第二百九十四話 ハンス画伯
まずは花寮に向かった。
ハンスに会う為だ。
昨日の流れからして俺が
会いに行くのに不自然はあるまい。
そしてさり気無く聖域の護法とやらを
解除させてしまおう。
正直、今学園内で完全悪魔化は
ダメージが怖くて出来ないのだ。
本当に1型が現れた時
これはちょっと不安だ。
なんとか解除させよう。
花寮入り口には聖騎士が陣取り
門番状態だ。
俺の制服、肩掛けと言おうか
ちっせーマントと表現すべきか
それの縁が寮のカラーになっていて
遠目でも星寮の者だと分かる。
そのせいか、かなり手前で
持っていた槍を交差させ
入っちゃダメアピールだ。
雪寮の連中は星寮に入って来ていたが
やはり事件現場の花寮には
寮関係者しか入れない様子だ。
何て言って押し通るか思案しながら
接近していたが、顔の判別が出来る
辺りで聖騎士が慌ててブロックを
解除し更に近づくとガシャとか
鎧に音させて敬礼だ。
近場にいた者達の視線が集まった。
「失礼いたしましたデアス様。」
「学園長は最上階でお待ちです。」
リック・デアスは通せ
そんな風にハンスから言われているのだろうが
俺をどうやって判別しているのだろうか
考えて見ると不思議だ。
ハンスに聞く事が増えたな。
「ご苦労。」
変に注目が集まってしまっていた。
さっさと行ってしまおう。
軽く頷く上の者が下の者にする挨拶で
俺は素早く通過した。
そして先程の原因を目の当たりにした。
花寮入り口は外に面する扉を通過すると
短い回廊になっていて、進むと
建物に入るもう一つの内扉だ。
その回廊はちょっとした美術館で
左右を彫刻やら絵画がズラー並んでいるのだが
一つだけ不自然に等間隔を乱した
油絵があった。
いかにも急遽設置した感じだ。
その不自然さに当然目が行ったのだが
その絵はなんと俺の肖像画だった。
絵の下にはハンスの字で
「国賓、私の元に案内する様に」と
デカデカと書かれていた。
俺が硬直して絵を凝視している間も
後ろを通る花寮生達が俺に気づくと
慌てて礼をしては足早に去って行った。
「悔しいが上手いな。」
元の世界で言えば写実主義に当たるのか
背景が無い事を除けば
鏡でも見てるかの様だった。
そして思い出した。
魔導院のストレガの私室に
飾られていた冒険者ゼータの絵も
全く同じタッチで同一人物の作品である事を
窺わせた。
ストレガが頼んでハンスが描いたのだ。
青写真で内部構造も分かっていた。
広く浅く、そのせいで段数が
偉い数になってしまっている階段を
一つ飛ばしでガンガン上がっていく
踊り場も本当に踊れそうな位広いぞ。
かと言って踊ったら怒られるんだろうな。
最上階もそれまでの階と同様に
角々に最小限の騎士を配置していただけだった。
もっとすし詰め状態かと思っていたが
1型相手には効果は無いだろう。
その辺りを理解しているハンスの采配だと
見て取れた。
最奥、イライザの部屋の前で
椅子に座りハンスは絵を描いていた。
近づく俺に気が付いて筆を置いて挨拶した。
「こんにちわ。アモンさん」
特に緊張した様子では無いが
恐らく昨日から寝てないんじゃないか
俺は心配になってそう聞いたが
交代はキチンをしているとの事だった。
「なんで・・・量産しているんだ。」
描きかけの絵は入り口で見た
俺の肖像画だ。
学園内の要所要所に配るつもりらしい
止めてくれと言っておいた。
「アモンさんの仰った通り
出現はもう無さそうですね。
本当に一度現れたのか疑わしくなってくる程です。」
「ババババングを知らないハズの
彼女の証言だ。出まかせにしては
合致し過ぎている。信じていいと思うぞ」
落ち着こう、絵を描けるくらい
広い廊下だ。テーブルセットを出してしまっても
問題あるまい。
俺はストレージから出すと
続けてお茶セットも出した。
「これは?!」
ハンスも気に入っている
ストレガブレンドの茶葉だ。
匂いだけで反応した。
「昨日の夜はメタ・めたに戻ってな」
俺は学食の不味さから始まり
昨日のお客さん大集合
それと午前中の乱取り稽古を話した。
「普段から美味しいモノを食べ過ぎなんですよ。
学食のレベル、あれでも一般よりは上なんですから」
これはその通りだ。
苦情を言う方がおかしい
現にお姫様は問題無く食っていた。
しかし昨夜ブリッペ料理を味わってしまった。
今後が心配だ。
俺は苦情じゃなく世間話だと
言って置いた。
話題がクリシア関連に移り
そろそろハンスも
行かなきゃじゃないのかと聞くと
「昨夜、パウルと秘術通信で
お互いの状況を話したのですが」
バングの出現、その可能性が高い所に
強者を配置したいということになり。
「ヨハン様を学園にドルワルドには
アトレイ様が代わりに赴く事に変更になりました。」
アトレイ
9大司教の「芸」で、かつてのネルド担当
その絡みでドワーフとも面識があるそうだ。
めっきり出現しなくなったドルワルド
現在のドーワーフと魔族、聖騎士でも
過剰戦力気味だそうだ。
バリエアからベレンを中継し
ドルワルドで引き継ぎした後
ヨハンがベレンに戻り
ハンスはその引き継ぎを済ませてからの
ヒタイング出発に延期になったそうだ。
「バイス君、大丈夫かな・・・。」
ハンスが来るまで孤軍奮闘だ。
「丁度今頃その連絡を受けていると思います。
でも彼ならば任せて安心ですよ。」
流石は伝説のスーパー生徒会長
学園長からの信頼も厚いぞ。
そして午前中の雪寮VS星寮の話になった。
噂はハンスの耳にはまだ入っていなかったようで
少し驚いていたが「そうですか」と笑顔だ。
「早く描き上げて配らないといけませんね。」
確かに、未然に防止する効果があるかもだが
もう普通の学園生活は出来ないだろうな
つか入学前に既にそうなりそうな
流れだったので
ショックというよりは諦めに近い感覚だった。
俺はここで
本来の目的、聖域の解除を願い出た。
「ですね。既に展開した中に
出現してしまったのですし
アモンさんの行動を阻害してまで
継続するのは不利にこそなれ
得策では無いでしょう。
分かりました。今からですと・・・
夕方頃には効果が切れると思いますよ。」
ほっとしたトコロで俺は話しを変える為に
イライザの話題に振った。
「昨夜の内にご両親が見えまして」
本人はショックで寝込んでいて
両親が付いているそうだ。
「昨夜の内に来たって事は」
「ハイ。彼女は内壁内の貴族です。」
「なら帰宅させた方がイイんじゃないのか」
近いなら
とただそれでけの発想だったのだが
意外にもハンスは渋い表情だ。
「色々と事情がありまして・・・。」
ガルド学園の創設時にまで話は戻った。
寮制になったのは遠方からの生徒を
受け入れる為で通える者は通いだったのだが
寮生を「田舎貴族」と蔑む風潮と
それによる軋轢が大人にまで及んだ。
バリエア崩壊に合わせて
主力の貴族も壊滅、確固たる貴族カーストが
大崩壊、パワーバランスが大きくシフトした。
バロードの様に急速に経済成長した
成上がり貴族、それに召し抱えられた
血筋の関係無い平民上がりも多い
これらがまた力を持っているからタチも悪かった。
結局、全て寮に入る事で
解決を図ったのだが
問題を寮の中に凝縮して
外に飛び火しないようにしただけだそうだ。
「ここでイライザが帰れば」
内壁内の貴族、その足を引っ張り
引き摺り下ろしたがっている連中に
良い口実を与えるだけになってしまうそうだ。
「はぁー何と言うか、今回ばかりは
バングに味方したくなるぜ。」
人同士でいがみ合っている場合じゃないのだが
その危機を知らない者には
大事な駆け引きなのであろう
それは分かるが
死んじまえとも思った。
「役に立っている事もあるので
滅ぼすワケにも行かないのですよ。」
これは俺に殺すなって言っているのだろうか。
そんな事しないぞ。
機嫌の悪い時、目の前に居ない限りは
「そうだ。後、知りたかった事が」
俺はハンスに学園最強剣士テーン・シキに
ついて教えてくれと言った。
「はい。シキ家のご息女でして」
本来の騎士。
バリッバリの武闘派の旧家で
最も多くの聖騎士を輩出している貴族だそうだ。
聖騎士も2種類いて
教会に従事する教会派と
王家に従事する王党派。
シキ家は王党派の最大の貴族だそうだ。
もし王家と教会が反目して
二つに割れる様な事になれば
聖騎士もこの二つにキレイに分かれるそうだ。
成程、そういう事情なら花寮にいるわな。
同時に月寮にも実力のある剣士が居る事にもなる訳だ。




