【8】
選帝侯会議は、なかなか進展を見せない。すでに三度の会議が行われているが、誰が良い、という話はほとんど聞こえてこない。ただ、先帝の子であるヴォルフラム皇子と先帝の叔父であるダンメンハイン公爵のどちらかが次代の皇帝になるだろう、とだけ言われている。
言われているが、それは以前から言われていたことであって、選帝侯会議の結果ではない。選帝侯たちには皇帝が決まるまで黙秘義務があるので、エルシェに仕えているヒルトラウトも、今がどういう状況なのか知ることはできなかった。
となると、周辺がざわついてくる。他の選帝侯に探りを入れようとしたり、選帝侯を買収したり。実際に買収されたのではないかと言われている選帝侯もいるが、ざわついているのは皇帝候補たちと言うよりも、彼らを支援する貴族たちである。
ヒルトラウトも何度か探りを入れられたが何とかかわしている。手荒な真似も何度かしたので、そろそろ彼女の完璧な令嬢、という評判が陰ってきているのではないかと思われた。
「こんにちは、クラウスヴェイク大公」
「あら、こんにちは、シュレーゼマン公爵」
エルシェがにこりと笑って挨拶をした。そろそろ彼女の心の声が読めるようになってきたヒルトラウトは、彼女が「面倒くさい」と思っているのが何となくわかった。
シュレーゼマン公爵は選帝侯の一人である。明らかにエルシェに探りを入れてきていた。ヒルトラウトは一緒にエルシェについているアメリーと目を見合わせる。
「お若いのにしっかりとご意見をなさるので感心してるのですよ」
そう言うシュレーゼマン公爵は笑みを浮かべていたが、明らかに嫌味だった。要するに小娘のくせに一丁前に意見しやがって、と言うことだ。エルシェも負けじと笑みを浮かべた。
「わたくしも大公位を継いだばかりで、しかも初めての選帝侯会議ですから。緊張していたのですけど、皆様優しい方ばかりで良かったですわ」
こちらもかなりの嫌味と思われる。たぶん、年若いエルシェはいろいろと言われているだろうに。
「大公は誰が次の皇帝になると思われますかな」
「それを決めるのがわたくしたちでしょう?」
にっこり笑ってエルシェは言った。シュレーゼマン公爵、探りを入れたのだろうに不発で終わった。
「クラウスヴェイク大公、少しよろしいか」
「はいはい、何ですか……あら」
シュレーゼマン公爵が立ち去ったあと、庭園で再び声をかけられたエルシェは面倒くさそうに振り返ったが、声をかけてきた人物を見て少しほっとした表情になった。近づいてきたのはアイスナー辺境伯ギルベルトだったのだ。
「こんにちは、アイスナー辺境伯」
「ああ、こんにちは」
二人侍女をつけているエルシェとは違い、ギルベルトは一人だった。女性三人の中に男性一人なのだが、ギルベルトは特に気にしないらしい。
「先ほど、公爵に絡まれていたな」
「見ていたなら助けて下さればいいのに」
エルシェが少しむくれて言ったが、ギルベルトは笑うこともなく無表情だった。
「悪いが、私にそんなことは期待しないでくれ」
確かに苦手そうだけど、自分で言うのか。エルシェが笑う。
「正直ね。大丈夫よ、言ってみただけ」
大丈夫ではないし、エルシェも結構ひどいことを言っている。それにしても、この二人、いつの間にかかなり打ち解けているような気がするのだが。
「誰を支持しているのか探りを入れられたわ」
「私も先ほど、アンシュッツ大司教に捕まった」
二人が目を見合わせる。さすがに、互いに支持している皇帝候補を聞くようなことはしなかった。
「それで、何かご用? まさかそれを言うためだけに声をかけたわけではないでしょ?」
エルシェが問いかけると、ギルベルトは少し困ったような様子を見せた。そんな彼の様子を見て、エルシェは何かを察したようで面白そうな表情になった。
「なるほどぉ。お目当てはわたくしではなく、こちらね」
と、エルシェが自分の背後……というか、斜め後ろに控えていたヒルトラウトの方を示した。後ろに何かあるのかと、ヒルトラウトは振り返る。
「どこを見ているの。あなたよ、ヒルト」
「……へ?」
ヒルトラウトは首をかしげる。エルシェは「ふふっ」と笑ってヒルトラウトをギルベルトの方へ差し出した。
「少しお話をして来たらどう? わたくしはアメリーとそのあたりにいるから気にしないでちょうだい」
「はあ……いえ、でも」
ヒルトラウトはギルベルトを見上げる。ヒルトラウトを押し付けられて、困っているのではないかと思ったのだ。しかし、彼女の思いに反して彼は真剣な表情で彼女を見ていた。いや、表情が読めなかったのだ。単純に。
「羽目を外し過ぎないように! それとヒルト、わたくしのことを何でも話しちゃだめよ」
エルシェの言葉に「それは心得ています」と返事をしておく。さて。これで本格的に引けないのだが……。
「せっかくの大公のお言葉だ。少し話をしないか」
「ええっと。少しなら……」
楽しんできなさい、というエルシェの見送りの言葉が聞こえた。見送りと言っても、そんなに離れるわけではないが。
「あの~。よかったのですか? エルシェ様にお話があったのでは?」
「いや、見かけたから声をかけただけだからな」
「あ、そうですか」
会話が続かない……。ヒルトラウトは人見知りと言うほどでもないが、やはり出会って三日ほどしかたっていない相手では、何を話していいのかよくわからないのだ。それでも、ちゃんと社交界に出ていた一年前までは頑張っていたのだけど。今となってはもういいかな、と思わないでもないのだ。
やりたいことをして、呆れられても、もういい。いつまでも実家の世話になるわけにはいかないので、何かしら将来を考えなければならないけど。
「すまなかった」
「は、はいっ!?」
突然謝罪され、ヒルトラウトはどきりとしてギルベルトを見上げた。彼は相変わらず無表情だが、何となく申し訳なさそうにも見える。ヒルトラウトが不思議そうにしていると、ギルベルトは言った。
「あんたが注目を浴びるようなことをしてしまったようだ」
「……ああ」
ヒルトラウトは納得した。てっきり領地に引きこもっていて彼はヒルトラウトのことを知らないのだろうと思っていたのだが、どうやら誰かから聞いたらしい。そして、現在自分が注目を集めていることをかんがみて、再びヒルトラウトが話題に上るのでは、と考えたらしい。
ヒルトラウトの一年前の出来事は十分に醜聞である。どちらかと言うと妹のエルネスティーネの方が悪いが、社交界はどちらにも噂を立て騒ぎ立てるものだ。
「別に気にしていません。どう考えてもアイスナー辺境伯の方がセンセーショナルですから」
ヒルトラウトはギルベルトを見上げて微笑んだ。ギルベルトはヒルトラウトを見て少し驚いたような表情をしてから視線を逸らした。ヒルトラウトは小首をかしげる。
「何か」
「いや……」
歯切れが悪かったが、ヒルトラウトは深く突っ込まないことにした。
二人は庭園を一周して戻ってきた。エルシェとアメリーは楽しそうに話しをしている。
「付き合わせてしまったな。すまない」
すまなさそうにするギルベルトに、ヒルトラウトは目を細める。
「辺境伯、少し下手に出過ぎですよ。私はご一緒できて楽しかったです。ではまた」
スカートをつまんで一礼する。エルシェもそうだが、年若い選帝侯たちは何となく自己評価が低い気がする。まあ、ヒルトラウトも人のことは言えないのだが。
「どうだった?」
エルシェが興味津々で尋ねてくる。聞いてこなかったが、アメリーも気にしているようだ。
「……どうと言うことはありませんが」
ヒルトラウトはそう言って首をかしげたが、まあ、いい人なのだとは思う。
「……冷静ねぇ」
エルシェが面白くなさそうに言った。いったい何を求めていたと言うのだろうか。
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