【5】
選帝侯会議編ではなぜか空気。
アイスナー辺境伯視点。
アイスナー辺境伯ギルベルトは、今回、選帝侯会議の招集を受けて帝都まで来た選帝侯の一人である。先ごろ大公となったクラウスヴェイク大公エルシェをのぞけば、最も若年の選帝侯だった。そして、最後にレーブライン城に到着したとのことである意味注目を浴びた。
ギルベルトが到着したことで、宮殿が動き始めた。一応、急いできたつもりなのだが、何となく申し訳ない気がした。と言うか、クラウスヴェイク公国はアイスナー辺境伯領よりも遠地にあると思ったのだが、先に到着した、と言う彼女はどんな方法でここまで来たのだろうか。
まず、到着したその日に晩餐会が開かれることになった。次の日には夜会。皇帝が亡くなったための選帝侯会議であるが、一大イベントでもある。十四年前にも選帝侯会議が開かれているが、その時も大した賑わいだったらしい。
まさか、たった十四年で選帝侯会議に参加することになるとは。前回の会議のあと、十三歳で爵位を継がざるを得なかったギルベルトは、世の中何があるかわからない、と半ば本気で思った。
ギルベルトは、年齢の割に有爵期間が長いので、レーブライン城にも何度か足を運んだことがある。最近は領地に引きこもっているが、十代のころは何度か訪ねたものだ。
その記憶を頼りに、王宮書庫に向かう。その途中で、妙なものを見た。妙と言うか、たまに見る現場ではある。女性が男性に迫れていたのだ。会話は聞こえなかったが明らかに女性にその気はなさそうだったので、助け舟を出そうかとしばらく様子を見ていた。
だが、その女性は自分で撃退し、様子を見ていたギルベルトと目が合うとそのまま逃走していった。確かに、貴族女性としてはあまりよろしくない行動だったので、恥ずかしかったのだろうと思う。
そして、晩餐会だ。堅苦しいのは苦手だが、参加しないわけにはいかない。広い会場で、ギルベルトは旧友に声をかけられた。
「よう、ギル!」
「……エーベルか」
「なんでちょっと残念そうなんだよ」
ため息をついたギルベルトに、彼はそう言った。この男はエーベルハルト・ウルリヒ・ヴァン・シュヴェンクフェルト公爵である。ギルベルトと同じ二十七歳で、濃い金髪に藍色の瞳をした精悍な顔立ちの青年だ。国軍をまとめ上げる将軍であり、先帝の異母弟でもある。と言うことはつまり、今回の選帝侯会議の対象になってくる人物でもある。
エーベルハルトはギルベルトの寄宿学校時代の友人である。前回の選帝侯会議後にやむなく爵位を継いだギルベルトを遠巻きにする学友が多い中、エーベルハルトは変わらずに接してくれた。だから、彼には感謝している。
感謝はしているが、彼に票は入れないだろうな、とギルベルトは思っている。彼は国軍をまとめ上げる将軍で、結構優秀であるのだが、彼に皇帝は似合わないと思うのだ。そもそも、玉座でじっとしていることが出来なさそう。
「お前、久々に会った親友にその態度か。もう少し領地から出て来いよ。相変わらず暗いなぁ」
「余計なお世話だ。私は領地でのんびり暮らせればそれでいい」
なので、今回帝都シュトックハウゼンに出てきたことだってかなり不本意なことなのだ。選帝侯会議に出なくてよければ、領地から出てこないものを。
辺境伯と言う立場は通常、侯爵より下で伯爵より上に位置する。しかし、アイスナー辺境伯は代々選帝侯であるので、下手をすれば侯爵より上、公爵と同じとみなされる。そのため、ギルベルトのわがままがまかり通っているところがある。
「お前、まだ若いんだからそんなじじむさいこと言うなよ……」
エーベルハルトが呆れたように言って、ギルベルトの肩をたたいた。彼は長居せず、指定された席に座る。選帝侯会議の前段階ということで、集まっているのは上位貴族だけであるが、それでもなかなかの人数だ。エーベルハルトの他の次代皇帝候補者や宰相たち、そしてギルベルトを含めた七人の選帝侯。
席は決まっている。ギルベルトは末席であり、隣には女性が座っていた。この辺りは選帝侯が固まっているので、彼女はクラウスヴェイク大公エルシェだろう。
「こんばんは」
「ええ。こんばんは」
ギルベルトが話しかけると、女性はニコリと笑って挨拶を返した。厳しい目で晩餐会の参加者を見ていたが、意外と余裕がありそうである。
「アイスナー辺境伯ギルベルト・マルクス・アイスナーです。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、アイスナー辺境伯でしたのね。わたくしはエルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイク。不肖ながら、クラウスヴェイク大公をしております。よろしくお願いいたします」
エルシェの方が年下だが、彼女の方が威厳があった。何故だろう。
選帝侯は五人の世俗貴族と、二人の聖性貴族から成り立つ。エルシェは最年少の二十歳であり、次に二十七歳のギルベルトが続くと、それ以外の五人は四十を超したおじさんたちになる。
前回の選帝侯会議が十四年前であるので、前回を覚えている者も多いだろう。
久々の社交界は堅苦しく、居心地が悪かった。どうしても年の近いエルシェとの会話が多くなるが、あまり同じ人と話しているとその人と示し合わせているとみられることがある。二人とも選帝侯だからと言うのもあるが。
何とか顔合わせを兼ねた晩餐会を終えると、部屋に戻る。明日も夜会があるので、それまでに貴族名鑑やマナーを確認しておいた。
自分で言うのもどうかと思うが、記憶力には自信がある。失礼のないようにしなければ、いかに選帝侯と言えど小僧と侮られるだろう。
そんなに繊細なつもりはなかったのだが、ベッドが違うとなかなか寝付けなかった。眠りが浅くて頭がぼんやりする。散歩でもして頭をすっきりさせようと、ギルベルトは庭園に出た。
庭園と言っても、いくつもある。ギルベルトは素直にゲストルームがあるあたりの庭園に出た。ちょうど薔薇の季節で、色とりどりの薔薇が迷路を形成している。
朝早い時間だが、花を摘んでいる女性がいた。庭師ではなく女性だとわかったのは、つばの広い帽子をかぶっているからだ。近づけば、ドレスを着ていることもわかる。
薔薇だけではなく、花壇に咲いている花を選んでははさみで切り取っていく。
ギルベルトの視線に気づいたのだろうか。女性が振り返った。明るい茶髪がふわりと広がる。
「あ」
その女性は目を見開いた。ギルベルトも目をしばたたかせる。見たことのある女性だ。
「……おはよう」
「おはようございます」
女性はさっと立ち上がると、スカートをつまむ貴婦人の礼をとった。完璧な仕草だった。
「花を摘んでいるのか?」
「ええ。主人の部屋に飾ろうかと」
と、女性は微笑む。どこからどう見ても完璧だ。とても脅してきた男を脅しかえした女性には見えない。
「ねえ! ヘレナが呼んでるわよ!」
女性の声だった。女性と言うより、少女か。ここにいる帽子の女性の知り合いらしく、彼女は声に対して「わかったわ!」と返事をした。
「それでは、失礼いたしますわ」
ニコッと笑って礼をし、彼女は籠を片手に小走りで城内に入って行った。その後ろ姿を眺めていたギルベルトはふと気が付いた。
「……しまったな」
名前を聞いておけばよかった。こちらも名乗らなかった。もしかしたら、自分については彼女は知っているかもしれないが。
花を主人の部屋に飾るのだと言っていた。と言うことは、彼女は侍女か何かとして宮殿に上がっていると言うことだ。仕草からは貴族の出だろうと思われた。貴族が侍女をすることは皆無ではない。着飾った美しい貴族の侍女を連れて歩くのが、社交界でのある種のステータスであるからだ。もちろん、貴族の侍女たちは下働きのようなことはしないが。
宮殿で働いているのなら、また会えるだろうか。その時は名前を聞こう。そう思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
選帝侯会議編はもう描き上がっているのですが、アイスナー辺境伯は本当に空気です。
なぜこうなった…主人公の1人なんですけど…。




