第百七話 ユー支配しちゃいなよ
呼び鈴が鳴った。
来客だ。
「私が」
パウルがそう言うと
足音が玄関の方まで移動する。
俺は脚立から下りると
脚立を抱えて
玄関の覗き穴まで移動し
再び聞き耳を立てた。
「ここには来るなと
言っておいただろうに」
相手の声は耳打ちなのか
聞き取れなかったが
パウルのリアクションはデカかった。
「なんだと!ええい
しばし待て、すぐ指示を出す」
ドタドタとリビングまで駆けるパウル。
ええい
俺はまた元の場所まで脚立を戻した。
「大変です!偽物一行がレストランで乱闘を!!」
「ええ!?」
「それで今は」
「偽物に絡んだ客を水の魔法と思わる術で
他の客もろとも全て流し、
現在も逃亡中、更に見失ったそうです。」
「今、捕まえれば先んじて
和解のチャンスですねぇ」
そう呟くユーにハンスは否定した。
「仮にもし本物なら絶対にダメです
この都市を爆破してでも逃げる人です。」
「そうなんですか」
ハンスの意見を大袈裟だと思ったのか
ユーはそう言った。
「私もハンスの意見に賛成です
死傷者がでていません。これは
まだ余裕の証です。追い詰めれば
今度は水では済みません。
溶岩を流して来るでしょう」
そんな魔法は無い。
「そうですか、分かりました。
捕獲を中止しましょう。彼等には
無事ドーマまで戻って頂きます。
気付かれない様に監視だけは続行で」
「はい!!」
ドタドタとリビングまで
また駆け足で走るパウル。
今度は追わなくていいな。
「しかし、うちの衛兵が見失いますかねぇ」
ベレンの治安の良さは彼等が優秀が故だ。
ユーも厚い信頼を置いているようだ。
「本物なら造作も無いでしょう。
と言いますか人間では相手にならないです」
ゆっくり歩いて戻って来るパウル。
「これで一安心ですね」
そう話しかけるハンスに
歯切れが悪そうに切り返すパウル。
「実は魔導院からの報告が未だ
上がってきていないのですが
ハンスには何か連絡はありましたか」
パウルの問いにネルドから
ここに直に来て、他に寄った場所の
無い事を伝えるハンス。
「魔導院の報告がどうかしたのですか」
ユーの問いにパウルが答えた。
「偽物が前日、単独で魔導院に
入った所までは影の報告で
分かっているのですが
魔導院で何をしたのか
その報告が一切上がってきていないのです。」
「忘れているとか、何も無かったとか
では無いのですか」
ユーのツッコミに断言するパウル。
「何も無ければ何も無かったという
報告が上がるのです。今まで報告
そのものをサボタージュした事もありません」
「確かにそれは妙ですね」
「ええ、後で影に探りを入れさせます
相手が相手です。些細な見落としが
致命的になる事も大袈裟ではありません」
「お願いします。それにしても
魔導院・・・ですか」
ユーの声のトーンが変わった。
「私の判断ミスですね。」
そう言うユーにハンスとパウルが
もの凄い勢いで慰めと否定をしている。
大フォロー合戦だ。
「いえ、いいんです。
正直、私はあなた方やストレガと違い
あのお方を知らない。
それが故に信じ切る事が出来ません。
また、そういう人物が歯止めを
掛けるべきとすら思っていたのです。」
椅子に座り込む音が聞こえ
ユーは続けた。
「ストレガは魔法の普及を絶対と譲らなかった。
しかし私は魔法の拡散は危険だと判断した
内外の軍事バランスの変化に
対応出来る保証はありません。
魔法によるテロやクーデターで
国が荒んでしまってからでは遅い。
その危険を省みた場合
やはりリスクの方が大きい
今の安定を維持するには秘術と同様と
すら考えていました。
結果、多用な規制を設け
魔法の普及を大きく制限してしまった。」
プルの言っていた事か
使用も伝授も禁止とか言ってたっけな
「どうしても考えてしまいます
ストレガに任せて普及させていれば
今のバング問題など
とっくに解決していたのではないかと」
ここでハンスが割って入った。
「学園と魔導院の設立そのお陰で
滅ばないで済んでいるのです。
これはあなたの功績ですよ。」
パウルも続く
「条約無視のドワーフ受け入れ
魔族保護地区の設定
これらが無ければ彼等はどうなっていたか
これは間違いなく大きな救い
称えられるべき功績ですよ。」
おお
ネルド開放と
保護地区設定の張本人が
ユーだったのか。
やるじゃあないか
会いたかったぞ。
クヨクヨ悩むな
ユー
やっちゃいなよ。
「保護地区は参りましたね。
あれで2年はバリエア復興が遅れました。」
自嘲気味に笑いながらユーは言った。
「でも、ドワーフのお陰で
5年は短縮出来ていますよ」
パウルも笑いながら答えた。
滅茶苦茶になった国土と各民族
これらを幸せの方向に向けて
再生させていかなければならない。
残ったパン一個
空腹で鳴りっぱなしのお腹を
抱えたまま、それを皆で分ける。
殴って奪うのではなく
ちぎって渡す為に腕を振るう。
終わった事を見て
不平不満を言い批判するなど
誰でもできる簡単な事だ。
また何もしない奴ほどその声がデカい
どうなるか分からない先の決断を下し
責任を持って後の始末も着ける。
ここにいる3人はそうなのだ。
この14年ずっと苦労しっぱなし
だったに違いない。
暗い暗いと文句を言うのではなく
どうしたら灯りがともるのか
それを遂行してきた人達なのだ。
全く誰が
こんなヒドイ状態にしたんだ。
許せん。
そいつに責任を取らせなければイカンな。
うん。