水晶の街クリスタルティア
白い壁に覆われている大部屋。
部屋の中央には大きな白い石でできた上裸で剣を空へ突き立てる男の石像。
石像を囲うようにして祈りを捧げる人々。
生前の世界で言うなら教会だ。
そんな部屋の片隅に焦げ茶色の木材で作られた簡易なボックス部屋が3つほど並んでいる。
それは懺悔部屋だ。
己が犯した罪をシスターに話すことで、己の罪を告白し神の許しを請う贖罪の一つである。
その部屋の1室に黒いローブを着たゾンビがいた。
「迷える子羊よ。本日はいかがいたしました?」
「はい。シスター。私は罪を犯してしまいました。是非、シスターに私の罪を聞いていただき導きを頂きたいのです」
「汝、罪を告白し、神の許しを請いなさい。人神セルセウス様は寛大なお心で慈悲をお与えくださるでしょう」
「はい。シスター。実は……」
時は2時間前に遡る……
ーー
「何てきれいなんだ……」
死者の森から生還したタナカの視界に飛び込んできたものは辺り一面の銀世界だった。
まるで雪原のようだ。
しかしそれは雪ではなかった。
タナカは白い物質に注意を向ける。
雪見草:水晶の街クリスタルティア周辺に自生する植物。根っこから葉の先までが全て白色。栄養価はそこそこ高く鍋類の料理に非常に適した素材。
タナカの目の前に『雪見草』の詳細が表示された。
「食材の一種か。一応回収しておこう」
生前の貧乏性故か、景色の見とれるだけでなく回収もきっちり行う。
コンソールに「金に卑しい庶民」と書かれていたことを思い出し眉間にしわを寄せる。
しかし回収する手捌きのスピードが落ちることはなかった。
『雪見草』を掻き分け道なき道を進んでいくと大きな城門が見えてきた。
城門の部分部分がクリスタルで覆われており、妖精やエルフが城壁の中にいそうな期待感がタナカの中に湧き上がる。
「エルフや妖精に会ってみたいな……。『ゾンビーズ』ではそんな種族いなかったものな……」
『ゾンビーズ』はジャンルとしてはダークファンタジーに分類されていたので、悪魔やアンデット等は豊富な種類がいるのだがエルフや妖精等のファンタジーな種族はいなかった。
「 しかし『水晶の街 クリスタルティア』なんて聞いたことが無いぞ。やはりこの世界は『ゾンビーズ』とは似て非なるものと考えた方がよさそうかもな……」
『ゾンビーズ』の世界では最初の街は『死者の街 アレサンドラ』だった。
市場で野菜を売る”商売ゾンビ”。
武器屋で鍛冶を行う”鍛冶ゾンビ”。
特に何をしているわけでもなく路地裏で転がっている”クズゾンビ”等が街中におり、死者が運営する死者の街という設定だった。
タナカは『ゾンビーズ』との違いに警戒を高めつつ、雪見草の雪原に身を隠しながら城門を観察する。 門番が二人。
特に城門をくぐる者に声をかけている様子はない。
どうやら人族以外の者も出入りしているようだ。
明らかに人間の大きさを超える獣の様な男が入っていったことからそれはわかる。
しかしここからではゾンビか人間かは判別ができないが……。
タナカは自分の体を見つめる。
ローブで骨が見えている部分は隠せるだろう。
顔の青白さも調子が悪いといって誤魔化せる。
ただしどうにもならない者が一匹……
「グルウ……」
鬼熊のポチは「俺入っちゃまずいっすか?」みたいな感じで小さく唸る。
タナカは鬼熊を軽く撫でながら考える。
(こいつアイテムストレージに入れらんないかな、ついでに荷車も……)
タナカは試しにアイテムストレージを開き、鬼熊と荷車にコンソールを近づけた。
ヒュンと音を立てアイテムストレージの中へ1匹と1台は吸い込まれていった。
「入るのかよ……。まあいいだろう。これで問題はクリアだ」
タナカはそう呟くと、フードを深く被り城門へと歩き出した。
自分怪しい者じゃないんで……という雰囲気を醸し出すように堂々と胸を張り歩く。
もうすぐ門をくぐれる。
そう思った瞬間……
「待て! お前見ない顔だな。身分証を見せろ」
(あーやばい。どうする……)
タナカは掻くはずのない汗が噴き出ている気がしたが、そんなことは一切表情に出さず切り返した。
「オレニモツトドケロイワレタ……オレココトオル……」
外国の人のフリをするタナカ。
コツは堂々と言うことらしい……。
自信満々で言い放ったタナカだったが門番の男には通じなかったようだ。
門番の男はなに言ってんだこいつ?という顔をする。
「お前益々怪しいな……ステータスプレートを持ってるだろ? とっとと見せろ!」
タナカに近づく門番。
顔が引きつるタナカ。
「ステータスオトシタプレートタベタ」と訳の分からない方言を言い出し始める。
何か問題が起きたのかと、城門の反対側で警備していたもう一人の門番も近づいてきた。
そして……
「ウワタァ! ホワタァ!」
殴った……。
門番を二人殴り倒し、「僕がやったんじゃない……ビリーが……ビリーが頭の中にウワアアアア」とか言いながら街中へと走りだし、城門を突破した。
ーー
「というわけなんです……」
タナカは気まずそうに話し終えた。
「迷える子羊よ。懺悔したことであなたの罪は許されると思ったら大間違いです。汝を牢獄へと導きましょう」
「待って下さい!! シスター!! 慈悲を!! 迷える子羊に慈悲を!!」
タナカは焦る。
「フフフ……アハハハハ」
「え?」
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。フフフ。あー可笑しい。カタゴトで言っても通れるわけないじゃないですか」
ガチャリ
懺悔室のシスターとタナカを隔てる衝立が上に持ち上げられた。
そこには笑い疲れたのか目の端に涙を浮かべる美しいロングストレートの銀髪に人好きしそうな可愛い顔のシスターが顔を出した。
「ステータスプレート失くしちゃったんでしょ? 私今日もうこれでお仕事終わりだから付き添ってあげます。笑わせてくれたお礼に」
ペロっと舌を出し、悪戯っぽく片目をつぶるシスター。
(か、カワイイ……)
「じゃあちょっと待っていてください! 着替えてきます!」
ガチャンと衝立を下すとパタパタとシスターは懺悔室を後にした。
タナカが木製の長ベンチに座り、石像に祈りを捧げる人々を見つめているとパタパタと近づいてくる音がした。
「すいません。待たせちゃいました?」
白ベースの花柄のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織る可愛らしい顔立ちの女性。
銀髪を掻き分ける仕草をするとフワリと甘い香りがした。
「いや全然」
タナカは動揺を抑えつつ冷静を装い女性に言う。
(ああ~異世界に来て最初の街でこんなにかわいい女の子に案内してもらえるなんて……テンプレの神様ありがとう)
タナカは心の中で上裸のおっさんの石像にお礼をいった。
そのおっさんはテンプレの神様ではない。
「じゃあ行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待って、僕はタナカ。君は何ていうの?」
「そういえば自己紹介してませんでしたね。私はミカリーナよろしくお願いします。タナカ君!」
ミカリーナに手を引かれ、タナカは教会を後にした。
「えっとですね。ステータスプレートは色々な場所で発券してもらえるんですけど、タナカ君って見たところ旅人さんですよね?」
「そうだね。一応」
「なら、普通に発券してもらえるよりいい所がありますよ!」
ミカリーナは目的地までの道程でステータスプレートやこの街についてタナカに話し出した。
「ステータスプレートというのは簡単に言うと身分証です。この街だけじゃなく色々な街でも使えるとっても便利な物です」
それで門番はステータスプレートを出せと言ったのか……と思うタナカ。
「ただし、勝手に他人のステータスプレートを覗き見ることはマナー違反になります。色々隠したいことも人それぞれあるでしょうし、ついこないだもそれが原因で刃傷沙汰がありました……なので余程怪しくない限り提示を求められることはありません」
ミカリーナは案にお前怪しかったんだよ……といった顔をする。
顔が引きつるタナカ。
(僕ってそんなに怪しかった……?)
その話を聞き、思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。
「そしてこの街『水晶の街 クリスタルティア』は大昔『氷の魔女』なる者が古の大魔法で氷漬けにした伝説が残っています。その名残として溶けない氷があちらこちらに残っているみたいですね」
(水晶じゃなかったのか……)
その話を聞き少々がっかりするタナカ。
がっかりするタナカをよそにミカリーナの話は続く。
「クリスタルティアは周辺の魔物もレベルが低いため治安がそこそこよく色々な種族の者が暮らしている街です。因みにゾンビやアンデットなんかもいます」
そうなのかと驚くタナカ。
タナカは警戒して損したなと思う。
「でも悪魔族だけは滅多に来ません。この街で力を持ってる宗教団体が悪魔族大嫌いみたいなスタンスなのでその影響ですね」
(ふーん。ゾンビやアンデットが良くて悪魔族がダメってのもよくわからんけどな)
心の中で相槌を打つタナカ。
色々と為になる話をミカリーナから聞かせてもらっていたらあっという間に目的地に着いてしまった。
一際大きいログハウスの様な建物がタナカの視界に広がる。
「ここは冒険者ギルド。ここでステータスプレートを発券してもらいましょう!」
「おおっ!」
ミカリーナはその建物を指刺しながら言う。
建物にはクリスタルでできた看板が貼り付けられていて、「クリスタルティア冒険者ギルド」と彫られていた。
タナカは建物を見つめ思う。
(ここがあの有名な冒険者ギルド。『ゾンビーズ』の時にも散々お世話になっていたあの……。僕が英雄になるきっかけをくれたあの場所に)
タナカは少し緊張した足取りで、ミカリーナに手を引かれながら冒険者ギルドへ入っていった。
ーー
「冒険者ギルドへようこそ!」
中へ入るとカジノのディーラーの様な格好をした男に声を掛けられる。
タナカは少ししょんぼりする。
「冒険者登録しに来ました!」
ミカリーナが男にそう告げる。
(え……?)
「ミカリーナさん?」
タナカは戸惑ったように声を出す。
「アハハ実はですね……」
「ミカリーナ!」
タナカがミカリーナを問い詰めようとすると、魔法使いごっこをしているような少女が話に割り込んできた。
全体的に黒でまとまっており、タナカと若干被る。
「エミル! 聞いてください!」
「どうしたのですか? そんなにはしゃいで……。そちらの方は?」
「彼はタナカ君! 私達の新しいパーティメンバーですよ!」
(へーそうなんだ)
タナカは人ごとのように聞いている。
(……え? 今なんて言った?)
空耳なのかと思いながらタナカが首をかしげていると、魔法使いごっこ少女が口を開く。
「おお! そうですかそうですか……オッホン! 申し遅れました。我はエミル! ミカリーナのパーティメンバーにして大魔法使い!」
(そうか。大魔法使いなのか。すごいな……)
タナカは心の中で呟く。
「フッフッフ。私のあまりに強大な魔力で声も出ないようですね」
(いや……魔力感じないから。魔法の才能に関しては徹底的にダメ出し食らってるから)
(というか、こいつもしかして……鬼熊にボコられてたやつか? 確かエミルって僧侶がいってたような)
(ぇ……というか、ミカリーナってあの時の僧侶か、もしかして? 何で冒険者の僧侶が教会で懺悔室のバイトしてんだよ……)
タナカは心の中でいっぱい突っ込む。
決して声には出していない。
「まあいいでしょう。とりあえず手続きを済ませましょう。」
「そうですねエミル。じゃあタナカ君冒険者登録をあっちで済ませてきてください。そしたら3人でパーティ申請出しに行きましょう?」
「………はい」
テンポよく話が進んでいき思わず返事をしてしまうタナカ。
(僕確かステータスプレートを作りに来たんだよな……それが……)
心の中で悲しく呟き、そして一言――
「どうしてこうなった……」
タナカの呟きは二人の楽しそうな少女の会話で掻き消えた……