【17】
一方、今度こそはっきりと口説かれたヒルトラウトである。それくらいはさすがにわかった。つかず離れず、の距離は心地よかったが、確かにもどかしいところもあった。
だが、いざはっきり言われるとどうすればいいのかわからなかった。ギルベルトが退室した後、残された……というか、もともと彼女の部屋であるが……ヒルトラウトはソファに突っ伏した。泣きそうなのではなく、気恥ずかしさからだ。ギルベルトが馬車の中で同じように頭を抱えているが、お互いに知る由もない。
普段に輪をかけて奇行の目立つヒルトラウトであるが、使用人たちはそんなお嬢様を微笑ましげに見守っていた。普段の奇行ならスルーであるが、このちょっと変わったお嬢様にもついに春がやってきた、と。
こんこん、とノックがあった。ルートヴィヒが返事も待たず「入るぞー」と声をかけてきた。身を起こしたヒルトラウトは、扉が開いた瞬間を狙ってソファのクッションを投げつけた。クッションはルートヴィヒの顔面を直撃した。
「お前な! 何だよその無駄な身体能力は」
自分の顔を直撃したクッションを受け止めたルートヴィヒは部屋に入って扉を閉めた。そして、妹の顔をまじまじと見る。
「その顔を見るに、やっぱり辺境伯は脈ないわけじゃなさそうだなぁ」
「うるさいわ」
隣に座ってきたルートヴィヒを受け取ったクッションでたたくヒルトラウトである。ルートヴィヒはヒルトラウトの頭を撫でる。
「お前が辺境伯のことが好きなら、遠慮することはないと思うぞ」
「……お兄様がけしかけたのね」
ヒルトラウトはクッションを抱えて言った。ルートヴィヒは「まあ、俺もやったし、辺境伯も道連れにしようかと」と、本気か嘘かわからないことを言った。こういうところが、ヒルトラウトとルートヴィヒは似ていると言われるのだ。
「お前が選んだのなら、父上たちも否とは言わないだろ。まあ、お前がほかの男にとられていくのだと思うと、複雑な気持ちにもなるけどな……」
わしわしと、ルートヴィヒはヒルトラウトの頭を撫でた。ヒルトラウトはぐしゃぐしゃになった髪を直しながらヒルトラウトは、この際だ、と口を開いた。
「私も、ギーゼラがお義姉様になることに異存はないけど、お兄様が取られるんだなって思うと、少しさみしいわ」
ルートヴィヒは目を見開いてヒルトラウトを見ると、彼女をぎゅーっと抱きしめた。
「わっ」
「お前、時々可愛いこと言うよなぁ」
時々なのね、とは言わなかった。自分に可愛げがないことは当にわかっている。ルートヴィヒなどは、身内の欲目からかこんなことを言ってくれるけど。
「辺境伯も、お前のこういうところが好きなのかもな」
「お兄様……何言いだすの」
半眼でルートヴィヒを睨みあげると、彼は笑って妹を見た。
「いや、ちょっと思っただけだ。今度、辺境伯に直接聞いてみろよ」
「……機会があったらね」
ヒルトラウトがむくれたように言うと、ルートヴィヒはもう一度ヒルトラウトの頭を撫でて立ち上がった。
「邪魔したな。もうすぐ夕飯だから髪の毛直してもらえよ」
「お兄様がやったんでしょ。……でも、ありがと」
ヒルトラウトは兄に向かって微笑む。ルートヴィヒが軽く手をあげて妹の部屋を出て行った。まあ、彼が言うように夕食の席で顔を合わせるけど。
夕食時に今日の観劇の話になり、なし崩し的にギルベルトとのやり取りを話すことになったヒルトラウトである。口説かれたのではなく、正確には口説くと宣言されたのだが。
母などは、ロマンチックね、と微笑んでいたが、父は喜ばしいのか悲しいのかわからない、と言ったような表情を浮かべていた。ルートヴィヒと同じように、内心複雑なのかもしれない。
その後も、ヒルトラウトとギルベルトの手紙のやり取りが続いた。他愛のない日常のことや自分たちのことを話すだけだが。夜会などの社交界に行くとき、パートナーに求められることも増えた。ヒルトラウトが了承したからだ。これに、ギルベルトはことのほか喜んだ。彼がヒルトラウトに好意を抱いているから、と言うのもあるが、もっと単純に、パートナーを連れていれば女性に声をかけられたり、娘を紹介してくるような貴族が少なくなるからだ。
しかし、ヒルトラウトの方はと言うと、一人になった時に嫌味を言われることが多くなった。さすがに、彼女も侯爵家の人間なので、あからさまにいじめてくるような相手はめったにいないが、会話の中でちくりと嫌味を言われる。いや、これは元からかもしれないけど。
まあ、それくらいで堪えるようなヒルトラウトではないが、うんざりはしてくる。社交界、面倒くさい。
そんな日々の中、友人マルガレーテの結婚式が近づいてきていた。すでに出席する、ということは言ってあるのだが、ある時、いつもの四人でお茶をしていると、彼女から思いがけないことを言われた。
「ヒルト。あなた、私の結婚式に辺境伯と一緒に来たらどう?」
コーヒーをすすっていたヒルトラウトは、コーヒーカップをソーサーに戻すと首をかしげた。
「どうして? ギルベルト様と何か関わりあった?」
「そういうことじゃなくて。ああ、もう。あなたって頭堅いわよね。好きだと言ってくれるアイスナー辺境伯に感謝なさい」
遠回しに、ギルベルトが目をかけてくれなければ嫁き遅れるだけだ、と言われたヒルトラウトであるが、特に否定せず、「それは、そうだけど」と少し上気した頬を隠すようにうつむく。コルネリアが半眼になった。
「やってられないわ」
「コルネリアに同意。まあ冗談はさておき。ギーゼラだってルートヴィヒ様と一緒に来るんでしょ」
にこにこと話を聞いていたギーゼラは、突然マルガレーテに話をふられてぽかんとした後わかりやすく動揺した。マルガレーテは笑顔で、「来るんでしょう?」と言った。つまり、自分で誘ってこいと言うことだ。
気圧されてギーゼラはこくんとうなずいた。マルガレーテは勝ち誇ったように、「ほら」とヒルトラウトに笑顔を向ける。
「ギーゼラだってそう言うのだから、あんたも誘ってくるのね。そうしないと、式場に入れてあげないわよ」
「そうなったら、お祝いだけ渡して帰るわよ」
「薄情者! いいから誘ってらっしゃい! 喜ぶわよ」
確かに、誘ってもらってばかりではなく、ヒルトラウトから何かした方がいいのかな、と思うこともある。だが……。
「ねえ、求婚しようとしている男性のところに、求婚されると思われる女が行ってもいいもの?」
「どうして会うこと前提なの」
コルネリアが冷静に指摘してきた。まあ、確かに手紙でもいいけど。
「でも、直接言った方が効果的ではあるわね。ヒルトは普段は素っ気ないし堅物だし面白味もないけど、話してるとたまにかわいいから」
「……」
マルガレーテ、結構言っていることがひどい。ヒルトラウトは尋ねた。
「メグ、あなた、私をどうしたいの?」
「どうって、あなたまじめだからからかうと面白……いえ、幸せになってほしいだけよ」
さすがにわざとらしすぎた。あそこまで行ったのなら、もう、面白いから、と言ってしまえばよかったのではないだろうか。
「まあ、助言はありがたく受け取っておくわ」
肩をすくめてヒルトラウトはコーヒーを飲みほしたが、隣でギーゼラが顔をこわばらせているのを見た。
「まあ、お兄様なら一緒に来てくれるわよ。押しに弱いから」
たぶん、ヒルトラウトが頼んでも一緒に来てくれると思う。押しに弱いと言うより、優しいのだ。
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