第五十八話 暗黒の雷
10歳の女の子を攫い
ダークエルフに痴漢をし
そして今
人をひき殺した。
なんか今回は
犯罪街道まっしぐらなんだが
くそう
走る俺の脳裏に
タンンクトップにヒゲのおっさんが
ママーーアイキルドマーン
と熱唱している。
何事かと客車の窓から
アルコとボーシスが顔を出していた。
「マスター何事ですか」
「人ひいた」
走り去る俺の後方で
ボーシスの「えー」が聞こえた。
黒い塊は近づいて見てみると
動いている。
俺は効果範囲内に入るや否や
回復呪文を唱えようとするが
焦りと息が上がっている事から
上手く行かない。
メニューから呪文をフリックした。
こういう時は便利だ。
「め冥界の門が・・・」
黒い塊は人型だ。
何やら意味不明な事を言っている。
ショックで混乱しているのだろう。
全身の衣装が黒一色で統一されている。
わずかに見える肌は指先と
顔だけで、これがまた色白だ。
ミカリンがバングと見間違るのも
なんか納得だ。
「ぅぬく・・・これは時間逆行か」
いいえ治療呪文です。
「大丈夫ですか。」
黒い塊は男性だ。
やたら痩身で色白
髪はこの世界では珍しい黒髪だ。
片目は前髪で塞がれている。
見づらくないのか
「少年・・・これは君がやったのか」
男は自分の手を握ったり開いたりして
体の無事を確認している。
しっかり立ち上がった所からも
怪我は治ったようだ。
良かった殺人者にならずに済んだ。
「はい。轢いたのも直したのも
俺です。ごめんなさい」
素直に謝罪する。
何て言ってくるかな・・・。
「噂に聞く神聖魔術・・・か」
轢かれた事よりも
回復呪文の方が気になる様だ。
僧侶系の呪文は天界由来なので
神聖魔術とも言える。
「あ・・・はい。まだ下手ですけど」
普及率が分からない。
やっぱり珍しいのか。
ボサッ
音を立てて何かが落ちた。
男が頭に巻いていたターバンだ。
傷は呪文で治るが衝撃で緩んだ
衣服などはそのままなのだろう。
「くっ・・・しまった!!」
そんな大ごとか
咄嗟に
男は自らの頭を隠すかのように
両手を頭部に持っていく
あー
ハゲでも隠していたのか
そう思って男の頭部をみると
そこには悪魔みたいな角が生えていた。
「魔族!!」
いつの間にか後ろまで来ていた
3人娘、その中でボーシスがそう言った。
「くっ知られたからには
生かしておくにはいかない!」
男は背中に手を回すと
細い長剣を一発で抜き
ミカリンもやっている
正面から背面
そしてまた正面で回す
例のカッコイイ剣の回し方をして
構えた。
スゲー
俺は1m程度の杖でも
まだあそこまで上手に回せないのに
この男は150cm以上もありそうな
長剣でそれをキレイに決めた。
いっぱい練習したんだろうな。
「マスター下がって下さい」
男が抜刀したのを見て
アルコはすかさず
俺を庇う位置に立つ。
「マスター?その少年が」
そう言った男の目が青く光る。
ん
デビルアイでは無いが
力の根源の異なる
同様の効果を発揮する
走査系だな。
「成程、我と同じ魔道に身を
おきし者。見た目通りでは
無いということか・・・。」
なんか納得している。
今は完全人化しているのに
俺の正体が分かったのか。
「残念だが正体を知られた以上
見逃すワケにはいかない!」
恰好良いポーズから
体勢を深く沈み込ませる
突きを放つつもりだ。
「許せ!!!!」
「土壁」
「ドウワハッ!!」
男がダッシュする瞬間に
目の前に土壁を発生させる俺。
見事に出鼻をくじかれた格好だ。
自らが砕いた土にまみれて
突っ伏している。
「お・・・おのれ」
怒っている。
ダメージが入る強度では無いが
その分、発動が速い土壁は
お手軽に相手をハメる事が出来る。
躱しにくい。
おちょくるには最高の魔法かもしれない。
男は再び立ち上がると
後方に飛びのく
その際に横方向に一回転し
見事にマントが翻る。
思わず見とれる
映画の様なアクションだ。
着地すると
左手は右耳付近へ
剣を持った右手は背中から
頭上を経由して剣を前に垂らす。
武術的に意味があるのか
分からない構えだが
かっこいいポーズだ。
この男
いちいちポーズが決まっている。
チャッキー君は弟子入りした方がいい
つか
こいつも黒髪だ。
黒髪はこんなのしかいないのか。
「フッ…我が魔術、行使するに
値すると判断した」
どの辺でそう思ったんだろう。
壁に突っ込んだだけだよね。
もしかして壁で無様な醜態を
見せるのが嫌で
距離の取れる魔法戦に切り替えただけか
「見るがイイ!我が暗黒の雷を!!」
雷は光るモノで
暗黒じゃないんだが
そりゃ
暗いところで見る方が映えるよね。
ここで俺の余裕が消える。
男の剣に細かな雷光が走り始め
電気独特のスパーク音が響き始めた。
嘘
剣持ったまま魔法使うのか
え
ずるくないか
散々試したが
剣に代表される刃物を装備した状態では
魔法はどれも発動しないか
諦めた方が効率が良い程威力が落ちた。
もしかして魔法剣士のジョブなのか
剣と魔法を両立させる条件として
俺の頭に思い浮かんだのはそれだ。
俺もミカリンも習得出来ていないジョブで
そもそも存在するか不確定だった。
男の剣が纏う雷光は見る見る増えていく
昼間なのに視認できるのは
衣装のせいだ
体の正面に真っすぐ垂らした剣
バックは男そのものの黒い衣装だ。
もしかして
その演出の為だけに
黒で統一してるのか
「漆黒の闇の底より出でし煉獄の雷雲よ」
男の声は
きっと地声は高い
それを無理して低音を利かせている感じの声だ。
声帯は小さめだろう
カラオケならきっと女子の歌でも
射程範囲にはいる高音の持ち主に違いない。
その無理やり出してます感の強い低音で
なにやらブツブツ言っている。
感じからこれは呪文では無い
独り言だ。
ただ
雰囲気はバッチリだ。
「我が裁き、彼の地より7つの門を開き」
剣を注視する。
調べさせてもらわないと
ハッキリせんが金属でないようだ。
雷光が透ける。
刀身は黒いクリスタルなのか
魔法剣士でないとすれば
あれは「杖」だ。
「剣」みたいな形をした「杖」
それならば納得だ。
「盟約に基づき我の召喚に答えよ」
おっと
そろそろ発動しそうな文章だ。
俺はメニューを開き呪文を探した。
土系魔法
かなり始めの方で習得していたやつで
使い道が無いと思いショートカット登録
していない防御魔法があったのを
覚えているのだ。
えーと・・・これか
はい、発動。
「食らえ!!暗黒雷撃弾!!」
高らかに叫ぶ男の
全身を激しく雷光が包み
剣をカッコ良く回して
俺の方向に突きつける。
本当ならその剣先から
雷が走ったのだろう
しかし
何も起きない。
「おやぁ!?!!ちょ・・・えっ?」
男の両足から地面に雷光は
逃げる様に広がり
俺の魔法陣を浮き上がらせた。
「?????」
俺を庇うべく前に立ち両腕を
ガード姿勢にしていたアルコも
困惑している。
「あぁアルコや。大丈夫だから下がっていなさい」
咄嗟だったので
効果範囲を最大にしてしまった。
浮き上がった魔法陣の文字の大きさから
推測するに最低でも
恐らく直径数十メートルの陣だろう
「・・・はい。分かりましたマスター」
気が抜けた感じで声に力が無いアルコ。
それに焦ったのか男は慌てた。
「ちょ!!失敗?!今の無し
ワンモアプリーズ!!」
「えーっ・・・・。」
俺の後ろで控えているミカリンが
残念そうに言った。
止めて差し上げろ。
「どうぞ。」
カラクリが分かって無いようだ。
俺は提案を受け入れる。
俺も雷光はもう一回見たい
かなりカッコ良かったのだ。
「忝い・・・フゥー」
焦りが原因だと思っているのか
男は呼吸を正し精神統一を始める。
いや、違うんだけど
発動に失敗したんじゃないんだよ。
「漆黒の闇の底より出でし煉獄の雷雲よ」
俺の発動した土系の防御魔法陣
接地は
その効果範囲内の電荷を
全て地中に逃がしてしまう魔法だ。
魔法であれ物理現象であれ
電気は全てこの陣の中では
地面に吸われてしまう。
「我が裁き、彼の地より7つの門を開き」
範囲内の地面が吸える以上の電荷を
発生させない限り無効だ。
この効果範囲なら
天然の雷も消せる
これを上回る雷撃を発生させる魔力があるなら
ハッキリいって他の魔法攻撃をすべきだ。
「盟約に基づき我の召喚に答えてよ」
おい
呪文のニュアンスが
お願いする恰好になってるぞ
「フハハ!!地獄の雷撃を食らうがイイ
暗黒雷撃弾!!」
パリッ
パルリ
そんな音が聞こえ
再び足元に魔法陣が浮かび上がる。
待てど暮らせど
雷は来ない
「ノォオオオ!」
そう言って男は倒れた。
・・・勝ったのか。




