第四百四十八話 空中びっこ
心配していた情報提供元は杞憂だった。
湯あみが終わり、着替えの為の移動中に
メイドの待機部屋での会話を
ウリハルがタマタマ盗み聞きしてしまったのだ。
ほっとした
ウリハルを亡き者にしようとする勢力から
送り込まれたスパイがいるわけでは無さそうだ。
ウリハルの性格を知っているなら
おびき出す絶好の機会だったのだ。
盗み聞きを叱られるのかとでも思って居たのか
ウリハルは挙動がぎこちなかった。
俺はそのつもりは無いと言うと
胸を撫でおろしていた。
「ネルドでの詳しい話をお聞かせ願えませんか。」
安心するとウリハルは
本来の目的の情報を欲しがった。
箝口令がしかれ、テーンからも頼まれていたが
こうなってしまっては
言っても同じだろう。
俺は最近お馴染みになった竜種の説明と
ネルド、ネルネルド更にはヒタイングでの
様子をウリハルに説明した。
「竜・・・。」
勇者の家系だ。
やはり血が騒ぐのだろうか。
ウリハルは竜に特別興味を抱いた様だ。
「どの様なお姿なのでしょうか。」
やっぱそう来るよね。
ええい、がんばって書くか。
俺はテーブルを空けると
ストレージから紙とペンを取り出し
頑張って各種の竜を描いて見た。
下手でも繰り返せば成長するモノだ。
最初に比べるとかなりマシな絵になった。
改心の出来だ。
思わず自分に感動する。
絵描きと物書きは過去作品の感想が正反対になる事が多い
過去作品を見た絵描き
「俺・・・こんな下手だったのか・・・。」
過去作品を読んだ物書き
「俺、こんな面白かったのか。」
勿論、ダークやベルタには遠く及ばないが
シンアモンさんには肉迫したと思う。
俺は自信作を誇らしげにウリハルに見せた。
ウリハルは絵の上手下手関係無しに
各竜の特徴を覚えようとしていた。
絵の感想が無くて
少し寂しい俺だった。
「この古龍というのは・・・。」
「うん?」
「あんな感じでしょうか・・・?」
ウリハルはそう言って俺の背後を指差した。
視線も俺の後ろ斜めだ。
俺はウリハルの指さす方向を振り返った。
「ああ、そうそうアレアレ。」
そこに居たのは四肢と一対の翼を有した竜だ。
体積は象を二頭、縦に並べたくらいだ。
もっと怪獣サイズを想像していたが
これでも十分に脅威だろう。
いやー生で見るとカッコ良いなぁ
木々の隙間から窺える姿。
黒光りする鱗は金属を思わせる光の反射だ。
目は赤くほのかに輝き
移動に追従する様に光がなびいていた。
歩く様も威厳を感じる。
「って・・・出たぁあああああああ!!!」
しまった
大声を出してしまった。
古龍は歩みを止め
ゆっくりと鎌首をもたげ
俺の方を向いた。
「見つけた。」
翻訳機能がそう判定した。
竜の声そのものは
重い金属を転がす音のようでもあり
これから始まる嵐、雲行きの悪くなった空で鳴る
予告的な雷鳴のゴロゴロにも似た響きだった。
腹の底が揺れた。
「不味い!!襲って来る気だ。」
俺の言葉に合わせて抜刀するウリハル。
鞘も展開した。
「バカ逃げるぞ。」
悪魔男爵化が間に合わなかった。
俺は完全に虚を突かれ
対応が致命的に遅れてしまった。
咆える古龍
それだけで地面や木々が揺れた。
威圧の効果もスゴイが
レベルのお陰か俺の体は硬直する事無く
動く事が可能だった。
ウリハルも同様で玉砕剣を放つべく
素早いダッシュを始めていた。
古龍は咆えて開いた口を閉じない。
俺も駆け出しながら
ウリハルに注意を促した。
「ブレスが来るぞ!!射線上から離れろ!」
「分かっています。ギリで躱して飛び込みます!!」
予備動作
発射の兆候は無かった。
俺が半魔化した時には
もう撃った後だった。
炎でも酸でもない。
光線だった。
赤い光がウリハルを貫通した。
肉体も
それより強固なプラチナの胸当ても
まるで差が無く貫通した。
「ウリハルーーー!!」
「ガハッ!!」
返事では無かった。
破壊された肺から噴き上がった
空気と血反吐が声帯を鳴らした音だ。
血を噴き上げ
ウリハルは糸を切断された操り人形の様に
崩れ落ち
自身のダッシュのエネルギーを転がる事で消費していた。
古龍は今度は俺の方を向いた。
光線のブレスはウリハルと同じように
俺の胸板を貫通した。
もの凄い弾速だ。
反応出来るレベルじゃない
ただ範囲は恐ろしく狭い
拳大の風穴が空いただけだった。
俺は傷を放置し
最優先で地に伏したウリハルを
抱え上げると翼を展開し離脱を試みた。
「ぬ?何だアイツは。」
攻撃の成功に何の反応も見せなかった古龍
よほど余裕だったのだろう。
埃を払うのに
当然の事なのかいちいち喜んだりしない感じか。
そんな古龍だったが
ブレスを受けて絶命しない俺に
初めて反応を示した。
そのまま余裕で居てください。
逃げさせて下さい。
胸に空いた大穴のせいで
内圧が抜けてしまう
悪魔光線がこれでは撃てない。
ここは全力で離脱だ。
そう思ったのだが
俺は空中で回転してしまいそうになった。
見れば穴の空いた側の翼も損傷していた。
左右で出力が変化してしまうのだ。
「機長ーっ第一エンジンが停止しました。ナニィ?!」
1人芝居をしながらも
俺は残った健全な方の翼だけで
まるで空中でびっこをひく様に
リズミカルに上下しながら飛んだ。
これが功を奏し古龍の
第二射を回避する事が出来た。
「小癪な。」
古龍は数撃てば当たる作戦で
滅茶苦茶に発砲してきた。
もうシューテイングゲームみたいに連射だ。
展開したデビルバリアが幾度となくブレスを弾いた。
最初からこうしていればと悔やんだが
今はどうでもイイ
早く離脱してウリハルを治療しなければ・・。
腕の中のウリハルは
喉と右胸から空気の流れるヒューヒューと
言う音を立て白目を向いていた。
体温も見る見る下がり
顔色も土気色だ。
生きては居るが
長くは持たない。
あああ
焦る焦る
イカンイカン
治療には人化が必須
古龍を前に人化は自殺行為
古龍から離れなければ
・・・・今やってるのか。
空中は不味い
遮蔽物のある地表の方がまだマシだろう。
俺は木々を縫う様に地表付近を飛行しながら
全力で逃げた。
刑事モノの逃亡犯のように
途中、壁やスパイクなどを並べて
古龍の進行を遅らせようと
試みたが大した障害になっていなかった。
飛びながらの魔法では効果が無い
効きそうな大呪文の為に
止まる余裕は無い。
馴れない片翼だけの飛行で
スピードも乗らない。
とにかく俺が焦ってしまって
何もかもが中途半端になってしまった。
そんな中、古龍のブレスが
頭上のバリアを翳めた。
反動で瞬間的に下に落ちるが
俺はそのまま地面の反動を利用しようと考え
あえて反応しなかったのだが
その地面の反応が無かった。
崖だった。
「おおおおお墜ちるのかっ機長ーー!!」
一人芝居の途中
崖もまだ途中なのに着地した。
崖の途中でベランダ状に少し広めの場所があったのだ。
「お隠れになりますか?アモン様」
洞窟から聞こえた。
そのバルコニーは崖の途中にある
洞窟の出入口だったのだ。
「頼む!!」
何も迷う事は無い。
聞いた事のある声だ。
彼女なら古龍とて欺けるだろう。
俺は転がるように洞窟内へ入った。
「洞窟の存在、解除開始します。」
入り口付近に立つ少女はそう言って
片手を翳した。
金髪のツインテールが俺の通り過ぎた勢いで揺れていた。
「お久しぶりです。アモン様」
振り返る金髪少女。
服装は俺がプレゼントしたドレスだ。
「助かったよ、ゲカイちゃん。」




