第四百九十三話 アーテイムの馬車
クワン先輩との演舞が役に立った。
「ぬぅ貴様、大剣同士の戦いに馴れているな。」
勿論、クワン先輩とはレベルが桁違いに格上だが
動きの基本そのものは同じだ。
何でもそうだが基本が大事だ。
それがしっかり出来ていれば
そうそう崩れる事は無い
逆にこれを疎かにし
技に凝れば派手な割にモロい砂上の楼閣だ。
戦闘は俺の有利に進んだが
今の巨漢のセリフに
俺は余計に警戒した。
この言い方、こいつのメインウェポンは
大剣だけじゃない。
一足飛びで後方に翻る巨漢。
そのデカイ図体に似つかわしくない身の軽さだ。
まぁ天使なら重力操作を使えるのか。
「これは本気を出さねば危ういな。」
巨漢はそう言うと
大剣を大地に刺し
左手を横に翳すと
一瞬輝き
その手には弓が現れた。
何だ
バカか。
弓
その最大の利点は攻撃範囲が広い
その一点に尽きる。
逆に言うとそれだけなのだ。
穿つなら槍の方が優れているし
斬るなら剣の方が優れている。
叩き壊すなら斧や槌の方が優れている。
破壊力
この点において弓が他の武器より
優れているモノは一切ない。
しかし
この距離のアドバンテージは
それらのマイナスが問題にならない程
戦いにおいて有効なのだ
相手より離れた場所から攻撃出来る。
つまり相手は何も出来ずに
ひたすら弓の攻撃に晒され続ける事になるのだ。
弓の利点は
距離がある場合だ。
間合いを多少取ったところで
この近距離では
もう弓は投げ捨て
ウェイトを少しでも減らし
機動力を上げる局面だ。
大男総身に知恵が回りかね
とは言うがバカすぎではないか。
まぁ楽勝に越した事は無い。
俺は有難く間合いを一気に詰め
そして
死に掛けた。
矢の速度と俺の踏み込み
その相対速度で信じられない程
速い矢に俺の眉間は晒された。
もう撃った。
天界の武具だ。
通常の弓とは異なる。
巨漢の手にしたショートボウガンは
引く動作も大型の弓に比べ速い上
弦も光の線で引くのに力が必要か怪しい
矢も装填の必要がなく
弦に手を伸ばせば
もう自動で光状態の矢が出現するのだ。
信じられない速度で撃てる
それも厄介な事に
連射で複数の矢を同時射出も可能だった。
最初の矢
俺の回避方向を予め予測し
眉間を狙う矢と
逃げる先を牽制する矢を
同時に放っていたのだ。
俺は構えた創業祭を盾替わりに
矢の軌道を逸らす事に成功し
瞬時にバックステップを取った。
ナイス判断だった。
そのまま踏み込めば
次矢の餌食だった。
俺の踏み込むはずだった場所に
矢が幾つも突き刺さっていた。
「ふむ、良い戦士だ。
勘もイイ。」
創業祭の一部がえぐれていた。
感謝祭なら折れてしまい防ぎきれず
決着だったかも知れない。
見た目の小ささを裏切る破壊力だ。
なんてヤバい弓だ。
そういえば
降臨でも四大天使達は
自身や仲間の保身よりも
武具を地上に残さない事に尽力していたな。
納得だ。
様相は一変し
俺の圧倒的な不利に変わった。
弓相手に間合いを取る。
これ以上無い悪手だが
撃ち抜かれるよりはマシだった。
そうして距離を取れば取るほど
弓に有利に働き
巨漢は曲射や
いつ何処に着弾するか予想の着かない
直上射撃など
もう技のオンパレードだった。
俺は狩人に追い詰められる獲物になっていた。
これも早目に覚悟を決める必要がある。
リスク覚悟で間合いに入るしか無いのだ。
その決断が遅れれば遅れる程
こちらの傷は増え体力は奪われ
勝機はどんどん遠のいてしまう。
通常の弓なら
矢が尽きるのを待つという手段もあるのだが
巨漢の手にする天界の弓矢は
装填数は魔力の続く限りって感じだ。
もう遠慮無くバンバン撃っている。
矢を惜しむ様子が全く無かった。
俺は意を決して飛び込む。
仕込みはしてあった。
俺の踏み込み速度はもっと上があるのだ。
今までの踏み込みに合わせた巨漢の矢は
見当違いの後方に飛んだ。
「取った。」
勝利を確信した俺は
創業祭を投げつけ
空いた手はそのままストレージから
俺専用刀「関祭」を掴み
不可視の居合だ。
これは斬ったろう。
斬れんかった。
巨漢は既に俺の頭上だった。
縦回転をしながら弓を引いていた。
俺は冷静に矢を回避しつつ背後に回った。
巨漢は着地の寸前
猫のごとく体を捻り
俺と正対する恰好で立つ。
「今のを躱すとは!」
居合の踏み込みは巨漢を予想以上に
驚かせるた様だ。
焦りを感じさせる勢いでバックステップで
距離を取りながら、そう言った。
初期の頃、ミカリンに散々後頭部を
打たれている経験が生きた。
天使特有の三次元剣術だ。
巨漢は弓を引いた状態で聞いて来た。
「貴様、何者だ。」
ここは普通に答えていいだろう。
「アモンだ。」
巨漢は驚くより納得の表情だ。
「力の魔神、ケイシオン様は危険は無いと
仰っていたが所詮は悪魔か。
アーテイムを亡き者にする為たばかったか。」
「いや、そのつもりなら
こんな面倒くさい真似はしない。
まとめてぶっ殺した方が遥かに楽だろ。」
巨漢は鉄の壁に守られた馬車
まだ痙攣しながら転がっている部下どもを
一瞥し俺の言葉を信じた様だ。
「では何用だ。力を以て全てを破壊する魔神よ。」
俺は正直に答えた。
巨漢は快活に笑うと言った。
「今まで数多の不貞の輩を下して来たが
ここまでハッキリ言った者は初めてだ。
いいだろう、俺を倒して望みを叶えてみせよ。」
そうして
第二ラウンドのスタートだ。
巨漢の方は手を出しつくしていた様子だ。
特定のパターンを繰り返していくだけだ。
俺は被弾をしながらも徐々に
間合いを詰める事に成功していた。
第一ラウンドとは狩る側と獲物側が逆転した格好だ。
魔力も悪魔力もまだ余裕。
ただ今まで幾つもかすった矢のせいで
見た目的にはボロボロで巨漢は綺麗なモンだが
一太刀入れば勝負は決まる。
巨漢の表情からはとうの昔に余裕の色は消えていた。
「・・・分からぬ。貴様何故そこまでする。
傷だらけになっても貴様から戦意が消えぬ
間一髪で命を拾いながら何故そこまでする。」
処女といたせる
これだけで男は命を掛けるモノだ。
しかし、これをそのまま言うのは
なんか情けない。
俺は例によって適当にカッコイイ理由を
その場で考えた。
「気に食わないからさ。許せないんだよ。」
「・・・アーテイムをか?」
「アーテイムを縛る鎖と
それを締め続ける民と神々だ。」
巨漢は間合いを維持しつつも
引いた弓を戻し言った。
「鎖だと?」
「ああ、何だよ処女神って
アーテイムがそう望んで
それを選んだのなら良いが
そうじゃないんだろ。
そうあれと言われる存在で
人々も神々ですら疑いも無く
そう祀り上げた。
自分達は愛し合う喜びを
自由に堪能しながらだ。」
巨漢は今まで考えもしなかったのか
探る様に自身に問いかける様に言った。
「その神格は神聖なる崇高なモノだ。」
「神聖なんかじゃねぇ!
全人類の女性が真似して実行してみろ
人類滅ぶぞ。
赤ちゃん産まれてこないんだから。
そんなものの何処に神聖があるんだ
間違っているだろ」
これには巨漢も返す答えが無い様だ。
ここだ
俺は畳みかけた。
「いいか、都合の良い理想を
アーテイムに擦り付けただけだ。
だいだい最高神が反対の行為しまくりじゃねぇか
そう言う後ろめたさみたいなモノを
自分勝手に押し付け心の安寧を欲してるんだ。
これは呪いだよ。
気に食わねぇんだ。
俺はアーテイムを直接は知らないが
何をして来たのかは聞いている。
肝心な時に役に立たない最高神や戦略神の
代わりに一番頑張ったんだろ。
そんな良い奴が不遇の目に遭わされている。
それも味方にだ
許せるかよ。
面倒くさい事を責任を重圧を押し付け
その功績にあずかっているのに
何で
何で誰もアーテイムの気持ちを汲もうとしないんだ。
恋は素敵なモノだ。
それこそ人間風情ですら
異性にときめき
心通わせ
確かめ合い
その結晶を二人で育んでいく
そんな、ささやかで当たり前だが
女性として最高の幸せを
最初っから奪って
何でみんな平気な顔が出来るんだ。
気に食わん
我慢ならん
そんなふざけた幻想は
俺がぶっ壊してやる!!」
はい
ここで
「一番ふざけた幻想を抱いているのはお前だ」
の突っ込みヨロシク巨漢!
俺はずっこける準備をして
巨漢のリアクションを待ったが
事態は予想外の方向に流れた。
巨漢は感動した様子で言った。
「俺の負けだ。」
何で!?
本気でずっこけそうになった。
「戦う理由、その強さにおいて
俺はお前のそれに遠く及ばん。
俺が守っていたのはアーテイムでは無く
皆が押し付けた幻想だった。
真に
真にアーテイムを想っているのは
お前だ、アモンよ。」
いや
会った事も無いのに
おかしいだろ。
まぁ騙されてくれるなら
それでいいか
ようし気が付く前に仕上げてしまおう。
俺は荒げた語気を
優しく和らげて言った。
「いや、想いは俺もお前を同じだ。
ただ行動としても方向が
ちょっと不幸に違っていただけだ。
お前の想いも本気だ。
だから真向勝負をしたんだ。」
「ふふ、貴様がその気になれば
部下ごとここを焼き払う事が可能なのだろう。
俺を含め殺さない様に
傷だらけになりながら・・・
戦士としても俺の負けだ。」
そこで俯いていた顔を
俺に向ける巨漢。
何かクワッとか効果音が出そうな程
真剣な表情だ。
「良いだろう。
アーテイムの純血
貴様にくれてやる。」
やったー
ありがとうございまーす。
俺は鉄壁を解除した。
外の戦闘の音が聞こえて
心配していたのだろう
150cm位のかわいい女性が
壁が消えると同時に
こちらに駆けて来た。
いらっしゃーい
じゅって~む
「お止め下さい!アーテイム様ーっ
どうか、どうかお考え直しをー!」
「下がれ巫女よ。これは運命だ。」
巨漢はそう言うと
胴当てを外した。
見事な大胸筋と
・・・なんか蚊に刺されたような
膨らみが
その大胸筋の上にあるぞ?
「この者、我が夫に相応しい。
今アーテイムの処女は散る。
巫女よ貴様はもう自由だ。
今まで世話になったな」
腰の鎧も外し始める巨漢。
なんでお前が脱ぐの
え?
え??
「ふふ、こんな日が来ようとはな」
巨漢は乙女の様に
頬を赤くそめて
いそいそと脱衣を続けていた。
あれ!?
嘘だろ。
「さぁアモンよ。
ずるいぞお前も脱ぐが良い。」
嫌です。
もしかして最大の危機なんじゃないか。
逃げようにも決界は生きている。
固まってしまった俺に
巨漢が迫る。
「さぁ・・・さぁ!!」
震えている。
悪魔の俺が恐怖に
震えている。
だ
誰か助けてくれ。
「お待ちくださーいぃ!!」
決界が一部破壊され
破ったと思われる本人が
そう叫びながら
俺達に向かって走って来た。
「ぬぅ我が決界を!!
アホデルタか。」
5位アホデルタ
6位アーテイム
アホ野郎の方が上位だったな。
何にせよ助かった。
危機は回避された。
「お止め下さいアモン様。
どうかそれだけはお許しを
性欲を満たしたいのであれば
私が・・・私が身を差し出します!!」
水を飲んでいた白鳥が表を上げる様に
安置所の死体が蘇る様に
スカートの中央付近から
巨大な何かが隆起し
スカートの生地が持ち上がっていく
言葉と裏腹に
やる気満々じゃねぇか・・・。
危機去って無かった。
むしろ増えた。
前門のアーテイム。
こうもんのアホデルタ。
何この究極の選択みたいな状況。




