第三百七十四話 神がかった悪魔
日常は完全に崩壊した。
バング襲来の傷痕
その補修もままならぬ内に
未知の生物メタボによってベレンは
修復不能な状態に陥った。
立ち上る酸の霧は晴れる事が無く
復旧はおろか行方不明者の捜索すら
困難な状態だった。
内壁内は聖壁に守られたが
永続的に展開可能な術では無い。
教会や要人の住宅は無傷だが
衣食を支える都市機能がダウンした。
備蓄が尽きるか
聖壁の消失が先か
そのタイムリミットまでに
身の振り方を決める必要があった。
しかし、これはまだマシなほうで
都市部に居住していた者のほとんどが
住処も職も失った状態だ。
そして流通の基点でもあったベレンが
その機能を失った事は
国内のあちこちに経済的にも
物流的にも大混乱を引き起こす事は
時間の問題だった。
「法のアイアトスに続いて財のギャバンまで
胃に穴が空いてぶっ倒れちまったぜ。」
と、ヨハンは大爆笑だった。
事態収拾の為
額に血管を浮き上がらせ1人奔走するパウルは
一大決定を下した。
ベレンの一時的な廃都だ。
酸が治まるまで復興作業は出来ない。
いつ治まるか不明。
この二つの理由からの決定だ。
生き残った住民は希望に沿う形で
移民となった。
貴族や教会関係者の多くは
一大キャラバンを築いて西の首都
復興間近の新バリエアに
長いわらじを履く事になった。
基幹となる部分は施工が終了しているとの事で
思えば復興事業しておいて良かったって事だ。
間に合ったと言える。
騎士団も貴族寄りの者達は
ほとんどがこの護衛に当たるが
教会寄りのものはドーマに駐留し
ベレン復興組と防衛に着いた。
「腐っても聖地ですから。」
パウルは何とあの小っさいゲッペの教会に
居座りベレン復興に残りの人生を捧げるそうだ。
一般市民の行く先は数多に分かれた。
ベレンでの生活基盤が失われた事に
意を決してセントボージに戻る没落貴族や
流通の代替でかなりの規模を受け持つ事になった
バロードには多くの商人が移動した。
ちょっと怪しげな人々はこぞって
クリシア入りを希望したが
既に、その人たちはパウルからバイスに
全て報告され内緒で監視されているそうだ。
メタボ襲撃から一か月
そんなんで俺とユークリッドは
今日も廃墟で瓦礫の御片付けだ。
俺達には酸は全く危険でないからだ。
「トゥ!」
シロウの蹴りで即死した
2m級のメタボが俺を背後から襲った。
「ぐわぁ!」
俺は折角まとめた瓦礫の山に突っ込んだ。
「ああ、スイマセン」
「絶対わざとだろ」
メタボ達はまだちょこちょこ出現した。
主達は4隻の母艦もろとも滅んだが
湿地帯にバラまかれたメタボは
増殖しながらベレンを目指すプログラムでも
されているのか、まだ水路から
ベレンにやって来る個体が多いのだ。
それもで最近は数が減った。
ブンドンとエルフの精鋭が
積極的に北の森のメタボを
狩ってくれているお陰だ。
「ヤレヤレ」
俺は悪魔光線で死んだメタボを焼き尽くした。
メタボの亡骸は本当に何の役にも立たないのだ。
まず、食えない。
ゲテモノ食いは何処の世界にも一定数いる。
ベレンにもやはり居て
ドーマに残りながらメタボを何とか食材にしようと
かなり頑張ったらしいのだが
不味い。
栄養も無い。
利用できる毒素も無い。
何より臭く
悪い事に腐敗も速いそうだ。
更に死んだと思っていたが
そうで無かった場合、再び酸を分泌し始めるので
放置は厳禁だ。
焼却処分が絶対になった。
「これで良しと」
悪魔光線の熱量ならあっという間で消し炭だ。
大した作業では無いのだが
焼ける姿もキモいので
俺としてはやりたくない作業だ。
「お兄様!どいて!!」
突然、発せられた言葉の方を振り向くと
2m級のメタボが爆発を伴って
俺の方に飛んでくる瞬間だった。
「ごはぁ!」
見事、俺にぶち当たった。
「ゴメンナサイ!そっちに飛ぶとは」
2mの黄金の鎧が壊れた壁の
隙間から顔を出して謝罪した。
謎の黄金鎧戦士アル。
だそうだ。
「お前もわざとやってるだろ!
後、お兄様言うなバレるだろ」
「ここには誰も居ないから
良いじゃないですか。」
呼吸を必要としていないストレガは
密閉しても問題無いので
コクピットの通気性を遮断し
黄金によるコーティングと
比較的簡易な改造で
ベレン作業バージョンに換装出来た。
この環境下で稼働可能な
貴重な戦力だ。
「すまんな隠居させてやる約束だったのに」
何しろこの環境で動ける者が少ない少ない。
俺は申し訳無さそうにそう言った。
「うふふ、お兄様とずっと一緒なので
私はもうこのままでも良い位です。」
いや
こんな地獄にずっといるのはゴメンだ。
「あっ・・・はい。分かりました。
ご苦労様。お兄様、マリオとノア君は
引き上げるそうです。」
通信の秘術を傍受可能だったストレガは
自らの研究でそのカラクリを紐解き
俺が部品を生成する事で機械化に成功していた。
持ち運ぶには大きく重量がある事と
一般に普及させたくない教会の意向もあって
今現在はストレガの鎧と
乗用Vバング2機に搭載されているだけだ。
乗用Vバング
ベレン復興作業用に特別仕様だ。
乗用に改造し換気と密閉を
外の状況に合わせて切り替える仕組みだ。
念の為、濃度の少ないトコロで
活動してもらっているが風向きによっては
危険な時もあるので
一定濃度以上を感知すると
自動で密閉し警告音が鳴るようにはしておいた。
「残存魔力量がヤバいか
もうそんな時間か」
クリスタルの魔力が尽きると
一気に危険度が増すので
余裕を持って引き上げる様に言ってあるのだ。
「我々も今日はこの辺しませんか」
シロウがそう言った。
と言う事はこの辺りにもうメタボは居ない。
居ればギリギリまで討伐を優先するのだ。
折角、片づけても残っていたら
また溶かされて仕事が増えるだけなのだ。
俺は素直に従って帰路につく事にした。
一番近い地下通用蓋から
地下通路に入った。
六輪のバギー
水陸両用タイプだ。
2mの鎧も乗るので屋根無しだ。
3人で乗り込み
地下通路を走った。
照明の魔法は教わったのだが
俺には相性が悪いらしく
ヒドイ効果率で使い物にならなかった。
機構として搭載したが
ストレガ任せで
俺単独だと光らせる事が出来ない。
俺とストレガだけなら
暗視スキルがあるので
ヘッドライトなど要らないのだが
暗闇で爆走すると
ユークリッドが怖がって大騒ぎになるのだ。
この人・・・ネズミの国の
屋内ジュットコースター駄目なタイプだ。
「この地下通路なんですが・・・。」
なんだろう
俺の考えを読んだのか
ユークリッドが話しかけて来た。
「これのお陰で大勢の人の命が助かりました。」
学園生の被害が皆無だったのは
確かにこの地下通路のお陰だ。
まぁ迅速な誘導も大きいが
そもそも地下通路が無ければ
始まらなかったのだ。
「こういう事態も想定していたのですか。」
「いや、たまたまだ。悪魔の姿でも
市内を高速移動するのが主な目的だった。」
俺はそう答えたが
本当は違うと知っていた。
そもそも何で作ったんだっけ
思い出すのに少し時間が掛かった。
ブリッペだ。
水の大天使対策の一環で
地下施設が必要だった。
掘り始めたきっかけはそうだったんだが
掘って行く内に
何故だか穴掘り自体が面白く
必要以上に掘りまくった結果だった。
時間に余裕が有った事と
掘るついでに金属を大量入手出来たのも
理由に追加していいだろう。
思い出してから
訂正しない方がカッコ良いと判断し
俺は追加して言う事はしなかった。
「パウルやハンスは常々言っていたのですが・・・。」
何だ穴と関係あるのか
「あなたのする事は全て人々にとって
救いに繋がるので余計な口を挟んだり
行為を問いただして機嫌を損ねるよりも
出来る限り自由にさせておけと言っていました。」
うーん
結果だけ見ればね。
「最初は思考を放棄した非常に危険な状態だと
危惧して私は裏で独自に動いていたのですが
今になってやっと彼等に同意する気持ちです。
今こうして私がまだ何かの人の役に立てているのも
全てが必要なタイミングで必要な出来事が起きた
奇跡的な組み合わせの結果ですよ。」
ユークリッドの処遇は
ぶっちゃけそれどころでは無くなった。
裁判はおろか9大司教そのものの活動すら
覚束ないのだ。
あのタイミングより早く
事を起こしていれば何等かの処罰
処刑だって有り得た。
処罰が下され復興作業に役立てる事は無かっただろう。
遅かったら言わずもがなだ
最悪、バングとメタボとの
三大決戦になり、そうなれば
被害は数倍にも及んでいただろう。
ユークリッドの呟きには
ストレガが答えた。
「必要な時に必要な人の前に
お兄様は現れるのです。
私の時もそうでした。」
ハッチを開き
鎧の上半身は仰向けに
背中側に折りたたまれた。
コクピットから上半身だけ露出させたストレガ
特に意味はないのだがピッチピチのボディスーツ姿だ。
上半身だけでもスレンダーなのが分かる。
・・・あ、耐酸性のスーツだった。
意味あるのか。
ベルトを外し、下半身も鎧から出すと
鎧をバギーに固定し
運転席の方まで来た。
「神がかった悪魔ですねぇ。」
「はい。」
いやお前ら
勘弁してくれ。




