第百九十四話 禁断のシロップ
正面玄関から入ってすぐの広間に案内された。
ここでかき氷を作って
侍女が王の部屋まで持っていく手筈になった。
「やっぱり謁見は叶いませんか。」
バイスはションボリと言った。
「なんだ、最初から用は無かったろ」
用事は教会のみ
そこで得た情報を元に
その後、偽勇者事件の捜査。
偽勇者がクリシアに戻っていた場合は
クリシアまで足を伸ばす手筈だ。
「いえ、教会でもヒタイング王族と
お会い出来た人はハンス様を除くと・・・。」
自慢話のネタが欲しかっただけのようだ。
あほか
構っていられない
俺は今かき氷作りに忙しいのだ。
「何味がいいのかな。」
仲間内で評判が良かったのは
蜂蜜と柑橘系の果汁を混ぜたシロップだった。
俺がそう言うとクフィールも賛成した。
「それ一種類でこんだけ売り上げたっすーっ」
そう言って布袋を広げると
硬貨がびっしりだった。
「そんなに売れたの?!」
確かに大量にあったかき氷が
見事に捌けていた。
この位はいくのか
これはこれで税金を支払わないと
いけない気がする。
「謁見の話、私からも陛下に願い出てみる。
機嫌次第ではもしかしたらもある。
よければ待っていてもらえないだろうか。」
鎧を脱いで正装ってうのか
ここでの普段着っていうのか
まぁそういうのに着替えた女騎士が現れて
そう言って来た。
「申し遅れた。騎士団を預かっている
ブットバス・ゾ・オノーレと言う」
なんてドスの効いた名前だ。
折角の美人なのに
全てが台無しだ。
「ええと、ブッ・・バ」
一発で覚えられる名前だが
流石に言葉にするのは躊躇われる。
「ハハ、長いからな、愛称のブスって呼んでくれて構わない」
もっと言えねぇわ。
名前だけで、ここまでこの俺を圧倒するとは
恐るべし旧ヒタイング貴族。
「出来ました。」
完成したかき氷を差し出した。
上品な仕草でブスは受け取ると
侍女に渡す。
「諸君らを疑っているワケでは無いのだが
これも決まりでね。毒見はさせてもらう」
「どうぞどうぞ。しない方がおかしい」
初めて見るかき氷に緊張しているのか
侍女から漏れて来る感情
不安と戸惑いがすんごい。
ふふ
一口で楽園行きだぜ
お嬢ちゃん。
しかし、俺の思惑は外れ
毒見の後も悪感情は晴れない
むしろ強くなって行く。
妙だ。
侍女は自分の使ったスプーンを外し
新しいスプーンをかき氷に刺した。
その瞬間が緊張のピークだった。
「どうだ。」
ブットバスの問いかけに
答える侍女。
「問題ありません。」
そう言ってかき氷を陛下に運ぶ為に
その場を離れようとする彼女らに
俺は大声で声を掛けた。
「待ったぁ!!」
突然の大声に軽く驚きながらも
立ち止まり振り返るブットバス達。
「何事かな。」
俺はブットバスをスルーして
侍女に言った。
「お姉さん、そのスプーンで
もう一回毒見してみてよ。」
跳ね上がる心臓の音が聞こえてきそうなほど
侍女は動揺した。
「こ・・これは陛下専用の食器ですので」
「いっぱいあるでしょ。また新しいの
刺せばいいでしょ。」
「毒見は終わりました。」
「そのスプーンでの毒見はまだだよ。」
さり気無くナリ君が白装備を
いつでも解除出来るようなポーズになった。
「もう一度、毒見を頼む」
侍女の様子を見てブットバスは
強い口調で俺の後押しをしてくれた。
美人なだけじゃなく頭も良さそうだ。
「私より、どこの馬の骨とも分からない
連中の言葉を信じるのですか。」
必死で食い下がる侍女だが
冷静に優しくブットバスは続けた。
「いや、君を信じているとも
それをもっと確固たるモノにするべく
もう一度、毒見をしてくれ!」
覚悟を決めた侍女は
ワゴンから手を離し
上にのったかき氷、そのスプーンに
手を伸ばすが既にその手は震えていた。
そして食べる素振りをを見せた瞬間。
「ちっくしょおおおお!」
食べずに、器ごとぶん投げ
脱兎のごとく逃亡を計った。
予想していたのか
ブットバスは礼装用のレイピアを
鞘ごと振り、逃げようとした侍女の後頭部を打った。
ドンピシャだ。
「なんて日だ。」
こんな事態でも冷静さは失われない。
ブットバスさんクールだな。
名前はヒートしまくりだが。
気絶し、その場に倒れ込む侍女。
すかさず騎士団が捕縛に入った。
「なんとお礼を言えば良いのか」
「それより、どうする。食わすなら
新しいの作らないと。」
「済まないリディ、頼む」
リディ?
誰だよ
あ、おれだよ。
「ナリ君、もう一回・・・だ?」
振り返ると
ナリ君は床に大の字で仰向けに倒れ
顔面は侍女の投げたかき氷の器で蓋をされた状態だ。
投げた かき氷が顔面を直撃したのだ。
「いやぁあああああ若ーっ」
ピクリとも動かないナリ君を見て叫ぶリリアン。
「なっ・・・なんて運の悪い」
お
珍しく冷静さを欠くブットバスさん。
いや
これがナリ君の普通なんですよ。
「バイス。」
「はい!」
ナリ君に駆け寄る俺達
バイスは例のバイタルを見る呪文を唱え始めた。
俺は器を除けてやると
毒のせいなのか
かき氷の冷たさのせいなのか
元から色白だったナリ君の顔色は
不自然な程に真っ白になっていた。
もう、あおぬまじづまかと思った。
ストライクでスプーンが口に入っていた。
「毒です!!」
「ほーっよく分かったな」
ハンスをリスペクトするのはいいが
そんなトコは真似しない方がいいぞ。
俺は敢えてバイスに突っ込みをしないで
そのまま流した。
「・・・何と言う日だ。」
蘇生と解毒の処置で蘇ったナリ君だが
座り込んで頭を抱えていた。
「この短時間に二度も死線を彷徨うなんて
こんな人、他にはいないですよね。」
半ば感心したようにバイスが言った。
甘いぞ若造。
世の中は広いのだ。
その昔、チャッキーと言う男がいてな
「そんなワケでナリ君。もう一回かき氷だ。」
「・・・イエス、マスター。」
裏では相当バタついて居る様子が
かき氷を作っている間にも分かった。
普通は客人に気取られない様にするモノだが
その客人に暗殺を阻止してもらったのだ。
隠しても仕方が無いのかも知れない。
俺はさり気無く足の指を靴底から貫通させ
床に密着させて音を拾った。
館中大騒ぎだった。
もう大混乱すぎて
居るのが申し訳ないレベルだ。
機会を改めたいが
客人に対してどうするのか
これでも揉めてていた。
暗殺犯に仕立てられそうになったのだ。
その中にバルバリスの司教までいる。
対応を誤れば王家その他の元貴族も
ただでは済まない。
そう恐れる利権大臣達が案を出すわけでも無く
喚き散らしているようだ。
そんな中、「客人の対応は私に一任させてもらいたい」と
凛々しく申し出るブットバス。
ここでの一番の苦労人が彼女で間違いなさそうだ。
作り直した、かき氷を再度渡した。
食器はモチロン、ワゴンまで
総入れ替えだった。
ようやっと広間のソファに座ることが出来た。
運ばれて来たお茶を頂き
一息ついた。
「しっかし師匠が止めなきゃどうなってたんすかね」
座って落ち着いたクフィールが
思い出し震えた。
王族暗殺の濡れ衣
御免被りたい。
「ブスが止めたよ。俺達の前では
避けただけだ。言わば俺は
騒ぎを大きくしてしまったワケだが
あのままでは俺達が犯人に仕立て上げられる
危険が大きすぎたからな。
申し訳ないが保身させてもらった。」
「流石です。お兄様」
「それにしてもア・・・リディ君
どこで毒に気が付かれたのですか。」
バイス君、他に誰も聞いてないから
アモンでもいいぞ。
「侍女の様子がおかしかった。」
「それだけですか。」
「まぁ以前に似たような目に遭った事が
あってな。その時となんとなく状況が
被ったせいだな。」
「救世主様に濡れ衣など、許せない行為です。」
リリアン
あのね
いや知らないならいいか。
「正式に抗議して良いかと」
毒の被害者としては
裁いてほしいのか
ナリ君は腕を組んでそう言った。
「まぁ、これからの扱いを見てからで
バイス、謁見が叶うかもしれないぞ。」
俺がそう言うと、丁度ブットバスが
俺達のテーブルまでやって来て
謁見が許された事を告げた。