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あなたが語る真実とは?  作者: 雲居瑞香
選帝侯会議編
2/41

【2】









 ルートヴィヒが持ち帰ってきたのは、こんな情報だった。


 皇帝陛下が亡くなったので、選帝侯会議が開かれる。そこで、未だ帝都に集まっていない五人の選帝侯に招集をかけた。そのうち一人、クラウスヴェイク公国大公エルシェが、帝都での世話係、侍女を探している、と言うものだった。

 エルシェ大公は、最近大公になったばかりの年若い女性大公である。年齢は二十歳ばかり、ダークブロンドのかなりの美人と聞き及んでいる。

 その彼女は、ほとんど供をつけないままクラウスヴェイク公国から帝都に向かっており、現地、つまり帝都で侍女を募集すると言うことにしたらしかった。

 確かに、女性が多いと進むスピードは遅くなるし、急いでいるのなら世話役や侍女を置いてくる、と言うのはわかる。だが、現地で侍女を集める、と言うのは、また思い切ったことをする。何者が入り込むかわからないのに。間者が入りこんだり、暗殺者が入りこんだり、と言うことを警戒しないのだろうか。


 まあ、そこはヒルトラウトの心配するところではないのだろう。今は、この話を受けるか、受けないか、と言う話である。

 年若い貴族の女性が、行儀見習いのために他家に仕える、と言うのはたまにある話だ。しかし、それは家格の低い家に多い。ヴァイデンライヒ侯爵家はどう見積もっても家格は低くないし、それに、行儀見習いに出る子息令嬢は十歳前後が多い。ヒルトラウトは既に十八歳を数えている。

 ルートヴィヒの提案は、これまでの常識的にはあまり考えられないことだ。


 だが、相手が皇族などなら、公爵家の娘が侍女として仕えている、と言うことがないわけではないし、今回は期間限定。しかも、身元のはっきりしている女性を募集しているらしいので、侯爵令嬢であるヒルトラウトが紛れ込んでいてもさほど不自然ではない。と、思った。

「ヒルト、どうだ? 私は悪くないと思ったんだが」

「そうね、わたくしもそう思うわ」

 父と母が何故か乗り気だ。こういう使用人のようなことは嫌がる貴族が多いと思うのだが、ヒルトラウトの両親はそうでもないらしい。まあ、理由もわかっているけど。

「お父様、お母様。私が夜会に出ないのは面倒くさいからよ」

 ヒルトラウトが正直にぶっちゃけると、父はくしゃっと顔をゆがませた。

「しかし……しかしだな。このままでは婚期が」

「ヒルトがエルとカミルを結婚させてあげて、と言ったときはそうするしかないかと思ったのだけど、あなたの嫁ぎ先が見つからないのよ……」

 と、母。いや、ぶっちゃけ過ぎである。知っていたけど。


 噂は沈静化しているとはいえ、妹に婚約者を寝取られ、しかも今シーズンの社交界にも顔を見せない娘に、よい縁談が来るはずもない。兄ルートヴィヒに言わせれば『どこででも生きていける』タイプのヒルトラウトであるが、両親は幸せな結婚をしてほしいと望んでいるらしい。いや、政略結婚の時点で幸せな結婚は難しいと思うのだが。

 心配しなくてもヒルトはどこででも生きていけるよ、なんて言ってのけた兄も、本当は、ヒルトラウトがいい人に巡り合って幸せになってほしいと思っていることを知っている。だからクラウスヴェイク大公の話を持ってきたのだ。

 社交界に顔を見せたことがない、当代の大公。クラウスヴェイク公国は帝都から遠い。ヒルトラウトの噂は届いていないだろう。もし、大公に気に入られて一緒に公国に連れて行ってもらえれば、この娘も幸せになれるのかもしれない、と両親と兄が考えているかどうかはわからないが、似たようなことは考えていると思う。


 しかし、自分で思ったとはいえ、クラウスヴェイク公国に行くのも結構楽しそうだな、とヒルトラウトは思った。ヴァイデンライヒ侯爵家にいるときのような快適な暮らしはできないかもしれないが、大公の人となりによっては行ってみたいかもしれない、クラウスヴェイク公国。

 そんなノリで、ヒルトラウトは決めた。

「わかったわ。とりあえず、応募してみる」

 何人の応募があるかわからないが、選帝侯会議が開かれるので、選帝侯の側にいることは注目を浴びることに等しい。しかも、今回、クラウスヴェイク大公は唯一の女性。選帝侯の紅一点である。注目を浴びない方がおかしい。

 と言うわけで、そこそこの数の応募があったらしいが、身元の確認などを行い、大公が到着するまでに十名に絞られていた。身元がしっかりしているヒルトラウトは当然、その中に入っていたのでクラウスヴェイク大公が帝都シュトックハウゼンに入った、と言う報を受けてから宮殿レーブライン城に上がった。


 それから数日後には、クラウスヴェイク大公エルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイクと対面していた。この進みの速さは、選帝侯会議が急遽開かれていることを考えれば当然であるが、他の令嬢たちは戸惑ったらしい。

 集まった十人は、ヒルトラウトの予想通り男爵や子爵、伯爵家のものもいたが、意外にも侯爵、公爵家のものもいた。しかし、みんな、結婚適齢期よりも少し年を重ねている……つまりは行き遅れである。まあみんな、考えることは一緒らしい。

 ちなみに、アイゼンシュタット帝国の女性の適齢期は十八歳から二十歳と言われている。ヒルトラウトはちょうど適齢期と言うわけだ。


 話しを戻す。クラウスヴェイク大公エルシェだ。彼女は噂にたがわぬ美しい人だった。

 ダークブロンドのつややかな髪に優しげなヘイゼルの瞳。口元は笑みの形を描いており、知的な印象を与えた。そして、事実、聡明な人なのだろう。クラウスヴェイク公国の内乱については、結構有名だ。

 まあ、それはともかくだ。その聡明な女大公はその十人に目をやると、一人ひとり指さして言った。

「あなたと、あなた、それと、後ろの二人と端のあなた。帰っていいわ」

 帰っていいわ――つまり、顔を見た瞬間に解雇通告が出された。これには解雇通告を出された五人が怒る。

「何故ですか、大公閣下!」

「まだ仕事ぶりも見てもらっていませんわ!」

「そうです! 顔を見ただけで……!」

「だからです」

 静かな声で大公エルシェは言った。決して大きな声ではなかったのだが、声を荒げていた女性たちは一気に押し黙る。エルシェは穏やかに微笑み、言った。

「わたくしは今から、選帝侯会議に出席するの。わたくしの情報を流すような人を、わたくしの側に置いておけないわ」

 それって顔を見ただけで分かるものなのだろうか。しかし、こういう時にかしましくわめく人ほど、おしゃべりである傾向はある。


 一瞬で首を斬られた五人の女性は、エルシェ大公に反感を持っただろう。まあ、初めから内通者だった可能性も捨てきれないし、大公本人が気にしていないようなので別にいいけど。大公はからっと笑って「どうせ、会議が終わったらクラウスヴェイクに戻るんですもの」とのたまった。強い。

「とんでもないところをお見せしてしまったけれど、みなさん、しばらくの間よろしくお願いしますね」

 おお、これぞ完璧な貴婦人。ヒルトラウトも完璧な淑女と言われたりなんかもしたが、こういう人こそ完璧と呼ぶにふさわしいのだろう。

「わたくし、選帝侯会議なんて初めてだから、失礼なことをしてしまったかもしれないわねぇ」

 などと言いながらエルシェ大公は立ち上がる。彼女は残った五人を見て微笑んだ。

「わたくし、クラウスヴェイク公国から参りました、エルシェです。まだ新米大公ですが、よろしくお願いします。あなた方のお名前をうかがってもいい?」

 妙に腰の低い言葉だった。さっきはあんなにも堂々としていたのに。とりあえず、身分順に名乗ることになったが、実は、侯爵令嬢はヒルトラウトのほかにもう一人いる。彼女の方が年上なので、彼女が先に名乗り、ヒルトラウトは二番目。その次は伯爵令嬢、子爵令嬢、男爵令嬢と続く。実にバリエーション豊かであるが、さすがに公爵令嬢はいなかった。

「みなさん、どうぞよろしく。……と言っても、初日だからあまりすることはないわね。ねえ、宮殿内を歩くことは可能かしら」

「か、可能かと存じますが」

 侯爵令嬢が答えた。ヒルトラウトよりも年上と言っても、二十一歳なのでこんなものだろう。


「では、少し歩いてみようかしら。まだ選帝侯は全員到着していないはずよね」


 あと一人、最も遠方、帝国の東方に領地のある選帝侯アイスナー辺境伯が到着していないはずだった。彼とエルシェ、どちらが最後に到着するだろうか、という感じだったのだが、荷物をほぼおいてきたエルシェはだいぶ早く到着した。

 では早速、とエルシェはそのまま外に出ようとしたが、それを護衛らしい男性が呼びとめる。

「お待ちください、エルシェ様」

「何、ヴィル」

 呼び止めた護衛の男性は採用された五人の侍女を見る。

「君と、君は」

 男爵令嬢とヒルトラウトが示された。

「武術が使えるな。エルシェ様の護衛にあたってくれ」

 ヒルトラウトは思わず、その男爵令嬢と目を見合わせた。エルシェに視線を移すと、彼女もうなずいたのでいい……のだろう。


 庭に出れば、ちょうど花盛りのはずであるが、エルシェはそれよりも宮殿内を案内してくれと言った。どこに何があるか把握したいのだそうだ。

「ヒルトさんは宮殿に上がったこと、あります?」

 フェルスター男爵令嬢アメリーはヒルトラウトより一つ年下の十七歳。すらりとしたなかなかの美人である。エルシェもなかなかの長身であるが、アメリーはエルシェより背が高いのではないだろうか。

「夜会で上がったことがあるくらいね」

「……私もです」

 アメリーが何故かうきうきした様子で言った。

「だから、ちょっと楽しみだったんですよね」

 何が、と聞けば、宮殿に上がるのが、だった。少女らしいあこがれにヒルトラウトは苦笑する。自分はこんなに純粋になれないなあと。

「では、いろいろ経験してみないとね」

 と言ったヒルトラウトに、アメリーは「そうですね」と元気に答えた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本日二本目の投稿でした。

ちなみに、お兄様はヘタレで行こうと思います。


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