第三百四十一話 ハヤト
私の名前はパウル・ヒルテン。
事実上この国を支配している教会
その最高意思決定機関である
9大司教、その「流」を受け持つ
超ーっ上級国民だ。
息子もこのまま順当に行けば
9大司教入り、それも最年少の記録付きだ。
もう勝ちまくり人生だぁフハハハ。
愚民共を導き
神を悪魔をも利用して
覇道を行く
目指せ千年王国!
その我が愛しきバルバリスに危機が迫った。
ベレンを襲ったバングの大襲撃
それから一か月程過ぎた。
今、私は馬車に揺られている。
目の前に座るもう一人の男
彼も9大司教の1人
「厚」を受け持つユークリッド・サーだ。
何を考えているのか
分かりにくい人だ。
今もその表情から読み取れる意志は
何一つ無い。
もしかしたら何も考えていないのかも知れない。
「それにしてもストレガの葬儀で
あなたが泣くとは思いませんでしたよ。」
ちょっと揺さぶってみるか
俺はユークリッドにそう話を振った。
「・・・彼女とは意見の相違で
対立する事が多かったですが
決して人格を否定していたわけでも
嫌悪していたのでもありません。
むしろ好いていましたよ。」
「生前にそれを言って差しあげていれば
彼女もさぞ喜んだ事でしょうね。」
「媚びる事で意見を変えさせる
誘導と取られても面倒が増えただけです。
距離を置いた方が良いと考えていました。
しかし・・・こうなって見ると
後悔していないとは言い切れないのも事実です。」
うーん
もっと分かりやすく頼む。
襲来した飛行型バング
数えきれない大群だったが
アモンとその配下がベレンに到達する前に
空中で撃墜した。
しかし、一体だけその網を抜けて
崩壊しながらも特攻を仕掛けて来た。
魔導院初代院長ストレガは
その身を犠牲に自らを弾丸として
特攻を仕掛け、見事ドーマとベレンを守った。
両国の多くの民がそれを目撃していた。
5型はドーマ手前で粉砕され
両国は事無きを得た。
歓声と悲鳴が同じくらい民から上がった。
駆けつけたが間に合わず
悲劇を一番近くで目撃するハメになった
最高指導者ヨハンも
号泣しながら大地に拳を何度も打ち付け
悲しんだ。
その剛腕から放たれる一撃で
固い大地にいくつもの穴が開いた。
間に合わなかった事を
自らに飛行能力の無かった事を
ヨハンは呪った。
泣きながら大地を殴り続け
それでもまだ泣いた。
その後ろで2mの鎧が
どう話しかけようかオロオロしている様は
傑作だったな。
「今日の定例報告会はその話題ですか。
魔導院の次期院長選定・・・。」
え
9大司教が決めんの?
もうマリーに頼んじゃったよ。
「いえ、その前にもっと大事な件が・・・
ウリハル・ヒリング・バルバリスの死亡を
いつ世間に公表するのか、ですね。」
「パウル・・・せめて崩御と」
眉を顰めて言うユークリッド。
「失敬、ちゃんと民の前では
そう表現しますよフフフ」
「本当に殿下は・・・。」
「ええ、私の影、複数から報告が上がっています。」
ウリハル・ヒリング・バルバリス
皇太子セドリック・バルバリスと
元勇者である御妃ガバガバ・ヒリング・バルバリスの
間に生まれた第一子。
今年からガルド学園に入学
その課外授業の遠足中に事件は起こった。
遠足指定地域にバングが現れ拉致
アモンとその配下が救出に向かい
辛くも奪還に成功したが
解除不可能な呪いを受けてしまい
その対処の為、魔導院に搬入
「ここまでは聖騎士からの報告でも
整合性、裏が取れています。」
その後、懸命の処置も虚しく
ウリハルの体は煙の様に消失してしまった。
「これは魔導院に配置した影の証言のみ
まぁ、物証なんて残るハズも無いですが
飛行型の襲来はそれから少し経ってからですね
ストレガなりの罪の償いの特攻だったのでは」
椅子にもたれ掛かり
顎を少し上げると
ゆっくりとユークリッドは言った。
「今日のあなたは随分と挑発的ですね。
私から何か引き出したい情報でもあると?」
はい
やっぱ俺には無理だなこういうの
鼻から喋るのも疲れたぞ。
「いえいえ、浮かれているのですよ。
あのアモンまでバングと共に消えてくれた。
バルバリスを滅ぼす危険因子が
二つも一緒に消えたのですから」
「・・・訃報を聞いた時の号泣は何だったのですか」
ああ
泣かしちゃったかゴメンよパウル。
「確証が取れていない段階で
化けの皮を脱ぐのは愚かな行為です。
その情報が確実なモノになってから
行動に移る。これは基本です」
「・・・だとしたら見事な演技でしたね。」
だとしたの部分にアクセントを強めて
ユークリッドは言った。
見事な演技
これも傾倒していた事を指すのか
今現在の不遜な態度を指しているのか
すんごい聞きたかったが
聞いたら恥ずかしいよな
やっぱり
「それにしても、この馬車は
一体何処へ向かっているのですか」
窓の外を見てユークリッドは言った。
声の調子から行先がいつもの
アモンの家では無い事は
かなり前から気が付いていたようだ。
「殿下の崩御、その前に
もっと急ぎの件がありましてね。
人目があっては絶対にいけないもので
・・・あなたの疑問、その答えにもなると
私は確信しています。」
馬車はベレンを出て
ミガウィン族地方方面の荒野を走っていたのだ。
それも道を外れ
穴やら大きな岩やら
通常の馬車なら走行不可能な場所だ。
だが問題ない。
新型のV12気筒を搭載した
この偽装聖道馬車は難なく悪路を走破していく
馬も凝った。
剥製の内部に玩具バングで培った技術を
組み込み、走る姿を見るだけなら
作り物と見わけるのは不可能だろう。
触ると体温も無いし皮の下は固いので
すぐバレる。
後、操作を中止すると微動だにしないので
それでもバレてしまうだろう。
大きな岩を乗り越えるのに
馬車は大きく上向きに傾斜した。
「おっと」
ユークリッドと俺は椅子の手すりに
しがみ付き転倒を免れた。
宙づりになった馬が
それでも普通に歩行する様に
足が動いているのが見えた。
これは改善点・・・いや主に街中用だから
このままでもいいか。
「うぉっと危なかったっすー。」
喋るなって言って置いたのに
このバカ弟子が
新型エンジンは魔力の低消費に尽力し
クリスタルの補助も追加してあるとは言え
この距離を走行させている。
投石魔法の上達を褒めるべきか
叱るのは止めておくか
それから少し走行して
馬車は停止した。
「着いたようですね。」
俺はそう言って席を立ち外へ出た。
ユークリッドも続いた。
見渡す限りの空と荒れ地
どこを向いても目に見えるモノは
この二種類しかない場所だ。
しかし、今日この場に限っては
異質なモノが突っ立っていた。
俺はそいつの横に並ぶ様に立った。
その異質な物体を目にしたユークリッドは
馬車を下りるのも忘れ
ステップ途中で凝固した。
目を見開いて驚いていた。
こんなに驚くとは貴重だ。
カメラがあれば保存したかった。
「・・・ハヤト」
思わず呟いたユークリッド。
俺は聞き逃さなかった。
バレるまでもう少し続けて見るか。
「彼から私にアプローチがありましてね。
ハヤトとおっしゃるんですか
ユークリッド以外には何も話さないの
一点張りでしてね。」
俺の言葉に反応する事は無く
ユークリッドはハヤトを凝視していた。
やがて、ため息を一つついてから
普通の動作で馬車のステップを下りた。
もう通常営業だ。
大したモンだ。
これだけ準備したのにー。
「アモンさん。茶番は終わりにしませんか」
「お互いにだな、全部話してくれるかい」
俺は半魔化のボディ数値設定
まさか使う日が来るとはのパウルを解除し
チンチクリンに戻して
手で合図した。
御者の恰好に変装していたクフィールは
それを見て頷くと馬車を動かし
この現場から離脱していった。
馬車の撤退に慌てるどころか
見もしないユークリッドは
俺をジッと凝視したままだ。
ここに来ても表情から考えが読めない。
俺も同じようにユークリッドを
凝視したままだ。
この静止した世界で
風だけが吹いていた。
やがて効果範囲から馬車が出た。
命令が途切れハヤトは崩れ落ち
仮面が外れて転がった。
床下の隠し部屋から鉄巨人制御戦闘で
0型を動かしてくれていたノア君ゴメンネ
突っ立ってただけで動かす事にならなかった。
今度、謝ろう
無事に帰れればの話だが・・・。




