第三百二十九話 たってる
無残にひしゃげたタワーシールド
中央のシキ家の家紋も見るも無残な有様だ。
「・・・くそぉ!」
多分、珍しい表情だろう
クワンがここにいれば
きっと喜んだかもしれない。
それ程までにテーンは常に冷静で
感情を簡単に表は出さない人だ。
ラブレター騒ぎの少し前の話だ。
いつぞやの挑戦権を使用する機会があり
俺はテーンと手合わせをした。
花寮の地下、訓練場に招かれた。
「お待たせしたね。」
くぐもった声は
既にテーンがフルアーマー状態だったせいだ。
練習ってレベルじゃない
俺は思わず声が出た。
「何ですかソレは。」
「我が家の伝統装備だよ。君相手なら
本気でいかないとな。」
もう全身甲冑は丁寧に磨き上げられ
どこもかしこピカピカだ。
このまま金持ちの屋敷の玄関で
鎮座していてイイ美術品レベルだ。
フルフェイスの兜も
鶏の冠みたいに赤い派手な毛で
モヒカン状に飾り立てられていた。
視界も悪く、動きだって
どうしても鈍るフルアーマー。
隠れる気などさらさらなく
むしろ我ここに在りとワザと
目立つ様になっているのだ。
その騎士が高名であればある程
味方の士気は高まる。
そういう効果を重視した鎧だ。
さすがはバルバリスでも筆頭の騎士の家だ。
そして何より異様だったのは盾だ。
巨大なドラム缶を縦に半分にした様な盾
タワーシールドというより
タワーそのモノに見える程デカイ
中央には複雑な紋様が金で装飾されていた。
なんでもシキ家の家紋だそうだ。
「装備はソレでいいのかい」
「はい、途中で変えたりもしますので
ご注意を」
テーンは俺が収納の魔法を使うと知っている。
ストレージの説明はそれで通していたのだ。
「じゃ、始めるよ」
そう言ってテーンは消えた。
俺の正面にはタワーしか見えない。
巨大な盾の影に完全に姿を隠したのだ。
静まり変える訓練場。
何の用事か知らないが
普段ここを使用している寮生は
今日は別の用事で出払っていた。
自らの戦闘スタイルを見せたくないのか
俺に敗北する姿を見られたくないのか
テーンにしてみれば
誰もいないという絶好のチャンスらしい。
俺は小型のラウンドシールドと感謝祭だ。
レベル100の能力で力押しすれば
勝利は容易い。
しかし、それでは俺にとって
何の鍛錬にもならない
ここはテーンと同じレベル6に合わせて
魔法も封印、純粋に戦士として
挑む事にした。
ふふ
俺カッコイイ
と始めるまでは浮かれていたのだが
目の前のタワーを見て
固まってしまった。
「どうすりゃいいんだ。」
あのタワーに
ショートソードで斬りつけても
何の効果も無いだろう
俺が攻めあぐねていると
タワーが突如喋った。
「行くよ」
俺はタワーに吸い込まれるのかと錯覚した。
テーンが鋭く前進してきたのだ。
盾がデカすぎて感覚が狂った。
そしてタワーがそのまま体当たりをしてきた。
シールドバッシュだ。
落ち着いて後方に飛ぶが
タワーは更に着地する俺に体当たりを
追加してくる。
どこまで伸びるんだ。
足運び、腰の捻り、腕の伸縮
これらを巧みい使い分け
更に同時に組み合わせることで
シールドバッシュの射程と速度は
千変万化した。
更にこちら側からは
盾に隠れてテーンの姿勢が見えない
当然予備動作が見えないので
目視の予測がほぼ不可能だ。
テーンはどうやって俺を見ているのか
分からないが、俺の立ち位置
挙動を完全に捉えていた。
回り込む事を試みたのだが
どんなに試しても
盾は俺を正面に捉えて離さないのだ。
何か
あのシキ家の紋章が目の様にに見えて来た。
ずっと睨まれている気分だ。
そういう効果も期待しての
デザインなのかも知れない。
今も着地の瞬間を狙って
シールドバッシュが伸びて来た。
俺はラウンドシールドを使い
衝撃を吸収しながら
シールドバッシュの威力を使って
更に後方に飛んだ。
これはかなり形勢不利だ。
シールドバッシュから身を守るだけなら
何とでもなるが背後に壁が迫る
屋外ならともかく
逃げ場が無くなってしまうのだ。
思えば最初に妙だとは思ったのだ。
テーンは利き腕である右腕に盾を持っていた。
肉厚のショートソード
もう段平だ。
を左腕で持っていたのだ。
回り込むなら通常とは反対だな。
何とかシールドバッシュのタイミングを見切り
上手い具合にテーンの右側に入れた。
ヒャッハー逆襲だ。
ちょっと焦らせてからかおう
直ぐに飛び込まず
笑顔で挑発してみよう
俺は踏み込まず
慌てるテーンを見ようとした。
そこに間髪入れずテーンの
段平が俺に襲い掛かって来た。
身体を捻ってランドシールドで
段平を弾いて躱す。
その瞬間に見えたテーン
盾と剣を持ち替えていやがった。
じゃ反対だ。
俺は背中に回り込むフェイントを入れてから
テーンの左側に回った。
巨大で重いタワーシールドでは
この動きについてはこれまい
ふははは
綺麗に背後を取った俺は
嫌な予感に踏み込むのを躊躇った。
躊躇って良かった。
テーンはバトンを受け取るリレー選手の様に
左腕を下から背後に向かって
掬い上げて来た。
手には段平を持っている。
危ねぇと
躱しながら見た。
タワーシールドは自立していた。
湾曲しているのは
敵の攻撃を弾き易くする為だ。
戦車の傾斜装甲を同意の効果
その為に平ではないのだが
その湾曲のお陰で
常に手で持っていなくても
立っているのだ。
これが持ち替えの速さの秘密だ。
仕方なく後退して段平を躱した。
背後に空振りで振り上がる左腕を
軸にして身を捻り
その際空いた右腕は盾を装備し
俺と正対する時には
またタワーだけが
俺を睨んでいた。
元の木阿弥だ。
まぁ背後壁リミットは
かなりマージンが取れたので
先程よりはマシだ。
マシだが
これは打つ手が無いぞ。
今、テーンはどっちの腕で
盾を構えているんだ。
いや
持っていない可能性もある
自分で立つ盾だ。
タワーシールドはどうにもできない
だから回り込む
これは誰でも思う事だ。
その対処はとうに出来上がっていると言う事だ。
何てことだ
見事に一杯食わされた。
最強の剣士といいつつ
こいつは剣士というより盾士だ。
そんなジョブは無いので剣士と表示されてしまう
現に段平を装備しているのだが
怖いのは段平より盾の方だ。
最強の剣士は最強の盾使いだった。
得物を変えるか。
ハンマーでひたすら盾を
殴り続けられれば勝機はあるかもだが
レベル6の俺の力では
対して重いハンマーは持てない
つか持った時点で剣VS剣で
負けを認めた様なモノだ。
刀で盾を斬るか。
これもレベル6では無理だろう。
手詰まり感がハンパ無い
意図的に剣を鍛えて来たつもりだが
結局はレベル差に物を言わせた
幼稚な勝ち方だったのだ。
くそ
ミカリンならどうする
・・・上か!
俺は意を決して
低い体勢で猛全と奪取した。
シールドバッシュを待つ
来た。
俺は上体を起こして
盾を足で受けると
それを足掛かりに一気に上へ飛び
たてなかった。
盾は俺の体重を受け止める事を拒否し
倒れていってしまった。
コワン!!
「痛っ!!」
丁度持っていないタイミングだったのだ。
そのせいで倒れてきた自分の盾が
テーンの頭部を縦チョップで直撃した。
普段の落ち着いたトーンとは違った
カワイイ声の短い悲鳴だ。
・・・まさか鎧の中身まで
入れ替わって「私はこちらだ」とか
背後から全裸のテーン先輩が
襲い掛かってきたらどうしよう。
どうしよう。
要らん心配で勝機を逃した。
「やだもう」
とか言ってテーンは物凄い慌てた動作で
盾を装備し直し元の木阿弥状態になった。
このヤドカリ女め。
「いやー参りました。」
俺はあっさり負けを認めた。
先程の跳躍失敗で何か股のスジが
グキッってなった。
もう移動出来ない。
ジリ貧だ。
「クワンちゃんの時と違うのは何故だい」
いつもの落ち着いたトーンだが
漏れて来る感情に怒りや嫉妬が混じっていた。
俺が手を抜いていると思って・・・
いや、手を抜いていたな。
それで勝てばカッコイイのだが
勝てないとなってあっさり参っただ。
これはカッコ悪いし
無礼だったな。
「あれは魔法で自身を強化しないと
持てない剣なので反則かなと」
美味しい感情がピタリと収まる。
俺が手を抜いたのではなく
正々堂々とと気を使ったと思ってくれた様だ。
「これは私の説明が足りなかったな
すまない。君は魔法が使えるんだ。
剣の試合では無い、剣に拘らず
君の全力で来てくれ。」
「分かりました。ではお言葉に甘えて」
テーンはこのまま勝利しても
面白くないのだ。
クワンを翻弄したあの大剣
それに自分がどこまで通用するか
それが知りたかったのだろう。
俺は半魔化して創業祭を装備した。
それだけでテーンの態度は豹変した。
「ぐぅ、これが君の本気か」
テーンにレベル表示は見えないハズだが
その差を肌で感じ取った様だ。
クワンの時か
適当に合わせてながら
どうやって傷付けず勝つか考えていたんだよな
・・・盾だけ狙うか。
「行きますよ。」
「参る!!」
鉄工所みたいな轟音が
しばらく訓練場に響き渡った。
クワンの剣と違ってテーンの盾は
わざとデカイ音が出る仕組みでは無かった。
それでも同じくらい音が響いたのは
単純に物が大きいのだ。
寺の鐘もデカイ程、音も大きくなる。
テーンの体力が尽きるまで
打ち合った。
クワンの時と同じように
テーンは大の字に床に身を預けていた。
うわ
鎧の隙間という隙間から
水蒸気が立ち上っている。
・・・爆発とかしないよね。
「はぁ・・・はぁ・・・この盾が
あんな音を立てるとは」
創業祭はクワンより重い一撃だ。
テーンも初めて耳にした音だったのだろう
確かに凄い音だった。
・・・3期生は派手だな。
あれ程の攻撃でも
盾は頼もしく最後まで主を守った。
力尽き転がる主を見下ろす様に
盾は雄々しく立っていた。




