬ」


 と口を開いたのはアーマンであった。


「イーノスでは力不足」


「すいません、父さん」


「ふん、村の祈禱士で一生を終えるなら今のままで構わぬ。だが……」


 アーマンは我が子イーノスを一瞥し、寂しい顔をした。


「どうした?」


「……何でも無い」


「ふん、はっきりせんのぅ」


「さて、そろそろお暇するか」アーマンは立ち上がった。「ああ、先立っては結構な品を頂戴致した。感謝に絶えぬ」


「レッド・ヘルムの肝を食い、精をつけるのじゃ。村の要たる祈祷師が貧血でどうする。それでは、孫の顔を拝めぬぞ?」


 そう言われたアーマンは寂しそうに笑いつつ、息子に連れられ村長屋敷を後にした。

 二人の姿が見えなくなるまで門の前で見送り続けたシドは、


「……今日は疲れた。明日からは子守で忙しいじゃろうし。もう、寝るか」


 肩を解しながら屋内に戻った。

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