死者の森
「社会のクズってなんだよ……」
愚痴をこぼしながら森を突き進んでいく荷車を引く黒いローブの男。
そんな男の進路を妨げるように青く透き通った体に赤色の核が見える液状の生物が3体飛び出した。
黒いローブの男タナカは黒色の刀身の剣を引き抜く。
「また出やがったな。バブルスライムLv2が2体。Lv4が1体か。雑魚じゃん」
ここは『死者の森』。
『ゾンビーズ』の世界で言うところのチュートリアルゾーンだ。
ここで弱いモンスターと戦いつつ軽くレベルを上げ、戦い方を学んでいく。
どこまでこの世界が『ゾンビーズ』に類似しているかはわからないけど、今のところは特に変わらないな。
『始まりの墓』で生まれ『死者の森』で経験を積む。ゲーム時代通りだ。
タナカはゲーム時代と今の世界に地理的な違いが無いことに安堵する。
すると油断していると思ったのかバブルスライムはタナカに攻撃を仕掛けた。
バブルスライムが体から泡状の何かタナカの頭部目掛けて吹き出すとタナカはそれを首のひねりで躱し、一足で距離を詰め3体とも横なぎの一振りで切り裂いた。
バブルスライムは液状の部分が消滅し赤い核だけが残る。
「何なのこのドキドキ感も何もないクソゲーオンラインは……。ただの作業じゃん」
タナカが『死者の森』で魔物に遭遇したのはこれで5回目だ。
ステータスが蟻並みだったタナカが無双して作業ゲーと化してしまっているのには2つ理由があった。
1つ目の理由――それは『社会のクズ』という称号。
ーー
称号 社会のクズ:社会の一員としてあるまじき行動をした者に贈られる称号。君の様な者は触れる者皆傷つける……。まずは知ろう。相手を知ろう。相手を知ることが社会復帰への第一歩だ。
効果:知覚覚醒
ーー
説明文はともかく、この『知覚覚醒』という効果は相手のLvや名前を知ることができる効果であった。
集中してみることで対象のより詳細な情報を知ることができる。
例えばそこら辺の木を見つめると『死者の森の木』と表示される。
より集中して見つめると『死者の森の木:死者の森に生息している木。瘴気に晒されているため木材としての耐久度は低い』と表示される。
便利だ。便利すぎるとタナカは思う。
だからタナカは戦う前から相手の情報がわかってしまう。
情報戦において圧倒的に有利な状態になっていた。
そしてもう一つの理由それは『不死王の剣』『不死王のローブ』『不死王の杭』の3点セットだ。
百聞は一見に如かず。タナカのステータスをお見せしよう。
ーー
荷車ゾンビ”タナカ” Lv5
HP 4278/4278
MP お前にそんな高等な物はない
攻撃力 12465
防御力 10872
素早さ 9675
知力 猿
精神力 硝子
ーー
ーー
アイテムストレージ
不死王の剣:不死王により創られた魔剣。不死王の加護により不死王と同等の剣技・ステータス・スキルを装備者に与える。
不死王のローブ:不死王により創られた魔法のローブ。不死王の加護により装備者に不死王と同等のステータス・スキルを与える。
不死王の杭:不死王により創られた魔法の杭。不死王の加護により死者に仮初の命を与える。
ーー
魔法関係のステータスに関しては全く変わっていないが、その他が跳ね上がっていた。
これ言ったらLv80プレイヤーの素のステータスぐらいだからね……とタナカはコンソールに突っ込んでいた。
(この世界の人達がどんな水準かわからないから相対的なことはわからないけど、今のところでてくるモンスター一撃だからね……。恐怖も興奮も糞もないわけですよ……。折角の異世界戦闘、期待してたのに……)
(剣技や体捌きにしてもそうだ……。僕が思い描いた行動の最適解を勝手に導いてくれる)
タナカは悲しそうな眼で先程倒したバブルスライム達の赤い核をアイテムストレージにしまっていく。
この世界のモンスターは魔物と言い、核を保有している。
この核がマジックアイテムや武器、防具の素材になるらしく道具屋等を筆頭に色々な機関で買い取ってくれるらしいと『社会のクズ』が丁寧にタナカに教えた。
ガキンッガキンッ、グルアアアアアアアッ!
戦利品を回収し更に歩を進めていくと剣戟が聞こえてきた。
魔物の雄たけびも聞こえる……。
タナカは荷車を近くの茂みに隠し、こっそりと剣戟の聞こえる場所へ近づいていく。
「ちくしょおお!! エミルがやられた!! なんでこんなとこにこんな大物が出るんだよッ!!」
「口を動かす暇があったら手を動かせっ!! このままじゃ全滅だ! 何とか撃退するしかないぞ!」
「ふざけんな! 無理に決まってんだろーが!!」
そこには2人の男と2人の女、1匹の魔物がいた。
女の内魔法使いの様な格好をしている方は肩から引き裂かれたような大怪我を負いぐったりしている。 その女を介抱するように回復魔法をかけている女。
男達は2人を守るように魔物と戦っているが……
「相手が悪いな……『鬼熊』か……」
タナカはボソッと呟く。
『鬼熊』は大型の熊の頭部に鬼の角をくっつけたような魔物で、プレイヤーで例えるならLv30は最低欲しいところだ。
見たところあの『鬼熊』はLv31。あの4人組は大体Lv10~12ってところだ。100%死ぬな。乙。
――タナカはそんなことを考えながら巻き込まれないようにこっそりと立ち去ろうとした。
その時……
「誰か! 誰でもいい! 助けて! このままじゃエミルが死んじゃう! 死んじゃうよおッ!!」
女僧侶が泣き叫んだ。
ハァ。
タナカはため息を一つ着く。
先程『始まりの墓』で『英雄』になるとあの薄気味悪い月に誓ったことを思い出す。
ここで見捨てたら生前と何も変わらないんじゃないのか
――タナカは学生時代苛められていたクラスメートを見て見ぬフリをしていた自分を思い出す。
タナカはアイテムストレージから仮面を取り出した。
『偽りの仮面』――デザインは右半分は白い泣き顔、左半分は黒い笑い顔のモダンなデザインだ。
装備者の髪の色を反転、声質を変化させ別人に成りきることができる。
墓荒らしの戦利品の一つだ。
因みにレアリティはレア。
仮面を付けタナカは飛び出し、鬼熊と対峙する。
「なんだてめえは! ふざけてんのか!?」
「気味の悪い仮面付けやがって、舞踏会かよッ!!」
「…………」
タナカの助けようという気力が少し減った。
タナカがしょんぼりして立ち止まっていると鬼熊はタナカに標的を変え、雄たけびをあげる。
「グルアアアアアアッ!!」
鬼熊は鍔迫り合いをしていた戦士を吹き飛ばし、タナカに突っ込んできた。
鬼熊はの口からは涎が滴り落ちる。
獲物が一匹増えた。そう言っているようだ。
「危ない逃げてッ!!」
仮面のふざけた男が殺されてしまう。
何のかかわりもない自分達を助けるために……巻き込んでしまった事への後悔。
もう自分達のことはいい。せめて私達が代わりに犠牲になる
――そう決意し、女僧侶が叫んだその瞬間
ザンッ
「「「え?」」」
鬼熊の首が飛んだ。
鬼熊の体から大量に赤い血が噴き出し、ゆっくりと地面に倒れていった。
仮面の男を凝視する3人。
言葉が出ない……。
自分たちを弄ぶようにいたぶっていたあの鬼熊が一撃……。
あまりにもあまりな光景に3人はただただ息を呑むしかできなかった。
そして……
仮面の男はゆっくりと鬼熊の死体に視線を送る。
何か思いついたように鬼熊の死体に近づいていくと、腰から気味の悪いデザインの黒い杭を取り出した。その杭を鬼熊の体に振り下ろす。
ブシュッ
小気味悪い音が響いたかと思った次の瞬間黒いモヤが鬼熊の死体を包み込んだ。
時間にして5秒ほどだろうか。
5秒という短い時間だったはずなのにとても長い間その光景を見ていたかのような気持ちを3人は共有していた。
黒いモヤがゆっくりと消えていく。
するとそこには首から上がない鬼熊の体が立っていた……。
ふざけた仮面の男は何か納得したようにうなずくと鬼熊の頭部を拾い上げ、鬼熊へと投げ渡す。
投げ渡された首を鬼熊はキャッチし、その首を体の上の元あった位置へ乗せる。
そして……
「グルアアアアアアアアッ!!」
「「「ギイヤアアアアアアアアアッ!!!」」」
3人はエミルと呼ばれていた魔法使いを担ぎ上げると、風を置き去りにするような速度で走り去った。
「何だよ……折角助けてやったのに礼の一つもなしかよ……」
タナカはこの世界は『ゾンビーズ』の世界に類似しているが違う可能性もあるのではないかと考えていた。
常識的に考えたらゾンビという種族自体がおかしい。
『ゾンビーズ』の世界では街や都市で普通にゾンビ達が暮らしていたが、この世界ではそれはおかしなことだという認識かもしれない。
下手にゾンビとして接触し問題が起きたら嫌だなあと考える
――それ故の『偽りの仮面』である。
「お前もそう思うだろう?」
「グルアッ」
鬼熊ゾンビは「そうっすね兄貴!」と言っているように一吠えした。
「なんだかなー」
なんだか無駄に疲れたなというような気怠そうな声でタナカは呟く。
でも生前でできなかった事を一つできたんだ。
窮地に陥っている人を助けること。
『英雄』にはまだまだ遠いけど、一つ一つこういったことを積み重ねていけばいつかきっと『英雄』に手が届くはずだ。
前向きに考えていこう……。
少しほっこりした気持ちで茂みに隠した荷車を引っ張り出す。
そして鬼熊に引手を持たせ、タナカは荷車へと乗り込んだ。
「よろしくなポチ」
「ガルアッ」
「ういっす兄貴!」と言っているよな感じで鬼熊ゾンビは一吠えすると荷車を引っ張り始める。
ガラガラガラ。
不気味な音を立てながらタナカとポチこと鬼熊は『死者の森』の奥へと消えていった。