第四百八十七話 ミネバの馬車
馬車の中での会話ですら
困難になる位、外が盛り上がっていた。
カーテンを指で少しだけ除けて
その様子を見ていたカシオはポツリとこぼした。
「いつだったか、あの場に勇者は居らんと
言ったが、間違いじゃったな。」
部分的な悪魔化も躊躇われるほど
活気に満ち溢れていた。
補充されていく十分なエネルギー
カシオはそれを体感しているのであろう。
あの凶悪な切れ味を発揮する勇者の力
ウリハルにはそれは受け継がれてはいなかったが
人々を良き方向に動かしていく影響力
それは間違い無く受け継がれていると
俺も感じていた。
いや、これこそが勇者の本領と言っても良い。
ウリハルは勇者だ。
「いや、あの言葉のお陰で結構助かった。」
当時求めていたのは
その戦闘力で
そんなロマンチックな優しい嘘など
屁の役にも立たなかったのだ。
うんウリハル勇者じゃなかったしな。
「そうだ。ミネバの今の様子は」
俺に敵対した戦略ミスと
この活気の原因が俺である相乗効果で
更に存在の力を失っていく結果になり
他の神とは違い回復は愚か
悪化の傾向にあるとヨハンは言っていた。
「・・・思わしくないのぉ。」
「・・・会えないか。」
俺の言葉に恐る恐るユークリッドが
割り込んで来た。
「まさかトドメを刺すおつもりでは・・・。」
「・・・・ユーさん。
ちょっとショックですよ。
そんな事しませんって。」
振り返りそう言った俺を見て
ユークリッドも少し気まずそうだ。
俺は続けた。
「それじゃ普通だ。
ここは復活させた方が
面白そうじゃないですか。」
何かすんごい表情でカシオが俺を見ている気がする。
「原因が俺だと言うなら
俺が、いや俺しか回復のきっかけを
与えられないと思うんだが・・・。」
前のセリフは冗談だよと言う意味を持たせる為
今の言葉は1トーン落として
真面目モードで言って見たのだが
ユークリッドの表情から疑いの色が消えない。
その色は疑いでは無く
単純に不安であった事が
カシオの言葉で理解出来た。
「うーん、今のミーちゃんは弱体化の極みじゃ
邪な気に対する抵抗力は皆無じゃ
表向き、或いは表層意識で恨の感情が
見受けられなくても
無意識化でそれがあった場合
確実にトドメとなってしまうじゃろう。
ユー君はそれを懸念しとるんじゃよ。
決してアモン君を信じて居らんワケじゃないじゃよ。」
この爺さん相変わらず
良いフォローだ。
だと言うのに
ユークリッドの表情は
そうじゃないけど
そう言う事にしておいた方が良いか
と如実に語っていた。
以前は表情から感情が読めない人だったが
ここ最近は変わって来たな
何か心境の変化になるような
出来事でもあったのだろうか。
まぁどうでも良いか。
「ミネバに悪影響の兆候が見られたら
即、聖域を展開すれば良いんじゃねぇか。
俺も無理強いしないですぐ撤退するよ。」
「良いアイデアですねぇ。
ただ問題が・・・。」
ユー呪文一切使えないそうだ。
ハンスやヨハン、果てはバイスまで
使いまくりだったせいで
みんな使えるもんだと思って居た。
それで良いのか九大司教。
でも、そう言えば定例報告会でも
そんな事を言っていた気がする。
確かパウルも使えないんだよな。
(秘術は除く)
役的にも必要ないせいか
年が行くと新しい事を覚えられないだけか
この二人は魔法を覚えていないんだな。
「使える奴を呼んで来れば良いだろ。」
「それが神の存在は秘匿で
教会関係者でも正体を知っている者は
限られているのです。」
「はぁ?ヨハンで良いだろ。」
何と俺と同じ理由で
面会謝絶処分だそうだ。
最高指導者がそんな指導受けている。
なんだろう
俺と教会側の争いを回避すべく
自身の希望を捻じ曲げ
俺と敵対する事も辞さない
Mr貧乏くじだと言うのに
扱いがヒドイなぁ
アモンシリーズは不遇がデフォなのか。
「一人、適任が居る・・・かな。」
俺はその人物の所在
それの確認をユークリッドに頼んだ。
ユーは確認を取らせる事も無く
居ると即答した。
ネルネルドで面識があったけか
そう言えば
「度重なる災いに人々の心労は限界だったと言うのに
流石は救世主と呼ばれる事はあるわね。
彼が一発で雰囲気を正反対にひっくり返してしまったわー。
私自身も弱体化してるかなーって思っていたのだけれど
今は気力充分、祭をもっと楽しみたいけど
ここはガマンして聖職者として
姉と共に頑張らないとと思って居たトコロに
え~っ九大司教、しかも厚を預かる
一説では最高指導者より偉いと言われるユークリッド様から
指名で呼び出されるなんて一体何があったと言うのかしら~。」
俺は中から扉を叩き開け叫んだ。
「早く入ってこいやあああああ!!」
絶好調なビビビであった。
俺はビビビにミネバの素性を伏せ
対処方法だけを説明し
極秘である事が絶対条件であると念押しした上で
頼んでみた。
「分かったわ。私口堅い方だし、任せて。」
ここは流そう。
「ああ、だからお前を呼んだんだ。」
カシオもユークリッドも今日一番の表情になった。
すぐ近くの別の馬車に移動した。
先頭のユークリッドを見るだけで
聖騎士は最敬礼をし続く俺達はノーチェックで
どこも素通りだ。
案内された馬車はカシオのと同型だ。
俺は入る前にビビビにいつでも聖域を展開出来る様に
準備を頼んだ。
念のため先にユークリッドとカシオが入り
直ぐに出て来た。
「やはり好転はしておらん。
頼めるかアモン君。」
俺は頷きビビビを一瞥した。
ビビビも俺を見て頷く
気合入りまくりの顔だ。
人状態だと言うのに結構なプレッシャーだ。
学園時代から凄かったが
更に増したようだ。
それがこれまでの試練の厳しさを窺わせた。
「失礼しまーす。」
部屋にはカーテン付きのベッドが
二台並べられていた。
その内の一つに近づくと
ユークリッドは驚かない様にと
念押ししてからカーテンをゆっくりと捲った。
「・・・え?!」
念押しの効果で
小さな悲鳴で済むビビビ。
まぁ見た目グロくは無いから
絶叫はしないとは思うが
それでも面妖だ。
横たわっている女性
ミネバだ。
衰弱している様子はない
ただ静かに横たわっているだけなのだが
露出している顔の向こうにも
マクラが薄っすらと見えた。
「透けとるんじゃないか。」
俺の妹はスケルトンだ。
これが存在の力を失うと言う事か。
本能的にマズいと感じた。
事情を知らないビビビでも
それは感じている様だ。
「起こせないか。」
そもそも触れるのか。
俺の鬼畜な一言にカシオは
状況を説明してくれた。
「起こす必要は無いんじゃ
と言うか起きておる。
応える事が出来んだけで
今、ワシらがここに居る事は理解出来ておる。」
スピーカーは死んでいるが
マイクは生きている状態か。
俺は頷いて理解した旨をカシオに伝えると
ミネバの傍らまで行き語り掛けを始めた。
「おい戦略神、そろそろ起きんと神々が滅ぶぞ。」




