第二百四話 偽勇者の目的
昨日の地下室に行くと
部屋の様子が異なっていた。
衣服もシーツも清潔な物に交換されていた。
諦めた患者への対応では無くなっていた。
ラテラはベッドの上で壁を背もたれに
起きていた。
入って来た俺達を見て思わず声が出た。
「姉さん。」
「ラテラー。」
駆け出しラテラに抱き着き泣き出すアリア。
これはしばらく話どころでは無いな
俺はリカルドに終わったら呼んでくれと言って
一階に戻った。
一階の飲み屋は準備中で
マスターがグラスを拭いていた。
差し込む日差しの高さから
もう朝では無く昼近くな事が分かった。
流石、若い肉体は爆睡をする。
「おや、お目覚めかね。」
俺に気が付いたマスターは
挨拶をして来た。
「ああ、二人ともな」
地下から上がって来たのだ
ラテラが意識を取り戻した事も
含ませて俺は答えた。
「丁度良い、先に話をしたい。」
アリアはマスターの事を
恐らく「ボス」と言いかけた。
ここで一番偉い事は間違いないであろう。
彼の許可無しでは言えない事もあるだろう
順番的にはアレだが
ここは手間を省いてしまおう。
マスターは何も言わず
座った俺の前に一杯の飲み物を出した。
それを見て懐に手を入れた俺を
マスターは制した。
「いや、貰い過ぎだから」
だな、金塊まで渡した。
「有難く頂こう。」
俺は遠慮なく口を付けた。
アルコールは無し
柑橘系のジュースである事は
判断出来たが
やっぱり味は再現されない。
「うーん、自信作なんだけどねぇ
口に合わなかったかな。」
俺の表情から察したのか
残念そうに言うマスター。
ちょっと申し訳ないな
何かカッコよく理由をでっち上げるか
「済まない。毒の対策に特殊な薬を幼い頃から
投与されていてね。その副作用で味が分からないんだ。
その替わり大概の毒は効かない。」
「うちの子達も不憫だけど
お兄さん程じゃないねぇ」
うちの子
この表現からアリアなどを幼い頃から
仕込んだの事にマスターも関わっていると
見ていいだろう。
確認してしまうか
「なぜマフィアは偽勇者なんか送り出すんだ。」
「・・・。」
少し考え込むマスター。
それに合わせ影の中でダークが動いた。
いつでも飛び出せる構えだ。
すげぇな殺気が出てるって事か
全く分からんわ
【攻撃は禁ずる】
念を押しておこう
どうせどんな攻撃も効かないだし
「ハァーお兄さん、何者なんだい。」
気が抜けた様にマスターは語り出した。
「いやーあたしコレでもね、この世界じゃ
ちょっとは名の売れた方でね。
寄る年の波には勝てなくて
前線を退いたよ。でもね
まだ若い者には負けないつもりだったんですけどねぇ
・・・いや見栄だな、全盛期でもお兄さんを
殺るのは無理だね。」
ガックリと肩を落とすマスター。
挑発も肯定もしない、無視でいいか
俺の質問に答えやすいように
もう少し背中を押しておくか
「第一要綱だったミガウィン族問題が
ひと段落した。バルバリスは今後
クリシアマフィアに本格的にメスを
入れて来るぞ。俺はその斥候だと
思ってくれていい。」
「ありゃー噂は本当だったか。
ゴールデンタム終了ですかぁ」
片手で目を覆い天井を仰ぐマスター。
日数から考えると情報の入手が速いな。
魔導院だけじゃく
バルバリスの教会にも工作員を
送り込んでそうだ。
「アリアを生かして帰したのも
あんたとこうして話をする為さ
求める情報が入手出来なかった時の対処
俺はソレをしたく無いんだ。
なぁ教えてはくれないか」
良い人が微妙に脅しながら
相手に許しを請う
超絶説得コースだ。
「もしかして昨日、到着した司教って」
すごいな。
もう知っているのか
まぁでもアレはかき氷で騒ぎになったか
「今、旧王家で足止めしているが
近日中にここにも来るだろう。」
ガタン
こけそうになるマスター。
飄々(ひょうひょう)としていた仮面が
この時は落ちた。
「カーシ家を動かしたっての?!
ますます分からない。
お兄さんドコの陣営なの??」
ああ
俺の背後関係を探っていたのか
・・・・都合の良い組織が思い浮かばない。
「三半機関の者だ。知らないだろうから
説明しておくと機関の目的は・・・。」
「サンハン機関?!」
記憶に全検索掛けているような表情のマスター。
堪え切れず、俺は少し笑顔になってしまった。
「あらゆる種の共存だ。
同意する全ての味方であり
反対する全ての敵だ。」
「教会は同意したって事かい?」
疑り深げに聞き返して来るマスター。
「今の所だろうね。
敵性勢力の排除に利用されている恰好だ。」
「そこまで分かっていて」
「嘘でもいいのさ、行動さえ合致してくれているならばな
ただいよいよになって反すれば教会だって潰すよ。」
「カーシ家もそうやってかい。」
なんとなく納得してくれた様なマスター。
「ああ、だから嘘でいいから同意してくれ」
「逃げ道って無い?」
ちょっとお道化て言うマスター。
少し萌えた。
面白いおっさんだ。
「地上に存在する限り無い。」
「仮に、仮にだよ。
仮にここでお兄さんを差し違えたとして」
思わず吹き出す。
俺は手で謝罪の意を示しながら答えた。
「知る限りだが俺と同格が後12名
更に俺より上が24名俺以下は知らん。
それこそ数えきれないだろう。」
「成程ね。一人で乗り込んで来るワケだ。」
適当に言った嘘をことごとく納得してくれるマスター。
なんだかこっちが騙されている錯覚に落ちる。
「さて、いい加減俺の質問にも答えて欲しいモンだが」
ちょっとだけイライラした雰囲気を醸し出し
俺はマスターを見た。
「偽勇者ね。お察しの通りマフィアが
定期的に送り込んでいるよ。」
「目的は?」
「そりゃ本物を確保する為だね。
偽者に接触してくる可能性は高い
探し回るより効率が良い上
更に勇者に対する周囲の扱いやら
反応やら貴重なデータになる。」
「勇者に会ってどうしようって言うんだ。」
「教会の切り札だからねぇ、戦うより
寝返って欲しいのさ。それだけで勢力図が
ひっくり返るだろう。
首を縦に振らないなら早目に横から切って
落とした方がイイ。」
「なんで少年なんだ。勇者ガバガバは女性だろ」
ここで首を傾げるマスター。
「ん?もう代替わりしたって話だけど」
勇者
一時代に一人。
ガバガバに顕現していた勇者の力は
次世代に受け継がれて
今の彼女にはあの常識外れな力は無いと言う。
セドリックとの間に産まれた子供。
ウリハル・ヒリング・バルバリス
ああ俺が同級生で入学する予定だな。
やたら司教共がこの事で大騒ぎしていたが
そう言う事か
次世代勇者の護衛と教育を期待しているのか。
・・・女の子だよな。
なんで少年を偽物にしたんだ。
その辺はパウルが上手く情報操作しているのか
うーん、どっちしろ
バラ色(予定)の学園生活を邪魔されたくは無い
釘を刺しておくか
「勇者を寝返らせる事は不可能だ。
かの力の根源が教会の崇める神からの
賜物だ。裏切れば全ての恩恵が消える。
教会なくしては勇者も成り立たない構造だ。」
「・・・え?そうなの」
はい
珍しく本当の事です。
「三半機関ではそうなっている。
証明する方法は無い。好きに判断してくれ
ただ無駄な努力を見るに堪えない
個人的な親切からそう言った。」
性別の事は黙っていよう。
とにかく邪魔すんな。




