第百二十九話 なまはげヒーラー
ネルネルド訓練場は
よくある最前線の状況だった。
ベッドがズラリと並び
寝かしきれない者は廊下に座り込み
壁に背を預け虚ろな瞳で何か呟いていた。
俺とヨハンの加勢で戦闘は
あっと言う間に逆転し大勝利だ。
折角、大歓迎で迎えてくれたのに
俺は負傷兵の有様を目にしたせいで
ヨハンを怒鳴りつけてしまった。
「回復の使い手が足りねぇんだ。」
申し訳なさそうにヨハンはそう答えた。
ヨハンだって好きで怪我人を
貯め込んでいるワケでは無いだろう。
だが、俺は引き下がらない。
「スクロールは作ってないのか」
お前一緒に作業したろうに
使い手の数が揃わなくても
回復の魔法を込めた巻物があれば
一々ヒーラーを派遣しなくても網羅出来るハズだ。
前回、レシピだって残していったのだ。
俺はそうヨハンに問い詰めると
ヨハンはあっさり答えた。
「ミスリルが底を尽いてインキを作れねぇんだ」
「んなもん・・・あっ」
そうだ。
レシピがあっても材料が無い。
前回の俺ならいくらでも集めて来れたが
今現在、ここまでレベルアップした俺でも
ミスリルは生成できない。
「済ま無ぇ、折角兄貴が色々準備しててくれたのに
このザマだ。努力はしたんだが・・・いや
言い訳だな。とにかく済ま無ぇ。」
ネルネルドの人達の前だというのに
ヨハンは頭を下げた。
最高指導者が見た事も無い小僧に謝罪している。
先程の戦闘、その雷撃の使い手って前フリが
無ければ信者に殺されかねない絵だ。
「いや、俺の不手際だ。材料が無いんじゃ
どうしようも無いよな。悪かった。」
まーただ
いい気になって調子に乗ってると
不手際でとんでもない事になっていた。
クサるのは後だ。
今は治療しよう。
出来る事をやろう。
半魔化の状態だと回復系が使えない。
俺は防寒着を貰ってヨハンと共に
負傷者の治療を開始した。
「はいい。つつ次はこちらですぅ」
重症の者から治療する為に
内情を把握しているネルネルド駐在のシスター
ガガガに案内を頼んだ。
俺達の鬼気迫る治療っぷりに
つられて焦りまくるガガガ
ゲッペといいシスターの名前
もうちょっとキレイな響きにならんのか
ちなみに俺はバング戦より本気だった。
「済ま無ぇ兄貴。魔力が限界だ。」
「うるせえ!」
ギブアップなんかさせるか、俺は
音を上げたヨハンに強引に魔力譲渡した。
「おおおおお何だこりゃ?!」
生れて初めて味わうのか
やたら驚くヨハン。
「行けるな!」
「お、おう」
「ガガガぁ!次だぁ!!」
「ヒッ・・・はい」
訓練場で何でこんなに負傷者が多いのだ。
どんな訓練を・・・いや実戦だよな。
しかし、ここがこの状態だと
ネルドはどんな状況なんだ。
俺は治療しながらヨハンに
尋ねると、このカラクリを説明してくれた。
ネルドの負傷者がここに
運び込まれ、癒えた者はネルドに
即戻って行く仕組みだ。
訓練場と野戦病院を兼ねた施設なのだ。
これもユークリッドの案だそうだ。
戦う者、傷つき倒れた者
双方の心を考えた体勢だ。
負傷者の姿は戦う者に
どうしても恐怖を呼び起こす。
「次は俺がああなるのか」と
そして恐怖は身の萎縮を起こし
実力を出せずに負傷、逃亡も有り得る。
戦場に居るべきは元気に
戦える者だけで良いのだ。
負傷した者は負傷した方で
すごそこに敵がいる恐怖に怯え
戦えない申し訳なさから
まだ寝てろっていうのに無理して
出て行ってやっぱり無理で
余計ヒドイ状態になって戻って来る。
戻って来ればまだ良いが、治療の必要が
無くなって冷たくなってしまったりもする。
そして切羽詰まった指揮官が
捨て駒や盾替わりに負傷兵を使ったりという
狂った判断を下したりする場合もある。
それでも場合によっては背に腹で
その判断も止む無しになってしまう。
しかし、始めからそこに居なければ
選びようが無いのだ。
あらゆる意味で良い方向に向く仕組みだ。
戦える者は戦いに専念出来る。
治療する者は治療に専念出来る。
しかし、これは逆に言うと
「人を隅々まで使い切る天才だなユーさんは
俺より悪魔なんじゃね」
笑顔でそう言った俺に
ヨハンは珍しく返答に困っていたが
やがて口を開いて呟いた。
「まぁ仲間内じゃ裏で鬼って呼んでいるぜ。」
ちなみに俺とユークリッドは宴会で
すっかり意気投合し
もはやマブダチの領域だ。
鬼と悪魔だ。
相性は悪くないのだろう。
その他の司教の面々は
「嫌なコンビが誕生してしまいましたね」
「だから混ぜるな危険だと」
「似て無ぇんだが似てんだよな。あの二人」
と、大絶賛だったそうだ。
後、今回の収穫の一つで
新たに分かった事があった。
魔力譲渡は過度に行うと精神に影響が出る。
「うおおお悪い子(体の)はいねえがあ」
何回目位だったのだろうか
俺も一々数えていなかった。
ヨハンが不自然にハイになった。
「悪い子はいねぇがあぁ」
俺も付き合いで同じノリで
恐怖に逃げ惑う負傷者を二人で
追い詰めては治療していった。
ガガガもいつの間にか逃亡していた。
きっと寒さのせいだな
元ネタも寒い地域だもんな。