第四百十二話 泣く男女
こう言っては不謹慎だが
生存者は意外に多かった。
ネルドに比べれば非戦闘員が多いネルネルドは
大勢が早々に地下に避難していたのだ。
こうなると問題になるのが物資の枯渇だ。
死体は食わないし排泄だってしないが
生きているならその対応が必要になる。
主な倉庫が全て被害に遭った事で
計算するまでも無く
これだけの人数を賄う事は不可能だ。
外からの支援無しで
現状でのネルネルドを復活は不可能だ。
壊滅という事だ。
これも不謹慎だが思っていたより
負傷者の数も少なく
状態も重症者より軽傷の方が多かった。
戦うより地下に籠城する事を
選択した非戦闘員はともかく
防戦に応じた者はこんな怪我では済まないハズだ。
その疑問は治療中に解決した。
「あの化け物・・・人間を食うんだ。」
俺が治療に当たった負傷者が
俺の質問に答えた中の一言だ。
俺は治療がてら情報欲しさに
色々質問もしていたのだ。
死体や怪我人が少ない理由がこれだ。
平らげられてしまえば何も残らん。
ネルドへの交代要員や
怪我で一時的にネルネルドに来ていた
戦士達は率先して防戦に当たり
美味しく頂かれてしまっていたのだ。
言われてみれば負傷者は
まだ訓練中の若い者が多かった。
治療の最中、俺はビビビが居なくなっている事に気が付いた。
いつから居なくなっていたんだろう。
トイレにしても長い時間が経過している様に感じた。
俺は焦りながら残っていたガガガに尋ねた。
「ん?ビビビはどこ行った。」
「やっぱり手分けした方が効率が良いと」
そこまで聞いて
俺は遮るように叫んだ。
「馬鹿が!!」
最初に治療行為も3人固まって行うと約束しておいた
その時ビビビは効率を訴え手分けして当たる事を
提案していたが俺は強く否定し
納得はしていないものの
約束を破るとは思って居なかったのだ。
避難先の地下室は建物ごと
さらに同じ建物でも幾つもに分かれていた。
手あたり次第に一つ一つ訪れては
治療と事情聴取を行っていた。
重傷者の情報が有れば優先するつもりだったが
他の地下室との連絡手段は無い
分かるハズも無かった。
「ついてこいガガガ!」
「えっでも・・・まだ怪我している人が」
「死にはしない後でも良い
それより妹が取り返しの付かない事に
なっちまうかも知れないんだぞ!」
ビビビの身に何かが起きる。
その認識でガガガの表情は一変し
素直に俺に付いて来た。
ガガガが何か質問していたが
俺は空返事でMAP画面操作に集中した。
居た。
ビビビは隣の建物だ。
俺は賭け足で現場に向かう
急げ
走った。
近くなってくる快楽の感情。
この部屋からだ。
まぁそうだよな。
ビビビの表示も同じ部屋からだった。
俺は半魔化するとノックも無しに
扉を引き剥がした。
施錠された柱の一部ごと扉は取れた。
ガガガに当てない様に放り投げると
部屋に侵入した。
部屋の中に幾つかあるベッド
その一つのベッドに数人の人だかりが
出来ていた。
そいつらは破壊された扉
俺の方を振り返った。
嫌な顔だ。
表情と言った方が良いのか
悪事に悦に入っている所を発見された。
卑猥な笑みが引きつった顔。
やめろ殺したくなる。
悲鳴が小さくなるように口の中に布切れを突っ込まれ
四肢を押さえつけられベッドに
強引に寝かされているビビビ。
俺はそれ以外の野郎全てに
強めの静電気を連続で叩き込んだ。
「な・・・何て事を・・・。」
遅れて部屋に入ったガガガがそう漏らした。
一瞬俺に言ったのかと思ってビビったが
違った様だ。
良かった。
つかそうだよね。
何でビビるんだ俺
どんだけ普段の行いが悪いんだ。
ガガガは俺を追い越しビビビの元まで走った。
抱き合って泣き出す姉妹。
俺は床に転がってビク付いている
野郎どもを縛り上げ部屋から出す作業に入った。
下半身が裸の奴もいたが
そのまま縛り上げた。
慈悲など要らんだろう。
「ゆ・・・許してくれ」
まだ痺れタイムだ。
ロレツが怪しいながらも発音出来ただけ
大したモノだ。
運び出す際に1人の男が
襟首を掴む俺にそう言って来た。
「俺に言うセリフじゃないな。」
そう言ってから勘違いしている事に気が付いた。
強姦の謝罪では無く
俺への命乞いだったのだ。
俺はそれ以後は何も言わず
縛っては他の部屋に放り込む作業を繰り返した。
今、この場での会話は無意味だ。
聞いた俺も言った本人も
後になれば違う事を言うだろう。
落ち着いて考えて最適と思われる意見だ。
今は慌てているので
そう言うフィルターの掛からない言葉が出る。
後になって「言い過ぎた」と反省したり
するのもこのパターンだ。
どっちが本当の自分を表現した言葉なのか
咄嗟に出た言葉
考え抜いて決めた言葉
どちらが真実なのか
これは本人も分からないだろうな。
運び終わっても
まだ泣き声が続いていた。
こういう時は
男性の俺は入らない方が良いだろう
ガガガを連れて来て良かった。
「落ち着いたら呼べ」と声を掛け
廊下で待った。
待つ間にアキュラ姉妹には申し訳ないが
デビルアイの透視と走査で
ビビビの状態を検査した。
いくら生命を重んじるシスターでも
こんな形での新たな生命の誕生は
望まないだろう。
万が一の時、どう秘密裡に処理するか
良い方法が思い浮かばなくて焦ったが
その必要は無かった。
ビビビの体内に他人の体液は発見されなかった。
未遂で済んだようだ。
「だから単独で行動するなと・・・。」
最悪の事態は回避され
安堵するのと同時に
俺の中に様々な感情が渦巻いた。
未遂とは言えビビビのこれからの男性観はどうなるんだ?
まともな恋愛が出きるのだろうか。
シスターとしてもどうなのだ
嫌悪する相手に癒しの魔法は成就するのか?
そして野郎共を放り込んでいる部屋からも
すすり泣く声が聞こえた。
今更ながら自分の行いを後悔しているのか。
これからの処遇を思い嘆いているのだろうか。
人は弱い。
目の前で憧れの屈強な先輩が
正体不明の大型の魔物に食われた。
そんなモノを見ては
もう剣を持てないのも無理は無い。
生命の危機に生存本能が隆起し
押さえる理性は恐怖で簡単に飛ぶ
平和なら良い人で居られたのだ。
俺の元の世界
文明はここより発達していた世界だが
同じ様な事は起きていた。
むしろもっとヒドイとも言える。
難民支援の団体にこういうのが紛れ込み
恩を餌に体を要求する不貞の輩がいるのだ。
平和でも悪い奴は悪いのだ。
最悪な気分と裏腹に
満たされていく悪感情の悪魔エネルギー。
この矛盾にも大分なれた。
いずれにしろ
俺は人から離れては生きていけないのだ。
時間が経つにつれ
両方の部屋からのエネルギー供給が治まって来た。
落ち着きを取り戻して来たようだ。
そろそろ呼ばれるかと思い
腰を上げた時
別の悪感情の発生源を感知した。
「ヤレヤレだ。」
彼等、彼女等だけ特別では無い。
今のネルネルドは誰が加害者にも
被害者にもなり兼ねないのだ。
俺は野郎共の部屋の扉
鍵部分を溶接して鍵とし
アキュラ姉妹の部屋に「すぐ戻る」と
声を掛けてから
悪感情の発生源に向かい走り出した。




