第三十一話 太陽の塔
「バ・・ング?!」
アルコのビキニとブーツが
すんごい膨れ上がっている。
恐怖に毛が逆立っているのだ。
パトロールに連れていける
レベルではない。
マイザーのセリフを思い出す。
話は聞いていたが遭遇するのは
初めてなのだろう。
野生の勘とでも言うか
本能的に恐怖を覚えている様だ。
ボーシスを見てみると
構えている槍が小刻みに
震えていた。
実戦を幾重にも積み
実力者の太鼓判を受け
このなかで
レベルが一番高いのに
この有様だ。
まるで冒険初心者の初戦闘のようだ
事実こちらもアルコ同様
バングは初見なのだろう。
一番最悪なのがミカリンだった。
これは予想外だ。
ミカリンは本来の自分を知っている。
今の脆弱な状態は仮のモノだと
認識しているのだ。
だから
アルコやクロードに遅れを取っても
本気で悔しがったりはしない。
遊びの感覚なのだ。
本来の自分なら負けるワケ無い。
余裕の理由がコレだ。
俺も同じなので良く分かる。
幼稚園児の輪に入って
遊びに付き合っている感覚と
言えば分かりやすいだろうか。
そのミカリンが
「何?アレ何ねぇアモン!!」
俺の後ろに隠れ
しがみ付き
ブルブル震えている。
「だから、バングだろ」
「何なのアレ、おかしいよ
存在がおかしい有っちゃいけない!!
悪魔側だよね。あんなのは
天界人界には存在できないモノだもの
ねぇイジワルしないで教えてよ
何なのアレ!!」
狼狽えっぷりが笑える。
良い恐怖だ。
極上だ。
前回もこんなに美味い恐怖は
味わっていない。
最高位天使の恐怖がここまで
美味いとは
ヤバい
あまりにも美味すぎで
恍惚としてしまう。
俺の身だって今ピンチなのに
あまりにもミカリンの
恐怖が美味すぎて
動きたくなくなっている。
この美味しさの前には
俺の表層意識など
なんと薄っぺらい事か
「ねぇ!!」
ひと際大きい声になったミカリン。
激しく揺さぶられて
自我を取り戻す俺。
今
どうなっていたんだ。
俺は
視力はこの中で
一番下であろう俺でも
詳細が分かる距離まで
バングは迫って来ていた。
明らかに俺達を目指している。
不思議だがそれが分かる。
「ちょっと通りますよ」と
俺達をスルーして直進は
絶対に無い
それが確信できる。
そこが怖い。
意志がある様に見えない。
話合い、その他で意思疎通は
出来ないのに
こちらを襲う事は間違い無い
それがダイレクトに伝わって来るのだ。
例えるなら
俺達がホコリで
バングがルンバか。
そう機械的なのだ。
この中で唯一、恐怖のマントに
包まれてなお自我を失わないのは
俺が機械を知っているからだ。
不思議とそう納得出来た。
そう連想出来たのは
バングの外観にも原因があった。
仮面以外の黒い部分。
その輪郭が不安定なグラフィックの
様に所々モザイクになったりするのだ。
全体でもノイズが走り
垂直同期が取れていないのか
一瞬だけ上半身と下半身が
横にズレたりしている。
これはTVゲームを
知らないモノには
恐怖だろう。
三人がこうなるのも仕方が無い。
さて
そうなると
これは俺が単独でやるしかないか
3人はとても戦闘出来る状態じゃない。
「ボーシス!馬車の向きを
変えろ。最悪の場合はブンドンまで
アイツを連れて行く」
「はい!」
戦えと言われなくてホッとしたのか
馬車で逃げれば大丈夫だと分かったのか
動きはスムーズで落ち着きを
取り戻したようだ。
ブンドンならクロードを始め
頼りがいのある仲間が大勢いるのだ。
初見の子供二人と獣人だけでは
心細かったのだろう。
もしかしたら
支部長から俺達を守れなどと
命令されていたのかも知れない。
暴れ始めたミカリンを
きつく抱きしめ、唇を重ねて黙らせた。
「アルコとミカリンはいつでも
馬車に乗れる位置で待機。
俺がやる。
魔法が効かなかったら逃げるぞ」
「はい!」
アルコの逆立った毛が収まる。
こっちもホッとしたようだ。
体を張って俺を守れ
そう言われればする気だったのだろう。
そこまでされる理由が分からないが
アルコにはその覚悟があるようだ。
大人しくなったミカリンの肩に手をのせ
自分でも気持ち悪い位、優しく言った。
「まかせろ」
「・・・うん」
泣いてるよ。
よっぽど怖いんだな。
ミカリンの頭を撫でてやると
俺は迫りくるバングへと
奴と同じようにゆっくりと歩いて進む。
急ぐ事は無い。
こちらを認識しているのに
走ってこない。
バングの移動速度は一定のようだ。
これは助かる。
この時間で必要なバフを掛ける。
今後の為にも色々調べてやろう。
投石の呪文で小石をいくつか
飛ばしてやる。
石は命中したようだが
バングは反応しない。
バングは避けない。
ダメージは入っていないようだ。
俺は続けて土壁を発生させる。
これには予想外の行動が起きた。
バングは進行方向を変え
壁を避けて進行したのだ。
「本当にルンバみてえな奴だな」
えっちらおっちら歩いて来る。
闇落ちしたハンプティ・ダンプティ
そんな表現がピッタリかな
ハンプティ・ダンプティ オルタ
いかんいかん
馬鹿な事を考えている場合じゃない。
俺は取って置きの魔法陣
「暴走陣」を張る。
足元に真っ赤な光を放つ魔法陣が
ゆっくりと回転する。
直径2m位だ。
この中で唱えた魔法は効果が上昇する。
移動や回避動作が求められる戦闘では
使えないが、今回は余裕がある。
最大値でぶつけてみよう。
移動速度と方向が安定しているのだ。
こんな好条件は無いだろう。
考え得る補助を全て駆使し
今の俺の最大限のスパイクを出す。
「食らいやがれ!スパアイック!!」
効果を上げる為、範囲も最低に絞った為
発動したスパイクは一本だけだった。
その一本はタイミングがドンピシャで
バングの股間から頭頂部を貫通すると
そのまま5m位伸びる。
一瞬でだ。
流石最大効果だ。
バングは貫通途中で持ち上がり
スパイクの中程にいて
手足をブラブラ動かしている。
俺は何故だか大阪万博を思い出していた。




