第三百二十五話 お堅い姉と自由すぎる妹
「ただいまー。」
星寮の部屋に帰って来た。
鍵が掛かっていなかったので
アリアが居るのだろうと思ったのだ。
「お帰りなさい。」
アリアが出迎えにやって来きた。
その後ろでテーブルを囲んでいる
人物が見えた。
テーンとクワン、ファーもいた。
「大所帯だな。」
こちらは俺、ミカリン、ウリハル、それに加えて
すっかりしおらしくなったフレアだ。
俺達もそのままテーブルを囲む席に着いた。
謹慎中にテーブルその他を作成したのだが
作った時は、こんなデカイの要らないと
言われたが、これだけ集まると
小さいぐらいだ。
「おぉ戻って来たか!」
何か上機嫌なクワン先輩だ。
「フレアも無事な様だな、良かった
しかし肝が冷えたぞリディ殿」
テーンは怒ると言うより安堵した様子だ。
アリアとファーが俺達分の茶を配膳し終わると
あの後の報告を始めてくれた。
俺がフレアを連れて飛び去った後
4人は俺が倒したフレアスカートの
救護と取り調べを行ったそうだ。
「まぁ一番の重傷者が
壁に自爆特攻したアホなんだがな」
クワン先輩は笑ってそう言った。
治療はファーの手下が行ってくれたそうだ。
確か月寮の面子が多かったもんな。
「あんな所に壁など無かったハズだが」
首を捻るテーン先輩。
「しかも治療中に消えましたし・・。」
ファーもそう言った。
土系魔法は随分とマイナーなのだな。
俺は自分の魔法である事を説明した。
「ほぅ、炎や雷と違い致命傷は
期待出来ないが、なんとも厄介な魔法だ。」
クワンは自身の戦闘時に
相手が使用してくる想定で
モノを考える様だ。
「逆に戦闘以外で有用な事が多そうだな。」
俺はハンスから聞いた
数少ない使い手の卒業生は
皆、バリエアの復興に駆り出されている
実情も説明した。
戦闘系にはお目にかかる機会そのものが
少ないのだ。
治療の後は空き教室に並べて座らせ
尋問タイムになり
凡その事情は把握したそうだ。
「後は首謀者の尋問だけなんだが・・・。」
クワンの言葉には少し殺気が乗っていた。
ビクリとフレアの肩が動いた。
「フレア、先に教えて置くが
親衛隊とやらは解散させた。
君にはもう手駒はいないよ。」
テーンが念を押してそう言った。
しかし、これには意外にも
安堵した表情を見せたフレア。
「か・・・彼等は処罰されるのですか」
自身の安堵の後、親衛隊の身の上が
気になったようだ。
フレアはそう尋ねた。
他人の事を考える辺り
随分と余裕だ。
もう大丈夫そうだ。
「私としては処罰したいのだが・・・。」
「既に地獄を見た。これ以上は流石に・・・
我々だって鬼では無い。」
先輩方は同情タップリの感じだ。
俺の規格外の戦闘の餌食になる様子を
リアルタイムで見ている。
あまりの一方的な暴力に憐憫を覚えた様だ。
「ボス。仲間が増えました。」
笑顔で付け加えるファー。
フレアスカートの構成員を
そのまま取り込んだのか。
「やったねファーちゃん。」
恐らく配下になる事で
酌量とすると交渉したのだろう。
恐ろしい女だ。
フレアスカートの処遇に
頭を下げてお礼を言うフレア。
意外だったようで居残り組の
先輩方は変な表情になっていた。
俺達はグレアにお灸を据えられるのを
見ているので
このしおらしさが演技で無い事が分かる。
驚く事は無かった。
アリアも続けて頭を下げた。
「先輩方が協力してくれたお陰で
本当に助かりました。
改めてお礼を言います。
ありがとうございました。」
成程ね。
アリアは俺のラブレター騒ぎ
単純にノゾキ目当てで無く
最悪、どう転ぶか予想して動き
この3人に協力を要請していたのだ。
「いやお礼を言うのはこちらだ。」
「はっは、イジメグループ問題の時と
違って活躍の場がもらえただけ
まだ居心地が良いぞ。」
3期生二人はそう言ってアリアに返した。
ファーは斜め上に視線を逃がした。
「そう言うワケで尋問といこうか。
なぜ、あんな真似をしたのだ。」
クワンが再び問い掛けた
ただ殺気は先程より薄かった。
「フレア、俺が言おうか。」
「いいえ、私に言わさせてください。」
この件は既に俺の自宅で
グレアの前で泣きながら話した内容だ。
あれをもう一回やれって
可哀想な気がしたので
俺は気を回したのだが
フレアは自分の責任に
向き合う覚悟と気力を得たようだ。
これ以上は無礼か
俺は手でフレアを促し
椅子に深く腰掛けた。
今、話す内容と齟齬が無いか
俺はグレアに話した内容を思い出した。
鎮静はフレアだけでは無く
グレアにも必要だった。
カシオが懸念した通り
グレアの俺に対する忠義は騎士のレベルだった。
知らなかったとは言え
恩人を罠に嵌めた。
逆に知っていて俺を餌食の候補から
外していれば、あの親衛隊増強が
裏で行われ続けたと言う事だ。
グレアはそこにも怒り心頭だった。
降臨前のバルバリスとの戦いの中
魔族の戦士だった両親は命を落とした。
グレア自身も子供だったが
更に幼い妹を守るため
それこそ口に出せないような事までして
生き抜いて来た。
せめて妹だけは普通に幸せに
その思いで身を粉にして働き
ガルド学園に入学させ学費も
全て面倒みていたのだ。
勘違いだったが
妹を守る為に暗殺、
人殺しも辞さない覚悟があった。
今思えば本当にに未遂で良かったな。
グレアだけでなく
ゲッペも危うかった。
自殺を禁じられているので
地獄に送ってくれと
すんごい表情で頼まれたっけな
送り方知らないし
まぁそこまでしていたのに
当の妹が学園で男を汚い手段で
奴隷化して女王気どりだった。
これはグレアには
ショックが大きかった。
何故そんな事をしたのか?
理由がなんであれ許さない事に
変わりは無いと激昂するグレアに
ブリッペは良いタイミングで鎮静を入れた。
何だかんだで天使達は
ここぞと言う時はしくじらない。
俺はグレアを叱った。
「グレア、お前今までフレアの意見を聞いたか
私がフレアを守ると勝手に言って
フレアの意見を聞かず突っ走って来たんじゃないのか」
「妹は幼かった!」
「今はもうこんなに立派だ。
キチンと自分の意見が言えるハズだ。
・・・聞いて欲しかったけど
今までの恩を思うと悪くて言えなかった事が
あるんじゃないのか?
なぁフレア」
そこからはフレアは涙と感情が決壊した。
幼いせいで何も出来ない自分への嫌悪
姉への際限のない感謝と同時に
同じだけの恨みだ。
10年以上の膿が一気に噴き出して言った。
聞いて欲しい
頼って欲しい
見て欲しい
否定しないで欲しい
一緒に居て欲しい
私だってもう役に立てるハズだ。
姉の幸せを犠牲に
自分がどう幸せになれと言うのか
ブリッペは鎮静を入れなかった。
ここはその方が治療になると分かっているのだ。
切っ掛けは自然に発生した。
この外見だ。
入学当初から男子は集まって来た。
告白を牽制する様に
ライバルを無駄に増やさないように
また、抜け駆けをさせない様に
男子の方から自然に親衛隊は組織された。
男子は自己評価を上げるために
フレアが何も言わなくても
争って面倒を見て来た。
親衛隊を無視して近づこうとする
イケメンは
この、そこそこイケメン軍団が排除した。
仲間にすると勝てないので排除だ。
こうして
そこそこなイケメンが集まっていった。
全く「そこそこ」が付くモノのには
ロクなモノが無いな。
フレアは
他人をコントロールする喜びを覚えた。
これは彼女にとって
見た目以外の初めての実働的な力だ。
「学力も魔力も体術も平均以下
良いのは見た目だけ!!
食べたらマズい料理よ。
本当の私を知れば皆ガッカリする!!」
アリアが真っ赤になって
小さい声でゴメンナサイと言っていた。
「でも、親衛隊は力
紛れも無い強力な力
どんどん大きくなる力
もっともっと大きく大きくして」
自分の為に悪い男の所に
合法的な奴隷になってしまった姉を
救い出せる力になると思ったそうだ。
その為に、強者をもっと
もう何も出来ない子供じゃない
自分が姉を助けるのだ。
大好きなお姉ちゃんを
「うん、アモンが全部悪いんだね」
ブリッペが良い笑顔でそう言った。
俺はキョドりながら答えた。
「わ悪気は無かったんだ。」
そんな俺達に構う余裕は
姉妹には無かった。
「バカな子、私は不幸せなんかじゃない
奴隷でもないのよ」
抱き合って泣き崩れる姉妹。
互いに謝りあっていた。
以前
傍にいない方が
その人の為になる事もある
と言ったが
これは逆だ。
傍に居なかったせいで
物理的距離
精神的距離
これが離れていたせいで
悪い方向に行ってしまった例だ。
これらが近ければ
世間でよく見る
お堅い姉と自由すぎる妹
微笑ましい姉妹だったに違いない。
二人が泣き止むのを
皆、優しく待った。
そして俺はグレアに言った。
「どうだ、俺はお前を救えたか?
以前言ったよな
妹とセットじゃなきゃ
お前を救った事にならないって
だから妹を殺すなんて言うな
死ぬなんて言うな
俺の努力が無駄になっちまうだろ」
また泣いた。
グレアは店を続けてくれる。
フレアは卒業までは世話になり
その後は一人立ちしてみせる。
親衛隊は自分が解散させる。
俺は特に何もしない。
それで決着だ。
フレアが先輩方に語った内容
齟齬は「姉を救う力が欲しかった」
この部分が「力に酔いしれた」と
そこだけだった。
嘘をついたというのに
何とも不味い感情だった。
悪魔に取って重要なのは
その人間の行為ではなく
根源なのだ。
あんなに美味しい感情の
バーゲンセールだったフレアが
あっという間に美味しく無くなった。
ただ
もっと美しく
フレアはなっていた。
俺にはそう見えた。




