第四百五十三話 呼ぶと来ないが
偽馬車を走らせながら考えを巡らせた。
ヴァサーの防衛能力は空に限定されるようだ。
話しぶりから竜では無く
ワイバーンの対応と種類を限定して
依頼されていた事からも
その事が窺える。
以前、ヴァサーの事を最強の空軍基地と表現したが
まさにその通りで何も無い空の空間に
出現した物体の感知は優れているが
あらゆる物体が存在している地上では
その索敵能力は発揮されない様だ。
航空基地のレーダーと同じなのだろう。
だから地表を歩いて移動した古龍が
索敵から漏れたのだ。
最も厄介と思われるワイバーンの大群。
この処理だけでも相当に有難い
地上戦ならば人間でもまだ戦い様がある。
地上戦は人間に頑張ってもらうか。
元々自分達の生き残りの為の戦い何だしな。
とは言え
あの古龍クラス相手では
一匹でも滅びそうだ。
「魔勇者様!」
俺がそこまで考えた時
後ろからウリハルが御者席まで
乗り出して来てそう言った。
「中々、勘が良いじゃないか。」
複数の竜の存在を俺も感知していたのだ。
メタボの時も思ったが
ウリハルの敵を察知する能力
鼻の良さは一級品だ。
「如何致しますか。」
そう俺に聞きつつも
ウリハルの手は既に腰の剣に伸びていた。
やる気満々だ。
昨夜の内に竜の説明
それに対応する各国家の態勢も
ウリハルには話して置いた。
俺の何処の国にも組織にも加担しない姿勢も
ついでに言っておいた。
落胆されるかと多少覚悟して言ったのだが
ウリハルは俺と違い
超ポジティブお人好し回路なので
「全ての民を等しく救うおつもりなのですね。」
と目をキラキラさせて答えていた。
いや
全放置のつもりだったのだが
実際やっている事は
その通りでもあるので
その辺の解釈は好きにさせた。
「新装備のテストがてら行くぞ。」
隠れ家滞在中にウリハルの装備は一新してあった。
古龍戦で鎧は破損、剣は落とし
鞘も魔力切れで撤退中に紛失してしまっていたのだ。
本音を言うと
ウリハルの為と言うよりは
自身の作成能力に変化があるか
確認したかったのだ。
ウリハルの方も
旧装備の紛失の負い目に苛まれていた様で
謝罪と新装備の喜びと
感情のジェットコースターになって
とっちらかってしまった。
結論から言うと
作成能力も大幅な向上があったが
鉄の塊は鉄の塊なので
戦闘能力に比べれば
目に見えての進化は少なかった。
目だったのは作成時間の短縮位だ。
それよりも驚いたのは
鎧のサイズを調整しないといけなかった事だ。
そう言えば成長期なんだよな。
もう、せっかく高い服買っても
来年には着れなくなってしまうのよ。
そんな子育てママさんの
自慢なのか困っているのか
判断に迷う一言が俺の脳裏にも浮かんだ。
「はぁ・・・はぁ・・・
サイズの測り直しが必要だ。」
失敗だった。
ウリハルは何の躊躇もなく
寝間着を脱ぎ始め
変な声で「お願いします。」と返してきた。
俺は慌てて制止し
ウリハルはこういう奴だと知っていたのに
つい言ってしまう
自分の悪癖を呪ったのだ。
デビルアイで身体数値を再測定し
更新しておいた。
ウリハルの体にピッタリの完全専用装備だ。
「まるで自分の体の一部のようです。」
ウリハルはそう言って喜んでいた。
性能の方は各段の進歩は無いが
今回は鎧も作成出来たので
総合力としては結構な上昇が見込まれた。
クフィールなどに配布した
自動防御アーム
この先端にミネバインを参考にした
扇状に展開する盾を装着した。
普段は背中に鎧の一部として違和感なく
収納されている。
刺突系の鞘防御ではブレスなどの
攻撃に対してザルだった。
この扇盾があれば
今回の古龍戦でも一撃で致命傷とは
ならなかっただろう。
どうせヤメロと言っても
聞かないだろうから
少しでも生存率を上げる装備を
渡して置く事にしたのだ。
俺の「行くぞ」の一言で
ウリハルの表情は戦士のそれに変わった。
なんだかんだで戦闘経験は積んでいる。
何でも経験は大事だが
何でもかんでも体験させれば良いというモノでもない。
受け止めきれない出来事は
その人の人生を終了させてしまいかねない。
今回の瀕死の重傷
心が折れ、戦意を喪失して剣が
握れなくなってしまっても不思議では無い程のひどい目だった。
ウリハルがそうならないか心配だったが
杞憂だったようだ。
まぁ実際に戦場に立つまでは
本人も自覚出来ていない可能性もあるので
注意は必要だ。
ただイップスを患ったゴルファーの
近くには立たない方が良い
信じられない方向にボールが飛ぶのだ。
作者の友人の話だが
打ちっぱなしでドライバーなのに
ボールはハリアーより速く
垂直上昇し天井と床を
まるでブロック崩しで
隙間を通す事に成功した時の様に
ボールは激しく上下し
蛍光灯を破壊した。
マジで危ない。
「初手は俺の魔法で行くからな
言われるまで飛び出すなよ。」
「ハイ!」
こう言っておけば大丈夫だろう。
後は行けと言った時に
足がすくんでないか様子を見よう。
仮にすくんでしまっていても
悪魔男爵化し背中に乗せて
安全に対応する時間の余裕はあるだろう。
俺は偽馬車を
竜を感知した方向に向け走らせた。
反応から相手は恐らくヒタイングで見た地竜だろう。
これも安心材料だ。
あの古龍のブレスは複数で来られたら
厄介極まりない。
まぁ一応、デビルバリアの準備も
怠らない様にしておくか。
偽馬車を走らせながら
幾つもの戦闘パターンを脳内で模擬していたが
事態は予想外の方向に進んだ。
「アレ?・・・敵が。」
ウリハルも気合の抜けた声を漏らした。
「減って・・・ああ今最後の一匹がやられたな。」
感知していた地竜の反応は
見る見る減っていき
とうとう消えた。
ただこれは
もっとヤバい事態かもしれない。
地竜を簡単に葬れる戦力が
今そこに在ると言う事だ。
そしてソレはこちらに感知されていない。
身を潜めながら複数の地竜を葬る余裕がある奴
或いは奴等と言う事だ。
俺はウリハルにそう言って
警戒を怠らない様に促した。
「しかし竜の敵という事は
我々の敵では無いかも知れません。」
「敵である可能性と半々だな。」
山の麓になる荒野
針葉樹が点在する平地が現場だった。
偽馬車はそこまで辿り着いた。
俺達が目にした光景。
複数の地竜はチーズの様に
惨たらしく切り刻まれ、辺りは竜の血の海だ。
その死屍累々の中で
たった一人、異彩を放つ者がいた。
黒い剣士が大剣を携え
静かに立っていた。
これ程の戦闘の直後だと言うのに
呼吸一つみだしていない。
「・・・スゴイ。」
ウリハルは切り刻まれた地竜を
見てそう呻いた。
羨望の感情も入っていた。
この破壊力に憧れるか。
まぁ確かに全盛期のガバガバの仕業っぽいよな。
黒い剣士は
慌てる事は愚か警戒する様子すらなく佇んでいた。
顔はこちらに向いている事から
とっくにこっちに気が付いていて
むしろ待っていた様だ。
そして事実そうだった。
「お久しぶりです、アモン様。」
偽馬車を止め
歩きで近づく俺達に
黒い剣士はそう挨拶して来た。
身長は2mありそうな大男だ。
「誰だ?」
俺がそう言うと
黒い剣士はそれまでの余裕が消え
急に悲しそうな顔になった。
嘘だよ。
悪かったな。
元気だったかベネット。




