第二百九十六話 挑戦権キープ
グレートソード
ロマン武器である。
実際に戦場で扱う物では無い。
身の丈程の長さに幅広の刀身
まとも振れるはずは無いのだ。
看板とか神社に奉納とか
エジプトなんかでは外国人を
ビビらせる為にわざと大きな
武器防具を並べて
さも巨人の兵隊がいるように
偽装し相手をビビらせるなんて
外交手段に用いられた事もある。
実戦では両手剣と呼ばれる
刀身の細い長剣が大きさの限界であろう。
のハズだったのだが
クワンちゃんは大剣をいとも容易く
ブンブンと振り回した。
いくら中空構造で軽く作ってあるとは言え
人間の腕力じゃ無い
腰を落として踏ん張っている様子も無い
物理的におかしい光景だった。
磨き上げられ煌めきを放つ
豪華なレリーフは剣の角度を
変える度に不規則に光を反射し
更に空けられた穴は中空構造も
相まって笛の効果を発揮し
凄まじい風切り音を出した。
キレイな和音だ。
このコードsus4かな
神秘的な響きで賛美歌を連想した。
威嚇効果抜群だ。
このデモンストレーションだけで
「話合おうじゃないか」となる輩が
殆どだろう。
現に初めて見るであろう1期生は
勿論の事、知っているハズの上級生達からも
美味しい感情が漏れて来た。
味方も怖がるクワンちゃん。
「はっはぁ!!坊やいつでもイイぞ。
サービスだ。最初の一撃は譲ってやろう
反撃も控える。安心して打ち込んでおいでぇ!!」
俺はどんどんクワンちゃんに
魅入られていっていた。
口の聞き方以外は
優しくて綺麗なお姉さんだ。
ただ
身内でも恋人でも遠慮したい。
「ありがとうございます。」
ちゃんとお礼は言っておこう。
「では、行きますよ。」
ちゃんと攻撃の意志を表示しておこう
油断したと言いにくいように
しておかないとな。
半魔化の身体能力は人間と比較にならない。
俺は渾身の力で創業祭を振り下ろし
クワンの髪の毛数本を切断する位置で止めた。
俺の剣撃に遅れて
クワンを中心に円形に床の埃が吹き飛ばされていった。
信じられない光景に
周囲から声も感情も完全に停止した。
「はい。次は当てますんで
ちゃんと回避なり防御して下さいね。」
どよめきと共に観衆から驚きの感情も
噴き出して来るが
んー美味しくないぞ。
なんだよソレ
悪役がクワンちゃんになってるぞ。
クワンの髪の毛が数本、放射状に開いた。
後ろで止めてあるので落下しなかったのだ。
うーん、パラっと落ちればベストだったんだがな。
その頃になってやっと
美味しい感情がクワンからも漏れ始めた。
「・・・地味だが良い剣のようだな。
見せてもらっても良いだろうか。」
俺の剣にも何か細工があると
思って居る様だ。
こんなチンチクリンが大剣を
あの速度で振る事は出来ない。
人間ならばの話だ。
「どうぞ。」
俺は刃の部分を両手で持って
差し出した。
クワンは自分の剣を後ろで控えている
助手を顎で呼んで渡してから
おもむろに剣の柄を両手で持った。
「離しますよ。」
そう言って、直ぐに俺は手を離した。
危ない気がしたので
すかさず後退する。
「ぐっ!!」
ゴン
鈍い金属音を立て剣先が
訓練場の床に着いた。
それでも完全に落とさないだけ
クワンの腕力は大したものだ。
後退して正解だった。
足の指先にでも落下しようものなら
まぁ半魔化なので無事だが
靴がダメになっていまうだろう。
内心、驚愕しているのに
表情には一切出さない。
流石は花寮の人だ。
見上げたプライドだ。
持ち上げる事は諦めたのか
剣先を床に付け垂直に剣を立たせ
慎重にクルクル回して創業祭を
観察していた。
「知らない字だな。」
漢字で掘られた「創業祭」の文字
それを眺めてクワンは漏らした。
「故郷の言葉で、まぁお祭りって意味だ
もう、いいか。」
俺は気を利かせて
前に出ると創業祭に手を掛けた。
持ち上げろとは言わんよ。
「ああ、済まないな」
脂汗がにじみ出ているクワン。
戦わずに済ませるアイデアは浮かんだかい。
そう思ったのだが
答えは予想外だった。
「無礼な態度を詫びよう。これは
本気で面白い戦いが出来そうだ」
ありゃ
覚悟決めちゃったよ。
プライドに殉じる気だコレ。
「名前を聞かせてくれるかい。」
そう言えば名乗って無かった。
「星寮1期生、リック・デアス。
みんなリディって呼ぶ。」
後方に手を広げて出すクワン。
それに合わせて助手が
重たそうに大剣を手渡した。
「花寮3期生、クワン・キニだぁ」
・・・・気に食わん か。
「デアス・・・だと、待てクワンちゃん」
何かしら前情報があったようだ。
テーンは思い出した様に叫び
クワンを止めようとするが
時遅し
クワンは大剣を振り回し
俺に襲い掛かって来た。
困った。
ビビッて引いてくれると高を括っていた。
最初の一撃に全てを掛けて来るとは思って居なかった。
俺の剣が振るわれる前に
自分の攻撃を当てて勝つもりだ。
どうしよう。
殺す訳にも行かないし
怪我もさせられない
負けるのも変だ。
あの剣を生身で食らって「痛い参りました」は
流石に変だ。
生きていられるハズは無い。
それに
あの創業祭もどき
剣としてはともかく
美術品として高価な一品だ。
破損は勿論の事、出来れば傷つけたく無いモノだ。
俺は慎重に創業祭モドキの攻撃を
やんわりと受け流しては
引いては回り込む事を繰り返した。
クワンは俺が攻撃態勢に入る前に
仕留める気だ。
連続攻撃に入った。
「そらそらそら!!」
ああ、もう乱暴に振り回しやがって
傷付けないように丁寧に受け流すのって
結構、神経使うんだぞ。
音的にはすんごい迫力だ。
モドキの中空笛構造のせいで
振るう度に迫力の風切り音。
受ける度に鐘の効果で
すんごい良い音で響くのだ。
まさか耳にダメージが来る剣とか
想定していなかった。
そんな中、俺は
何か剣を受けるのが面白いと言う
初の感覚を味わっていた。
振り回し方に一定のパターンを見出してからは
さながらダンスの様になった。
俺も剣を待たせる事無く
意味も無く振り回したり
攻撃の振りして迎え撃ち
撃ち負けた振りをしながら捌くという技を覚えた。
大剣2本の剣舞
音も映像も大迫力に違いない。
周囲はスゴイ盛り上がりだ。
打ち合う度に歓声が上がった。
こんな馬鹿げた大剣同士の
激しい打ち合いなど見れるモノではないだろう
その迫力に感動が溢れて
場はすっかり不味い感情に満ちた。
うーん、でもどうしよう
どうやって終わらせるのか
勝ち方を思い浮かばない内に
終わりの方が唐突にやって来た。
「ぐぅっ・・・!!」
ガラン
今まで聞いた事の無い
苦しそうな呻き声を上げ
クワンは創業祭モドキを床に落とし
そのまま床に仰向けに大の字に倒れた。
荒い呼吸でも酸素供給が追い付かない様だ。
顔色にチアノーゼの症状が見えた。
やはり何らかのスキルを使用しての
馬鹿力だったのだろう。
ブーストタイム終了
時間切れという事だ。
俺も慌てて方膝を床に着き
肩で呼吸する振りをした。
これでガマン比べ接戦の末、勝利
みたく見えれば良いのだが。
なんか、このクワンちゃんに
恥をかかせたく無いと思うようになっていた。
上手いタイミングでテーンが声を張り上げた。
「そこまで!!」
歓声と共に周囲が駆け寄って来て
クワンちゃんを介抱した。
おっとぉ
俺にもだ。
タオルやら飲み物やらが
差し出されて来た。
「ハァ・・・ハァ・・・ありがとう」
折角だ。
疲労した振りをしながら
人化してから俺は飲み物を味わった。
なんか
高そうな紅茶っぽい味だ。
運動するんだから水だろうに
「ぶわっはっは。こんなに楽しいのは
久しぶりだったぞ。」
お
復活したようだなクワンちゃん。
そう思って声のした方を見るが
復活したのは声だけだった。
髪の毛までびっしょりになる程
汗が噴き出して止まっていない。
まぁ
これはこれで色っぽいかな。
「互いに決め手を欠いたな。」
嘘では無い。
俺は上手に勝つ方法が思いつかなかった。
まだ立ち上がれそうも無いクワンに
テーンは近づくと何やら耳打ちをした。
「・・・何だと?!」
飲み物を味わっていたせいで
悪魔耳を使えなかった。
何て言ったのか聞き取れなかったが
恐らく入り口の肖像画の通りだろう。
その後、驚愕の表情のまま
固まっているクワンを後にし
テーンは俺の所までやって来た。
「約束は約束だ。君の挑戦を受けよう。
ただ日を改めるか?疲労した状態では
お互い満足の結果にならないと思うが」
そうだな。
本当は疲れてはいないが
クワン戦を不自然にしない為にも
そうした方が良い
それにウリハルに
突っかからない予防と言う意味では
このクワン戦でも十分だろう。
ただ、俺の個人的興味から
学園最強剣士との対戦はキープしたい
ここはお言葉に甘えよう。
「そうして頂けるなら幸いだ。」




