【4】
ヒルトラウトはエルシェの晩餐会にはついて行かなかった。エルシェはハーレン将軍とヘレナ、アメリーの三人を連れて晩餐会に赴いていた。ヒルトラウトは、要するに留守番を任されたのだ。
せっかくなので残った二人、つまりロジーナとコルネリアと交流を図ることにした。どちらにしろ、三人も夕食をとらなければならない。
「ねえ。二人はどうしてエルシェ様の侍女になろうと思ったのか、聞いてもいいかしら」
二人の性格上、自分から話をふらないのでヒルトラウトから話しかける。ロジーナはびくっとして、コルネリアは「何よ」と言わんばかりだ。
「人のことを聞くには、まず、自分のことを話すべきじゃなくて」
コルネリアの言葉に、ヒルトラウトは無理やり微笑む。
「それもそうね。私は……そうね。兄に勧められたの。ほら、一年前のことがあるから、帝都で良縁を見つけるのは難しいだろうからって」
王宮ならさまざまな人に会うことができる。なんなら、クラウスヴェイク公国に行くことになってもいいとさえ思っている。結婚がすべてではないが、力のない貴族女性が、夫となる男性にすがるしかないのもまた事実である。
「わ、私も同じような理由で……箔がつくから、行って来いと……」
ロジーナが答えた。まあ、彼女も、ヘレナもそんなような理由だろうと思った。一方、まだ若いコルネリアは。
「選定公会議となれば、国中の有爵者が集まるわ。わたくしの美貌ならどんな男でも落とせるわ。決まってるでしょ」
「……ほどほどにね」
まあ、わかっていたけど。コルネリアはより条件の良い相手を探しに来たらしい。みんな、そんな感じの理由なので別にいいけど。ヒルトラウトも似たような理由なので、人のことは言えないし。
まあ、コルネリア以上の美女は、社交界にいくらでもいるが、そんなことを言って少女の夢をつぶすこともあるまい。少々高圧的な少女だが、それなりにわきまえている少女だと思っている。たぶん、自分に釣りあう、もしくは自分にとって少し条件のいい相手なら捕まるかもしれない。失礼千万であるが、年齢と性格の面で、ロジーナよりかなり可能性がある。
「ねえヒルト」
「何かしら」
ヒルトラウトから話しかけたので気を良くしたのか、コルネリアが尋ねた。
「実際のところ、一年前、何があったのかしら。本当に、妹に婚約者が寝取られていることに気付いてなかったの?」
「寝取られ……まあ、そうね。気づかなかったわ」
言い方がちょっと気になったが、おおむねその通りである。コルネリアは「うっわ、ダサい!」と面と向かって言ってのけた。さすがに怒るぞ、この小娘。
「最終的に、妹さんのことも婚約者のことも許したって聞いたわ」
「ええ。両親もお兄様も怒っていたけど、何と言うか、兄が婚約者を殴っちゃったから、気概がそがれちゃって」
「……みんな、好き勝手言っていたわ。あなたが心の広い女性だ、とか、婚約者に興味もない薄情な女性だ、とか」
「……薄情っていうのは、もしかしたらあっているかもしれないわね」
ヒルトラウトはそう言って苦笑した。カミルのことは嫌いではなかったが、別に愛していたわけでもない。エルネスティーネがカミルを愛していると言うのなら、彼女と一緒になった方がいいのだろうと思った。
たぶん、コルネリアが言っていたことよりもひどいことを言われているのだと思う。おそらく、彼女も気を使ってくれているのだ、と思っておく。
「あなた、もう結婚するのは難しいのではなくて?」
コルネリアがズバッと言った。遠慮のない失礼な娘だが、言っていることは正しい。
「そうね。だから、このままエルシェ様、侍女としておいてくれないかしら、なんて思ってたりするわね」
「ふうん……ま、あなたならどこででも生きて行けそうよね」
コルネリアが判断に困ることを言った。悪い子ではないのだ。たぶん。
「褒め言葉と受け取っておくわ。さて、そろそろエルシェ様たちが戻ってきたときの為の準備をしましょう」
「はい」
おとなしくうなずいたロジーナに対し、コルネリアは「なんであなたが仕切るのよ」と不満げだ。なんでって、消去法でヒルトラウトしか仕切る人物がいないからに決まっている。
ヒルトラウトたちが夕食を終えてから小一時間後。エルシェが戻ってきた。彼女はふらふらとソファまでいくと、ぽすん、と腰かけた。
「疲れたわ……駄目ね。やっぱり明日の夜会にはついて来てちょうだい」
と、エルシェが頼んでいるのはヘレナとヒルトラウトだ。二人とも侯爵令嬢であるし、頭もいい。人選としてはわかる。
「貴族の勢力図を頭に入れるだけで大変ね! 料理の味を覚えていないわ……」
おいしかったような気はする、とエルシェ。なるほど。これは重症である。
選帝侯会議だ。うかつなことを言うことはできない。例え会議の場ではなかったとしても、一つの発言が命取りになることだってあり得るのだ。
「急で申し訳ないけれど、フォローをお願いね」
と頼まれて、ヒルトラウトははっとした。
「お待ちください、エルシェ様」
「あら。何かしら」
にこりとエルシェが微笑むが、彼女はハイヒールを脱ぎ捨てて足をぶらぶらさせているので、あまり威厳はない。しっかりした女性であるが、やはり、ヒルトラウトとあまり年の変わらない人なのだなぁと思う。
「何、と言うほどでもないのですが。私ではなく、コルネリアを同行させてはいかがでしょうか」
「コルネリアを?」
エルシェが首をかしげてコルネリアを見る。彼女は俄然勢い込んでうなずいてくれた。
「……まあ、貴族の顔と名前が一致しているのならコルネリアでもいいけど、あなたが辞退する理由を聞いてもいいかしら」
「……失礼ですがエルシェ様。私たちを侍女にする際に、私たちのことをお調べになられましたか?」
「ええ」
かなり失礼なことを聞いてしまった。数日付き合っただけでもわかるとおり、エルシェは下調べを入念にするタイプだ。その彼女に「調べましたか」なんて。
「……そうですよね。なら、お分かりかと思いますが、私には醜聞がありまして」
「婚約者を妹にとられたっていう話? 別にあなたのせいじゃないじゃない?」
「……そうなんですけど」
さくっと言ってのけたエルシェは何なのだろう。勇者か。実際に、クラウスヴェイクの御家騒動で活躍したらしいし。
「私を連れていると、悪い意味で注目を浴びるかなぁと思うのですが」
「ヒルト……それは私がご一緒していても同じことだわ……」
と遠い目で言うのはヘレナだ。彼女もそろそろ行き遅れの部類に入る。確かに、注目を浴びるかもしれない。
「平気よ。みんな見ているのはわたくしなのだから。みんな、不出来で頼りないクラウスヴェイク大公を見るだけよ。だから、一緒に来てちょうだい」
なぜ彼女は微妙に自虐的なのだろうか。いや、ヘレナもヒルトラウトも似たようなことを言ったけど。
ヒルトラウトはコルネリア、ロジーナ、アメリーの順に見た。確かに、夜会に連れて行くのならヒルトラウトでも自分とヘレナを選ぶな、と思った。扱いに慣れてくれば、他の三人でも行けそうだけど、一応、一番癖がないのがこの二人だから。
「……エルシェ様がおっしゃるのでしたら」
「よし」
エルシェが勝ったと言わんばかりに手を握った。え、何それ。エルシェ様、そんな性格でした?
「今日はもう寝るわ。明日……そう。明日、復習するから……」
エルシェ様。それはやると言ってやらないやつです。
と心の中だけでつっこんで、新米侍女たちはエルシェの寝支度を始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
若干エルシェの性格が違うような気もしなくもない。