第三百十三話 フレアと親衛隊
ファーは先程までとは打って変わって
態度を豹変させクールビューティーモードだ。
「うふふ」
などと
何が可笑しいのか妖しく笑い
蛇の様にウネウネしながら
間合いを詰めて来た。
「そう、こいうのが好みなのねキミは」
なぜボタンを外す。
くそ
おっぱいなんて
自分ちにもっとでっかいのが
うようよ溢れていると言うのに
俺の視線はファーの胸元に固定されてしまった。
特に好きでない相手ても
見えそうだと
見てしまう。
男性の悲しい性だ。
「く・・・・来るな。」
そう言うのが精いっぱいだった。
勝利を確信した女蛇は
無警戒にどんどん迫って来る。
これが調停者の恐ろしい所だ。
手段を選ばない。
司教は神に背けない。
騎士も主君に背けない。
暗殺者も依頼と組織の掟に背けない。
如何に強者でも
時に枷となる矜持がある。
が
調停者には
それが無い
恐ろしいレベルで無い。
自分の描くパズルを完成させるためには
神も王も組織も、そして自分自身でさえ
絵を完成させる為のピースと化すのだ。
途中経過も拘らない。
どんなに惨めだろうが負けようが失おうが
最後に絵が完成すれば
調停者的にはそれで最善なのだ。
今この目の前のアバズレは
女の武器を用いて
自分を餌に駒を進めようとしている。
熱い眼差しをしているが
その奥には眼鏡のレンズより冷たい気持ちしかない。
そしてそれを俺は理解しているというのに
その罠から脱出出来ない。
「うわっ」
いつの間にか退いていた。
俺は踵を階段に引っ掛け
座るように尻もちを着いた。
女蛇が四つん這いで俺に覆いかぶさって来た。
もう少しボタンを外してくれれば見えそうだ。
どうする
後付けでも
このまま既成事実を作られてしまえば
恋人設定を覆せなくなってしまう。
人目の無い場所に連れて来たのは悪手だったか。
いや、違う
俺がそうしたから
この対応に切り替えたのだ。
ええい、ここは敢えて乗るか
そこからひっくり返せばイイ
楽しむだけ楽しんでから殺すか。
それとも
最高圧で悪魔光線を最短照射すれば
一瞬で蒸発だ。
それを物理的でなく社会的に
「蒸発しました。」と報告すれば
平和に生きていけそうだ。
ていうか
何でこんな事で
俺がここまで覚悟せにゃならんのだ。
〇ジータも〇ルマに
こんな感じでなし崩しにされたのかも知れない。
どんなに強大な破壊力を有していても
こう言う事には無力なのか。
くそったれえぇー!
その時、ファーの後方に着地する人影が見えた。
そのままサイドスローの様なアクションをした。
持っていたのは隠し武器の鞭だった。
一発でファーの胴体を絡めると
すんごい力で俺からファーを
引き離した。
「離れなさい!このアバズレ眼鏡」
アリアだ。
工作員スキルを使って潜んでいたのだが
俺の危機を見るに見かねて
飛び出してくれたのだ。
ナイスだ。
急に後ろに引っ張られ
尻もちを着くファー。
巻き付いた鞭はすぐに解け
アリアは一発で上手に巻き取って戻した。
第2射の構えを取り
俺を背に庇う様に間に立った。
尻もちを着いたまま
ファーは眼鏡の位置を戻し
肌蹴た肩を戻し
ボタンを止めた。
止めたボタンの数だけ
俺の冷静な思考も戻って来た。
何て現金な思春期ボディだ。
「あら、取り巻きのクリシアヤンキーね。
嫉妬は見苦しいわよ。」
ゆっくり立ち上がり
ファーはそう言った。
アバズレ眼鏡VSクリシアヤンキー
じゃない
調停者VS工作員だ。
これは興味深い。
どちらも前衛に出るタイプでは無い
影の住人同士が普段は見せない姿を
お互い晒してどう戦かうのか。
「1人で大丈夫?徒党を組んで
弱者をいたぶるのがクリシア流なんでしょ
お仲間のクロンボも呼んで来ていいわよ。」
ミカリンを侮辱をされて
瞬間に湧き上がるアリアの怒り。
俺は間の抜けた声でアリアに助言した。
調停者の武器は9割言葉だ。
「安い挑発だ。腕を組んだ振りして
投げナイフを装填したぞ。気を抜くな」
真っ赤になるファー。
「ちょ・・・ボス!どっちの味方なの」
「ボス?」
瞬時に怒りを治め
冷静な判断力を取り戻すアリア。
「いや俺から見れば同士撃ちだから」
そうだ。
敵なんてここにはいない。
「俺が敵をどう扱うか
味方を大事にするのがどれだけ下手くそか
アリア、お前は見て知ってるんじゃないのか」
構えた鞭を下ろすアリア。
クリシアやバロードでの
俺の戦いっぷりを思い出してくれた様だ。
無事に治まるかと思った矢先に
自信たっぷりのおばんさんボイスが響いた。
「おやおや、私の男に手を出すとは
とんだ命知らずの泥棒猫だと思いきや
なぁんだい
ブラバムの妹と同室のお手伝いさんじゃないか
これは慌ててすっ飛んで来て恥を掻いてしまったかな」
クワン先輩が現れた。
うわっ
何かすげえ風格
カマキリ対蜘蛛の戦いを
横から両方食っちゃうコモドドラゴンみたいだ。
「んー?リディ坊や
今何か失礼な事を考えてやしないか」
勘もイイ。
そこも怖い
何かもう魔王降臨って感じ
『・・・失礼ですわ』
どっちにだ
幻聴ババァル。
「だから私は大丈夫だと
言ったでは無いか。」
クワン先輩の後ろからもう一人
テーン先輩まで現れた。
「大丈夫?リディ坊やが
恋人とどこかへ行ったと聞いた時の
テーンの顔、傑作だったぞ」
そう言って高笑いをするクワン。
「なっ虚偽はいけない。わ私は冷静だ。」
お
慌てるテーン先輩だ
これは貴重なんじゃないか。
「ふーむ、他はともかく
テーンは強敵だな家柄が上だ。」
「家は兄が継ぐ、私と結ばれても
シキ家は手に入らない。」
「だな。となれば私の方が有利か
坊や、キニ家が欲しくは無いか。」
何冷静に話してるんですか。
でも貴族の女子には逃げられない話題
宿命みたいなモノかも知れないな。
自由な恋愛結婚など望むべくも無いのか。
背が低いので見えなかった。
テーンの後ろからひょっこり顔を出した
その人物は核爆弾を落として
全ての話を終了させた。
ウリハルは素敵な笑顔で言い放った。
「私と婚姻すれば
もれなくバルバリスが付いてきますよ」
ウリハルの存在に気が付いた皆が
素早く跪いた。
アリアも遅れて、それに倣った。
同部屋でクラスも同じなので
完全に友達感覚になってるからなぁ。
俺は呆れて言った。
「金も地位も欲しくない。
裸ひとつで来てくれれば
俺はそれでいいよ。」
カッコよく治めたつもりが
更なる波乱を呼んでしまった。
「はーっははは、それならば
私が有利というモノだ。」
得意になって服を脱ごうとするクワン。
すかさず止めるテーン。
「クワンちゃん。ここではいけない」
どこならいいんだ。
「そ・・・それはもう数年待って頂ければ
私だって私だって・・・きっと」
狼狽えるウリハルは
自分の平和な肢体を
恥ずかしそうに見回しながら言った。
うん
見事なまでに平定されているな。
食い終わったのだろう
ミカリンまで現れて参加してきた。
「やったね。目標のハーレム
完成おめでとー」
「いや、何か・・・こうじゃない」
「ダ・・・ボス、なんで貴族が
知り合いなの」
ファーがそう言いながら
寄り添ってくるがアリアが引き剥がした。
「一体、あなたは何なんですか?」
「メシ食い終わってからでいいかなぁ
俺まだ途中なんだよね」
いい加減頭に来た俺は
ついオーラを漏らしてしまう。
間違って刃物に触れた時の様に
ファーは離れた。
テーンもクワンも戦慄して動きを止めた。
ミカリンもバツが悪そうに
口を真一文字に閉じた。
ウリハルだけは平常運転だ。
そしてあっさりと言った。
「すいません。片づけてしまいました。」
「何ぃ!!」
売店で適当に買い食いしてから
部屋に戻るから
話をしたい奴は部屋に行っていてくれと
言い残し俺は
皆を振り切って売店まで走った。
棚にパンが並んでいた。
俺は一通り見て呟いた。
「メロンパンも焼きそばパンも無いな」
これではパシリはどうしたら良いんだろう
つか、この世界にはメロンも焼きそばも無かったか。
「フレア的にはぁコレがオススメだよ」
「じゃ、それで」
「飲み物はねぇコレ!果実とミルクの
ハーモニィが抜っ群ーん」
「あーじゃそれで」
何も考えられなかったので
言われるがまま購入した。
金貨を出したら「お釣りがないよ」
そんなもの出すなと怒られた。
俺は謝罪をしてから
ポケットに手を突っ込んだ。
仕方が無い今までの買い物のお釣り
管理が面倒くさかったので纏めてある
ストレージの小銭フォルダ
どこの家にもある小銭BOXだ。
あまりに長期間忘れてると
錆びてたりしてビックリするが
幸いストレージには時間経過が無い
適当に掴んで取り出し
手の上で勘定して出したが
何でお客の俺が謝るんだ。
学生と売店のおばちゃんの関係は
社会と一致しない気がした。
「アドバイスありがとうな」
俺はそう言って背後の女子に振り返った。
そこに居たのは
メインヒロイン張れる魔族女子だ。
高過ぎず低すぎない身長。
大きすぎず、かといって平では無い胸
髪も長すぎず、短くも無いセミロング
美人でもありカワイくもある顔。
眼鏡やホクロなどのワンポイントも無い。
高次元バランス型
オールラウンドタイプだ。
もう典型的すぎて逆に魅力が無い。
それに俺にしてみれば
その女子よりも
そいつの背後で俺を睨みつけている
惜しい、もう少しでイケメン軍団の
「何だこのガキ」プレッシャーの方が気になった。
成程コイツがフレア・ハイラインで
取り巻きが親衛隊か
取り巻きの面子はバラエティに富んでいた。
人族、ダークエルフ、魔族だ。
親衛隊の枠も種族別なのかも知れない。
ただ
気を付けろ
今の俺はちょっと機嫌が悪いぞ。
「フレアちゃん。もう行きましょう」
「こんなガキにも優しいフレアちゃんマジ天使」
「有難く思えよ」
「ちょっとみんな新入生だよ
優しくしなきゃダメでしょ」
窘めるセリフも
威圧感が全くない。
案の定、怒られて嬉しそうな親衛隊。
「ありがとうございました。」
俺は深々を頭を下げてそそくさと退散した。
悪魔光線で焼き払うか
言う通りにして去るか
一瞬、悩んだが
より後の問題が少ない方を選択した。
腹も減ってるしな。
何かまだ話したそうなフレアだったが
親衛隊に囲まれ食堂を後にした。
手近な席に座って食った。
「ん、イケるぞコレ」
今更ながらフレアに感謝した。




