第四百七十三話 勝ち逃げならぬ負け逃げ
「殺すが・・・いい。」
ゆっくり歩み寄る俺に
少女は悔しそうにそう呟いたのだ。
そのつもりだったが出来ん。
今、俺の目の前に傷つき倒れ伏しているのは少女だ。
ケダモノ相手なら躊躇しないが
少女の外見では痛めつけるなんて
俺には出来やしない。
・・・・
一部の魔王を除いてだが。
まさか俺の思考を読み
最も安全な外見にチェンジしたんじゃあるまいな。
クリスタルドラゴンは人化が出来た。
激しい空中戦の末、遂に敗れたドラゴンは地上に墜落し
今の姿に変化していた。
俺も合わせて半魔化し近くに下り立った。
クリスタルドラゴンが降下したのは
大気圏内の方が自身の機動性が高まったからだ
俺との戦闘で有利を得る為だった。
翼と重力制御を併用した急旋回と
光の粒子噴射による急加速は
知り得る限り飛行出来る生物の中で
最も優れた性能を発揮していた。
当然ながらワイバーンやドルワルドの
何か飛ぶ長目の虫みたいなのと比較にならない高性能だ。
そしてその巨体だ。
空の王者と呼ぶに相応しい。
空での最強生物だ。
だが
あくまで生物の中でだ。
完全重力制御での飛行する鋼の体
ハイエンドの悪魔の敵では無かった。
攻撃力、防御力、機動力
全ての点において俺に劣っていた。
頼みの綱のブレスも
ウリハル捜索で先に経験した古龍戦の経験で
俺は完全警戒していた為
発射の動向を見逃す事無く全て回避した。
むしろ発射直後の硬直が俺の攻撃チャンスを増やしてしまうと言う
可哀想な状態だった。
唯一食らったドラゴンの攻撃は
接近時に自分の鱗を飛ばすと言う
鱗バーストとでも言おうか
そんな攻撃だけだったが
如何せん鱗の強度が低い
いや
俺のボディが硬すぎるのだ。
命中した鱗は皆砕けて散った。
ビックリしただけだった。
ミカ戦並みの気合で臨んだ事もあり
戦闘はあっという間に
俺の圧倒的な勝利で終了してしまったのだ。
クリスタルドラゴンは力尽き
地上に墜落した。
俺の戸惑いを勝者の余裕と勘違いでもしているのだろうか
少女は俺の返事を待たずに続けた。
単に言いたかっただけの様だ。
「それにしても何故だ・・・
何故こちらの世界に先回り出来た。」
悔しさに震えながら
少女は手の平を握りしめた。
地面にかわいい指先の跡が残る。
「貴様から逃れ、先に奇襲を果たす作戦は
完璧だった。いくら貴様が強かろうと
仲間の捨て身の足止めなら・・・・。」
衣服は鱗が材料なのだろう
クリスタルの様に煌めくドレスに
身を包んでいた。
ダメージのせいでアチコチ破損し
悲惨な状態だ。
そうで無ければアイドル歌手のステージ衣装のような
華やかさだっただろう。
彼女のセリフから察するに
シンアモンさんはドラゴンの世界で
無双しまくってるようだ。
あまりのシンアモンの強さに撃退を諦め
こちらの世界の支配種である人類
その強大な力を有する勇者を奇襲で討ちに来た。
そんなトコロだろう。
現に墜落した場所から
程遠く無い先にチャッキー達は居るであろう。
そんな位置だ。
「どうやったのだー。」
悔しさにまみれた大声で
少女は俺を涙ながらに睨んだ。
外見の特徴は魔族に近い
頭部には角が生えていた。
違いは瞳だ。
動向が縦に細長く
瞼とは別に半透明の薄い膜が
その下に有り瞬きはそれが担っていた。
そしてその角だが
彼女の場合は本体の象徴でもある
クリスタル状の角で
ドラゴン形態時と同様の位置から生えていた。
「・・・二人いるんだよ。」
シンアモンから逃げたというのに
俺に迎え討たれた。
細かい説明は面倒だったし
する必要も無いだろう。
俺がそう言うと彼女はガックリと肩を降ろし
再び視線を地面に戻した。
「規格外の同型強個体が・・・
フフ後何人いるというのだ。」
ビルジバイツやアイギス
延いてはヴィータも同様だったのだろう
持ち得る力の量で年齢が変化するようだ。
見た目は少女だが中身は成人なのだろう
何か演劇で大人の役を演じている子供ような
違和感を感じた。
少女は自虐的に続けた。
「何故なのだ・・・それ程の力を持ち
何故、支配種では無いのだ。
何故、脆弱な支配種を守る。」
「あー人類の恐ろしさは
個々の強さじゃないから。
種として集団の団結力だから
あいつらが本気になったら
どんなに強い生き物でも
何世代にも渡る波状攻撃で
確実に絶滅まで持ってくから。」
それこそ細菌から巨大生物まで
もし人類が一丸となって殲滅に乗り出せば
滅ぼせない種は
きっと無いだろう。
そのつもりが無くても
産業革命以降は
滅ぼしまくりだったからなぁ。
「・・・フフ。そうか
しかし我らは滅びぬ。
如何に貴様が強かろうが
人類とやらが粘り強かろうが
我らが王の前では灰塵に帰すだろう。」
そいつがラスボスですね。
でも、それだと
「向こうの俺に始末されてないか。」
見逃すハズは無いと思うが
「フフ、降ろすまでの勝負。
それは達成された。
今は如何なるモノも我が王を傷付ける事は叶わぬ。
そして次にその機会が訪れるのは
降りた先、この世界だ。」
うーん、もう少し詳しく
そう思ったが少女の体は黄金の光の粒に変化し始めた。
移動だ。
「これまでか・・・楽しみに待っているぞ。
幻想に帰すは我らか人類とやらか。」
「なぁ共存って発想は無いのか・・・。」
一周目から
いや
元の世界に居た時から
うっすら思って居た事だ。
何で殺し合う
何故、存在を許せない。
どっちも、誰でも存在してて良いじゃないか。
三半機関の出発点だ。
特に俺の周りには綺麗なおねーさんに
存在していて欲しい
「そうのたまう者は皆滅んだ。
これは我らの勝ちかな・・・フハハハ。」
敗者なのに高らかに笑い声を上げ
やがて少女は消えた。
誰も居なくなったその場所
先程まで鎮座していた地面に向かって
俺は呟いた。
「逆だよ。肯定でなく否定を選ぶから
自らも否定に飲まれるんだ。」




