第二百九十七話 月寮断念
ハンスは夕方までには聖域の護法は
解除されると言っていたが
既に大分楽な状態だった。
現に花寮でも半魔化で暴れていた。
テーンから今夜、夕飯の招待を受けた。
是非とも話がしたいと言っていた。
俺は花寮の食事に興味があったので
快諾し、部屋の仲間も同席していいかと
図々しいお願いをしたが
笑顔で引き受けてくれた。
黙っていると強面だが
会って話すと印象が違う
テーンは
落ち着いていて礼儀正しく優しいお姉さんだ。
花寮を後にした俺は
その足でそのまま月寮に向かう
外壁向きに正門
正面に学舎、その左右に講堂と体育館
奥に寮が並んでいて
外壁側に花寮と星寮
内壁側に雪寮と月寮
これから向かう月寮は
もっとも内壁に近い位置にある建物だ。
内壁への門もあり
そのまま教会、大聖堂まで直ぐだ
そのせいか
「・・・甘かった。」
月寮前で俺の歩みは止まった。
これ以上先に進みたくない
本能が超駄々をこねている。
聖域の護法無しに
ここはマズい
完全にもう教会のそれも大きな教会のテリトリーだ。
「メタ・めた」前のゲッペの教会が
幼稚園児なら、ここはプロレスラーだ。
思わずメニューを開いて
自分の状態を確認してしまった。
ちゃんと人状態だった。
にも関わらずこの圧力だ。
「絶対、具合悪くなる。」
押している台車に
体重を預けている状態だ。
駄目だ。
もう行くのは諦めよう。
ヒヨッこしかいないハズなのに
なんだコレすげぇな。
レベルが低くても熱心な信者が
大量に集まると
こんなにスゴイのか
戒厳令のせいで寮生が中に
大量に居るせいだろう。
無理して進んでも
耐えるのが精いっぱいで
ロクに活動なんて出来そうも無い。
俺は諦める事にした。
悔しいが仕方が無い。
折角作ったコレどうしよう。
俺は立っていられず
その場にへたり込み
台車で運んでいる物体を
恨めしそうに見上げた。
布をかぶせてあり
紐を引っ張るだけで
ジャジャーンと披露出来るギミックまで
作ったのに残念だ。
「するのかい?」
布の中の物体が俺の声でそう言った。
「いや、諦めるよ」
答えても意味が無いの分かっていたが
何となく流れで返事をした。
「学舎に用事を押し付けられちゃって
損した気分だったけど、戒厳令で
中にずっと引きこもっているより
外の空気が吸えた分、良い気分転換になったわ
って気を抜いていたら、いっけない
その用事で受け取った書類が
強風に飛ばされちゃったわー。」
元気復活
俺は声のした背後を振り返り
空を舞う書類を確認すると
この高さなら人状態でも届くわーって
ともあれジャンプしてともあれキャッチした。
「怪しい台車を押している星寮の人が
ナイスキャッチしてくれたわ。
デジャビュね。以前にもこんな事が
あった様な錯覚を覚える私だわー。」
「昨日の事だろうがボケェ!!」
「そうだったわね。いっけない
私ったら、またうっかりしちゃっとぁー」
「喋ってねーで、ともあれ取り来いやー」
ミス・ともあれ
ビビビ・アキュラさんだ。
ビビビを含む4人で書類を抱えて
立っていた。
肩掛けの縁は青だ。
みんな月寮の人か
そう言えば姉のガガガはネルネルドで
負傷者の手当てに毎日マインドダウン寸前まで
頑張っていたっけな。
姉妹でシスターを目指すって事か
変な日本語になったが
間違ってはいないだろう。
こういうのも家系で
得意分野が決まっているのだろうな。
大体、親がその道だと
子供も強制的にその道に進む
いわゆる、星一徹コースだ。
これが本人の希望と才能に合致していると
とんでもない大物が若い時代から台頭してくる。
だが、これは良い例で。
才能が無かったり、本人が違う道に目覚めたりすると
超絶不幸コースだ。
普通の家に生まれたかったと嘆くパターンだ。
ガガガとビビビを見る限り
今の所、問題は無さそうに見えるが
これは深く知らないだけかもしれないな。
「あっ誰かと思えばリディ君!」
えー今気が付いたんですか。
「ともあれ」
出た。
理由が分からないが
何か嬉しい。
「助かっちゃった。」
「分かったから、速く来ーい」
歩幅の狭い走り方で
テケテケとやって来る四人に
持っている書類を台車の前方部に
乗せる様に言い
紐が当たる箇所にL字の当てを乗せ
縛って固定した。
これで楽に運べるだろう。
「ありがとう。終わったら星寮まで
台車を持っていくわね。」
「その量を四人が掛かりで
頼まれたって事は台車無いんだろ。
返却しないでイイ。そのまま
月寮で使ってやってくれ」
俺は台車に最初から積んであった
物を指さして続けた。
「その代わりに頼みがある。
コイツを星寮のどっかに展示しておいてくれ
重量が結構あるので男子4人ぐらいに
頼む様にな。」
「いいけど・・・コレは何なの」
観衆は少ないが
どうせ月寮まで俺は行けないのだから
ここで披露して反応を楽しむとしよう。
「ふふ、見るがイイ!!」
俺は紐を引っ張って中の物を露出させた。
伝説のスーパー生徒会長の
等身大銅像が現れた。
バイスの身体データーは取ってあったので
そのまま5ミリ圧で成型し
内部の空洞を利用しギミックを仕込んだ。
目が光る。
そして尻シャワーVr3で却下になって
持て余していた音声装置を内蔵。
気圧、温度、振動、時間など
様々な条件でランダムで喋ってくれる。
布を取った事で
目の部分の孔から光が急に差し込んだ。
それに反応し早速喋ってくれた。
すごい
文字通りコイツは空気を読むのだ。
「ずっとこうしていたいよ。」
黄色い悲鳴が上がった。
今度は悲鳴に反応した。
「あっ・・・」
喘ぎ声だ。
月寮女子4人は興奮して
ピョンピョン撥ねる。
撥ねると言っても
膝を後ろに畳むだけの
上昇が一切無いジャンプだ。
これ上昇しないようにやるの
意外と難しいんだよね。
大感激だった。
ギャグで作ったのに
本気で感謝されてしまった。
感謝されついでに
リストにあった月寮の要人に
ついて彼女達に聞いて見たが
いずれも雑用を押し付けられる1期生だ。
詳しいハズが無い。
誰も知らなかったが
調べて置いてくれると約束してくれた。
俺は礼を言って彼女たちと別れた。
歩く背後で銅像バイスの声が
徐々に遠くなっていく。
おかしくて肩が震えた。




