第五百五話 人側の談合
真っ先に現れたのはヨハンだった。
「俺は兄貴とベレンに行くぜ。」
まだ俺とユークリッドしかいないというのに
開口一番そう言った。
「駄目だ。
お前は今度こそバリエアを守れ。」
俺はそっけなくそう言って除けた。
「バリエアの件は確かに
俺の中で無念だった。
でもな、その後もっと後悔したのは
あの時、兄貴と共に戦えなかった事だ。」
目の光が違う。
これはバリエアを天秤に掛けて
揺さぶっても無駄だ。
俺はそう判断した。
「死ぬぞ。」
これは脅しでは無い
クリスタルドラゴンや他の古龍と
戦って実感した。
これでもシンアモンのふるいから零れた
弱い方なのだ。
竜の王相手に勝つ自信は無い。
ましてや味方を守る余裕は
考えるまでも無い。
「とっくの昔にそうなってたハズなんだよ。」
命との天秤でも揺れもしない。
これは説得は無理だな。
「いいだろう。ただ
庇える余裕はないぞ。」
「そいつは俺も同じ意見だぜ。」
ヨハンは良い笑顔だ。
まぁ最後のパーティに
ヨハンが居るのは
なんとなく俺も嬉しく感じた。
ここでヨハンはユークリッドの方に
向き直ると言った。
「行く事が決定だ。
許可が出ないなら今度こそ
最高指導者の看板は下ろさせてもらうぜ。」
ユークリッドはほくそ笑みながら答えた。
「駄目ですよ。何言ってるんですか
最終決戦、敵の親玉と戦う
その仲間に最高指導者が居てくれなければ
今後の布教に支障がでるどころか
今居る信者の信仰離れも懸念されます。
ここは嫌でも参加していただき
武勇伝のひとつでも残して下さい。」
「そこまで言うとは
逆に清々しいぜ。」
望み通りになったのに
何故か不満な様子のヨハンだ。
「それにその事を頼むなら
パウルの方ですね。
今後は彼に一任になるでしょうし。」
ユークリッドの言葉の意味
それは今しがたヨハンの背後に
現れた本人が補足してくれた。
「ユー。
やはりあなたも行かれるのか。」
パウルはその役職だけあって
流れ、今後の動きをもう予想済みのようだ。
「はい
私の方こそこれで司教の看板を
下ろさせてもらいますよ。」
ローブをめくり
その下にある明らかに司教の衣装とは
異質なベルトを見せる様にしてから
ユークリッドは続けた。
「何故、生き残っているのか
何故こんな力を有しているのか
信者はもちろん
それ以外の人々の為に
自分はどうすべきなのか
他の答えは有りませんよ。」
確かにシロウの
正体不明な攻撃の力は
竜に対してどの位有効なのか
これは気になる。
それ次第で戦局は大きく変化するだろう。
「まぁ本音を言うと
さっさと終わらせて新大陸に
戻りたいだけなんですが」
これは冗談ではなく
多分、本気で言っている。
俺以外の二人もそう思っているようで
苦虫を噛みつぶした様な表情になっていた。
「しかし、これでは人側の戦力が
まさに神頼みという一点は
不安要素になる事は否めません。」
パウルは顎に手を当てそう言った。
去る二人に対し嫌味を含まず
正直にそう言っている。
これは普段からの彼の言動による
トコロが大きいだろう。
同じセリフでも俺が言ったら
嫌味100%に聞こえるだろう。
「司教がこう言うのも
どうかと思うが・・・・
神、信じて大丈夫だろ。」
全くだ。
そうしろと布教しまくる立場の人間だ。
ヨハンの言葉にユークリッドは
自身の考えを補足した。
「もちろん、無下に見捨てはなさらないでしょうが
自身の存続と秤にかけた時
身を捨ててでもとなるかは
正直、微妙でしょうね。
それはここまでの行軍から
皆、理解していると思いますよぉ
パウルの心配は分かります。」
ユークリッドの言葉に
頭を軽く下げて答えるパウル。
「ええ、背に腹の状況では
少者は決断されてしまいます。
そしてそれは常に必ず
力無き民衆の中から出るのです。」
「私が救います。
それに民衆は力無き者ばかりではありません。」
変な声がパウルの後ろから聞こえた。
本当にウリハルなのか
俺はその姿を見た時
自分の目を疑った。
その位、今のウリハルは
威風堂々とし頼もしく見えた。
民衆のエネルギー
強化されるのは神だけでは無いって事か
「魔勇者様。いつぞやの決断
今がその時だと思います。
ウリハル・ヒリング・バルバリス
今、皇族として民を首都まで
安全に導きたいと決めました。
・・・勇者になれなくて
ゴメンなさい。」
旅立つ前に
姫として民を守るか
勇者として犠牲の上に敵を討つのか
そのどちらかを選ばなければならないと
釘を刺したんだっけな。
こいつの事だ。
体中の穴から血が出る程
悩んだんだろうな。
死人の様だった難民の顔に笑顔が戻り
彼等から感謝を受け取り
慰問安行の最中もずっと
彼等を接し言葉だけでなく
肌で人々を知ってしまった。
彼等を放す選択など
出来るハズは無いな。
「丁度よい。ヨハンもユーも
我儘を言い出したせいで
人側の戦力が不安だったんだ。
お前なら安心だ。
人々を頼んだぞ。」
俺は
どんな顔してたのかな
とにかくそう言った。
「・・・はい!」
「後、誰が何と言おうと
お前は勇者だよ。」
手で顔を覆い
泣き出してしまったウリハル。
不味い感情が漏れまくりだったが
嫌な気分にはならなかった。




