第百九十一話 絶対の黒
「・・・リリアン。」
「はい、若。」
「ここが我の世界で、お前が我のメイドだーっ」
「若ーっ」
大袈裟に抱き合うナリ君とリリアン。
真っ赤になって泣きながら「止めて」と
要求しているストレガ。
恐らくガールズトークとやらで話したら
ネタにされて
からかわれている様だ。
平和な車内だ。
翌日にはエルフの里を出発し今は
本来の目的地のヒタイングに向け
俺はキャリアを走らせていた。
「ナリ君、程々にしないと
君の世界は冥界に強制引っ越しになるぞ」
「イエス、マスター。強力な暗黒面の力を感じます。」
そう言いながら運転席の方に
避難してくるナリ君。
身軽だ。
動いている車内で動作に
一切の戸惑いが無く
座る際にもマントをブワーっって
広げながら着席した。
「マスター。いますけど」
そう言って進行方向左斜め前を
指さすナリ君。
「やるかー。」
俺は車を停車させた。
レベルが上がり過ぎた弊害で
脳内センサーは全く反応しなくなっていた。
危険では無いのだ。
いきなり襲われてもダメージが入らないのだ。
なので脳内センサーが警告をしてくれない。
完全膝カックン耐性で物体を感知出来るが
ただの野生動物なのか魔物なのか
これと言った判断材料がなく
細かく判断しようと精度を上げると
飛んでる羽虫の集団
自転車で通過するとウゲェってなる
あの塊の一匹一匹まで走査してしまい
負担がハンパないので止めた。
そういう理由で魔物がそばに居ても
気が付かない事が増えた。
俺だけなら問題は無いのだが
他の面々ではそうはいかない。
仕方が無いので修行と偽り
ナリ君その他に周囲の警戒を
お願いしてしまっていたのだ。
「出るぞー」
俺が後ろに声を掛けると
俺とリリアン以外の面子がじゃんけんを始めた。
こっちの世界に無かったので
今回の旅で初めて教えたのだが
流行ってしまった。
エリートのバイス辺りは馬鹿にしてくるかと
思っていたのだが
子供のように喜び、事あるごとに
じゃんけん勝負を持ちかけてくる始末だ。
ちょっとウザい。
思えば今まで良くじゃんけん無しでこれたモノだ。
非戦闘員であるリリアンの護衛の為
1人居残るのだ。
「負けた人が担当と言うのが非常に心苦しいです。」
と言うリリアンの意見で
今は勝者の権利になっていた。
今回はストレガが勝者の様だ。
多分、わざとだろう。
劣化とは言え悪魔ボディの機能だ。
動体視力も反射速度も人間の非では無い
クフィールとバイスはレベル上げが必須だ。
パーティの仕組み上、俺は同行しないとならない
そうなるとストレガが一番レベルが上だ。
この辺りの魔物では経験値の足しにもならない
そう言う意味ではナリ君もそうなのだが
集団戦闘の経験や馴れは
まだまだ必要だ。
「じゃあ、留守を頼んだぞ。」
「はい。いってらっしゃいませお兄様」
隊列は最前列にナリ君
その後ろにバイス
最後尾にクフィールだ。
俺は更に後方でメニューを開いて見てるだけだ。
勿論、危険と判断したら口も手もだすつもりだが
その機会は無さそうだ
ナリ君のレベルは77だ。
この辺りの魔物では相手にならない。
ナリ君も意味を理解しているので
特攻して倒してお終いとかはしない。
残りの二人が魔法の練習になるように
トドメを刺さずに相手に距離を持たせるような
戦い方をしてくれていた。
そのお陰でヒタイングに着くころには
クフィールはレベル13にもなった。
スパイクも十分な強度と高さを出し
タイミングも馴れて来たようだ。
元から明るい性格だったが
このレベルアップはそれに拍車を掛けた。
最近はうるさいレベルで明るい。
強くなっている実感が自信の回復を促したのだな。
そこへ行くとバイスはちょっと冴えない
レベル的には十分余裕のハズなのだが
敵を見て、焦り呪文をしくじる事もしばしばだ。
やはり実戦は教室とは勝手が違う。
エリートのプライドは砕け散ったが
良い感じの砕け方をしたようで
クフィールとの関係もより対等な目線になっていった。
これもクフィールを増長させている一因ではあるのだが
微笑ましいのでいいか。
レベルの方は1だけ上がって26だ。
やはりこの辺りでは20ぐらいまでの狩場だ。
だが1レベル以上の貴重な経験を
バイスは確実にモノにしていた。
元々、優秀な奴だ。
彼の方もヒタイングに着くころには
防御系、強化系などは俺が教えを請う程に
要所要所で的確に決める様になっていった。
そんな感じでヒタイングに到着した。
潮の香りが風で運ばれ鼻についた。
洗濯物がベタつくなコレ
綺麗に晴れた空はまるで合成写真のように
不自然なほど濃淡がなく青一色だった。
イラストレーターじゃないが
色付き紙テープみたいなのが風にアチコチ漂いそうだ。
まだ海水浴のシーズンでは無いが暑い。
「所長だけズルいっすーっ」
「フフん。暑いと言って置いたハズよ。
キチンと準備出来ていないあなたの不手際でしょ」
そう言ってファッションモデルの様に
得意気にターンを決めるストレガ。
細いな。
唯一のヒタイング経験者であるストレガは
荷物の中に夏服をキッチリ準備していた。
暑さで苦しくなる事は無い悪魔ボディだが
不自然にならないように人として
振舞うのが板に付き過ぎなストレガちゃんだ。
「ストレガ。服屋を教えろ」
一直線に海に行きたかったが
まず洋服屋を探した。
長袖とか無理だろコレ
検閲はバイスの書簡で
ほとんどノンストップだった。
ストレガに道案内されて
一軒の洋服屋に向かうのだが
通行人がキャリアを見ては
大口を開けて驚いていた。
中には腰を抜かして尻もちを着く者もいた。
「久々の反応だ。」
ベレンでもドーマでも最初だけで
皆、あっという間に馴れたからな
たくましい市民達だ。
「思えばこれが普通の反応ですよね。
王は初めて見た時やはり驚かれたのですか」
バイスは話を先に聞いて知っていたので
驚く事無く珍し気にあちこち観察していた。
ナリ君がどうだったのか気になる様で
そう聞いた。
「むぅ、道に飛び出した瞬間に
撥ねられ意識を失ったので
良く覚えていないのだ。」
そうだったね。
ごめんね。
つか、ナリ君
すごい汗だ。
触って見るとメッチャ熱持っていた。
「黒い衣装は止めた方がいいんじゃないか」
「お気遣いは感謝しますがマスター。」
黒は絶対なんだそうだ。
黒の何が絶対なのか
なぜ黒でなければイケナイのか
全く分からない説明だったが
どうでも良かったので
あえて深くは聞かない事にした。
そんなワケで服は必要無いと
言い切ったナリ君に車の留守番を
お願いして残りは洋服屋になだれ込んだ。
それぞれ購入し、そのまま着替えてしまった。
バイスだけは購入したが着替えず
そのままだ。
何故なのか聞いて見たら
教会の用事が済むまでは司教の服でないと
と言っていた。
すっかり忘れていたが
大事な用事のひとつだった。
「じゃあ海はその後だな」
「バイス一人降ろして、皆でいくっす」
それはヒドイだろと俺は突っ込んだが
バイスはクフィールに同意した。
用事が長くなるかもしれないと言うのだ。
「先に宿を決めるか」
これなら、時間次第では海に探しに行かないで済む
合流に困る事は無くなるだろう。
ブンドンの様に教会に
宿泊させられるかもしれないと言うので
宿も教会の近くにする事に決定し
俺達は洋服屋を出た。
「お待たせーナリ君」
返事は無く
運転席から受け身も取らず
ナリ君が地面に落ちるのが見えた。