第三百四十二話 シロウ
「ひとつ教えて頂いても宜しいでしょうか。」
普通だ。
この段階でも普段の態度
ユークリッドには何ら
変化が見られななかった。
俺は頷いて返事とした。
「私がバング側だと、いつから思っていたのですか」
俺は足元に転がったハヤトの仮面を
拾い上げて土埃を掃った。
「ウリハルを拉致したコイツを見た時な、思ったんだ。
鬼に似ていると・・・。」
ユークリッドは反応が無い
しばらく間が空いた。
俺が黙ってしまったので
続きを促して来た。
「えーっと、それで?」
「いや、ホラ。ユーさんて鬼だし」
その妥協を許さぬ完璧主義から
裏では皆「アイツは鬼だ」と
ユークリッドの事を噂していたのだ。
「・・・それだけでですか?!」
「え?十分じゃないかな。ダメ??」
「いえ、駄目と言うか・・・えーっ」
力が抜けたのか肩を落として
ガックリとするユークリッド。
そのまましゃがみ込んでしまった。
面倒くさいので省いたが
当然それだけでは無かった。
一時は魔力収集器と疑った2~4型だったが
あの世界の状況を知った後で鑑みるに
それは偉く効率の悪いコトだ。
単純にこの世界の覇者であるヒューマン
その存在の力を奪うべく
少しでも長く稼働して欲しいハズだ。
収集能力はその為の延命機能
いわば充電しながら走る電気自動車だ。
魔法の普及は絶対に阻止したい重要事項なのだ。
先行して潜入している工作員がいるなら
それに最も尽力していた人物だろう。
出現も不自然だった。
俺が行く先に必ずと言って良い程出た。
以前見せてもらった資料では
一般の遭遇例は非常に貴重で
襲撃されたドルワルドに集中していた。
にも関わらず俺は良く遭った。
最初のハグレ以外は
俺の出現場所を知っていて
派遣、配置していると思った方が自然だ。
俺を早目に亡き者にしたいのなら
当然の行動だ。
更に対バング用の武器が完成と同時に
示し合わせた様にドルワルドから消えた。
これも対抗策として損耗を防ぐ為に
ルートを変えたと見た方が合点がいった。
そして武器の配備されていない
ヒタイング方面に出現だ。
そこへ俺を誘った人物が指示したのだろう
罠を張っても獲物が来なければ始まらないからな
俺にヒタイング行きを依頼した人物は怪しい。
そして俺を危険視し
抹殺する手段を模索して
ミカリンにも接触していた。
疑問は多々残る。
それはこれから話してくれれば嬉しいのだが
ユークリッドの言葉で
俺の思考はそこで中断された。
精神的ダメージから復活したようだ。
「成程、考えるだけ無駄骨に終わると
ハンスやパウル、そしてヨハンも
熱弁していましたね。
もっと真剣に受け止めておくべきでした。」
まるで俺が何も考えてないみたいだな。
あいつら戻ったらお仕置きだ。
ユークリッドは言葉を続けた。
「で、私をどうしますか。」
「ハヤトと同じ・・・かな」
ハヤトの仮面をストレージに
しまい込みながら俺は続けた。
「ここならソレが出来る。
誰も見ていないし全力を出しても
被害は無いでしょ。」
顎に手を当て渋い表情になった
ユークリッドは答えた。
「戦闘は苦手なんですがねぇ」
「俺もだ」
笑った。
二人で笑った。
「同じ・・・とは行きませんよ。」
笑顔から一転。
真剣な表情になったユークリッドは
妙なポーズ・・・踊りか?
を始めると
俺が突っ込む前に変化は直ぐに始まった。
白い仮面が顔を覆い
目の穴からは緑色の複眼が
溢れる様に増え拳大の眼が形成された。
その周囲にはオレンジ色の紋様が蠢き
二本の角は小さめで
触覚の様にも見えた。
体には顔と同じ配色
手足に緑、胸部腹部には
中心にオレンジが走り
胸筋、腹筋をおもわせる部分は白に変化していく
大きさは変化しなかった。
トンボかバッタが人型になった印象だ。
俺も悪魔男爵化した。
身長は相手に合わせたサイズにした。
「それが本当の姿か、ハヤトみたいに
バングとしての名前もあるんじゃないのか」
ユークリッドは実在した司教だ。
この国で生まれ育った経歴がある。
いつ乗っ取られたのかは知らないが
その姿での名前が別にあると思ったのだ。
「・・・シロウィンサーチシャー。」
え
何だって?
「シシシシ・・。」
「シロウでいいですよ。」
「すまんね。」
ポーズを取ったままユ・・シロウは
俺に尋ねて来た。
「あなたにもアモンになる前の
本当の名前があるのでは無いですか。」
ああ
あるよ。
もう出来過ぎだな。
俺は答えた。
「たけし。」
「タケシ・・・不思議と知っているような気がします。」
「俺も同じ気持ちだよ。」
ハヤトもきっとそうだ。
「では、参りますよ。」
「おぅ来やがれシロウ!」
翼は畳んだままだ。
相手が飛行しないなら
俺も飛ばない。
戦いでなく
これは勝負だ。
「トゥ!!」
変身前では考えられない
ノリの良さで、そう叫ぶシロウは
跳躍し飛び蹴りを放ってきた。
何だ只の蹴りか。
大丈夫、弾き返してやる。
俺は胸板で受ける構えだ。
避ければ良かった。
「キィーック!!」
「ぐはああああああ!!」
只の蹴りでは無かった。
バングのボディは魔力が物質化したモノだ。
蹴りそのものに魔力が上乗せされて
見た目を裏切る強烈な破壊力になっていた。
単なる物理攻撃ではなく
俺のボディ、金属粒子ひとつひとつに
その魔力が襲い掛かる。
原子を構成している電子が
強制的に離脱しようとしていた。
鋼を超える強度を誇る結合力が
瞬間的に弱まり粉砕寸前で
俺は何とか結合力を補強し
砕け散らないで済んだ。
自由に動かせるボディだから助かった。
普通の金属なら爆発を伴って崩壊していただろう。
もし見ている人が居れば
「何で蹴っただけで爆発するの?」
と思うかもしれないが
そう言う理屈だ。
ただの蹴りじゃあないの
「耐えるとは、やるな
しかしこれはどうだ!トゥ!!」
見た目だけじゃなく
人柄も変わったのか
ユークリッドっぽくないセリフとノリで
再び跳躍をした。
シロウは空中で錐揉み反転をし
再び蹴りだ。
これはマズいんじゃない。
威力は当然さっきのより強いに決まっている。
硬いのはよろしくない。
ここは柔らかい方が良いだろう。
シロウが幅跳び選手なら
俺は砂場になろう。
柔らかいという事は
ダイヤモンドより硬いって事ですよね。
荒木先生も言っている。
俺は金属粒子の結合を緩く
分子活動しやすいゲル状化した。
うん
相手がね
まぁコレならね
敵である俺はゲル状ー化ーだよね。
うまい。
『・・・デスト〇ンですわ』
そうだった。
「トウっ!」
「ぐっはああああ!!」
幻聴ババァルの突っ込みで
集中を欠いた。
先程よりダメージ食らい
吹き飛ばされた。
派手に回転しながら地面を転がり
大岩を砕いた事で衝撃エネルギーを
やっとの事消費し終わった。
なんだこのダメージは
今まで切られても
余裕で結合し直しが出来た。
ミカの光線が貫通しても
欠損した被害をカウント出来た。
だが
この蹴りはおかしい
命令伝達に支障が出る。
ダメージも上手く測れない
操作ももどかしい程遅くなる。
「ぬぅまだ立てるのか!!
ならば、これはどうだ。トゥ!!」
やっぱりキャラがおかしい。
本当にユーさんなのか
この姿だと独特のノリになるのか
再び跳躍するシロウ。
今度は縦3回転しながら
その度に両足蹴りを三回放った。
時空系と重力操作を使用しているのか
連続で方向違いで襲って来る。
どういう攻撃なんだ
いや、考えてもダメだコレ。
崩壊しかかる肉体を
根性で繋ぎ止め何とか形を保つが
反撃の糸口が無い。
このまま攻撃を食らい続ければ
死ぬなコレは
立ち上がったものの
打つ手が無い。
翼も展開出来るか自信が無い
更に言えば重力操作も怪しい。
悪魔光線は考えるまでも無い
内圧が上がらないのだ。
撃てない。
しかし、戦いは終わっていた。
「・・・・見事・・・だ。」
見ればシロウの外観はモザイク状に
解像度が落ちていてそれが加速していた。
仮面も含めて外装が全て消えると
変身前のユークリッドに戻り
仰向けに倒れた。
・・・燃料切れか。
見事って何もしてないんですけど
ただ蹴られていただけなんですけど
好機には違いない。
俺は全てのリソースを回復に回した。
1分程で体内の金属粒子のパニック症状は
治まり通常営業に戻った。
回復してしまったので
受けたダメージはもう分からないが
非常に危険な攻撃だった事は間違いない。
回復した俺は倒れたユークリッドの元まで
ゆっくり歩いた。
シロウのレベルはノイズで見えなかったが
ユークリッドのレベルは見えた。
42だった。
完全にグロッキー状態だ。
今なら防壁は機能していないだろう
貴重なチャンスだ。
司教系は視るだけでも
こちらにダメージが入る事があるので
止めていたのだ。
俺はデビルアイで走査して
驚きの声を上げた。
MPが0は今まで見た事があった。
エルフ里で訓練中のポロンが0まで
消費してしまい生命活動すらおぼつかない
危険な状態だったが
今のユークリッドは
何とマイナス表記だ。
-100とか、何それ
魔力量なんて、どの位有るか
全く無いかの自然数で
マイナスになるモノじゃあないと
思って居たのだ。
荒い呼吸のまま意識も昏倒している様だ。
近づいた俺に何の反応も示さない。
これでは話も出来ないな。
俺は魔力譲渡を試みた。
普通に出来た。
「・・・ん?んあああなな何ですかコレは」
ユークリッドは中々の魔力量だ。
普段は原チャリの給油だが
ユークリッドは高級外車の様だ。
まだ入るのかよ。
そんな感じだ。
「魔力譲渡だ。」
「これが・・・助かりました。」
MPゲージは+100で満タンになった。
この上限分のマイナスが可能なのだと
想像出来たが
こんな事はこの人限定なのだろう。
普通は0直前で安全機構が働く様に
マインドダウンを起し行動が出来なくなる。
「大丈夫か?」
デビルアイで視た感じ
途中までは問題は見受けられなかった。
最後まで見ていられなかったのは
回復と同時に司教独特の聖属性の防壁も
復活して来たので
途中で視るのを止めたのだ。
「え・・・ええ、信じられません。
四十肩まで直ったようです。」
それは知らん。
「よし第二ラウンドだ。」
俺はそう言ったが
ユークリッドはウンザリした顔で答えた。
「必要無いでしょう。私にはあなたを
倒す事は出来ません。」
そんな事は無いんだが
ここはそれに乗っておこう。
恰好つけて「そうか」と言って置いた。
「もう十分ですよ。
ハヤトと同様、私も始末してください。」
「いや、殺す気は無いんだけど・・・。」
「?ハヤトと同じ目に遭わせるのでは」
説明が足りなかった。
俺はあの世界でのハヤトとの戦闘を話した。
問答無用で襲い掛かって来るハヤトに対し
防御最優先で何とか話し合いの糸口を
掴もうと頑張った。
結果的にそれは叶わず倒してしまった。
ユークリッドを倒すだけなら
空中から悪魔光線だけ撃っている。
「なら始めから、話し合いを求めて下さいよ。
ハヤトと同様って言われれば
事情を知らない人には殺すと宣言していると
受け止めるじゃないですか。」
「・・・はい。」
「ああああ考えても無駄、皆にそう
言われていて理解したつもりでいましたが
私は分かっていなかった。
今、真に分かりました。
どういう事なのか
愚かなのは私の方だった。」
「いやーユーさんは賢いと思いますよ。」
両手で髪の毛を掻き毟るユークリッド
推理で行き詰った探偵の様だ。
俺はチンチクリンに戻ると
ストーレジからお茶セット一式を取り出し腰掛けた。
二人分用意しているのは見て分かる
ユークリッドは普通に腰掛けてくれた。
「確か、これがお気に入りだと」
茶葉の話だ。
「あぁそうですねぇ・・・」
「もしかして冷たい方が良いですか」
見ればユーは汗だくだ。
まぁ死闘を繰り広げた直後だからな
「いえ、贅沢は・・・飲めるだけ有難いですよ」
「いえ、あるんですよ。」
俺はストレージから竹筒を
中身の説明もしながら
幾つか取り出して並べた。
ユークリッドはその中で
女子が好まない苦酸っぱい系の
飲み物を選ぶと
慎重に口を付け確認し
一気飲みしてしまった。
相当に喉が渇いていた様だ。
「まだ、ありますが」
「いいですか?すいませんねぇ」
3本飲んでようやく渇きが治まったようだ。
改めて茶に取り掛かった。
「そろそろ話しを・・・。」
ユークリッドは俺が切り出すのを待っていた様だ。
まずはやはりコレだろう。
「ユークリッドのこの世界の人で
シロウはあちらの世界の0型になるのかな
今のユーさんはどっちなんですか。」
質問の仕方が下手だったか
意味が伝わったか心配だったが
酌んでくれたようだ。
「あなたの状況に似ているかも
知れませんねぇ・・・。」
ユークリッドはそう言って
自身に降りかかった災難を
語り始めた。




