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あなたが語る真実とは?  作者: 雲居瑞香
選帝侯会議編
1/41

【1】

新連載です。

『誰が嘘をついている?』と同じ世界観ですが、読んでいなくても読めると思います。たぶん。










 顔の横に手をつかれ、ヒルトラウトは背中を壁にぶつけた。身動きが取れない。しかし、彼女はついっと顎をあげて自分を追いこんだ男を見上げる。

「なあ、悪い話じゃないだろ。ちょっとクラウスヴェイク大公の話をしてくれるだけでいいんだからさ」

「他をあたってください。興味ありませんので」

 しれっとヒルトラウトはいう。しかし、男もめげない。その整った顔に笑みを浮かべ、言った。

「そうだ。たまにははめをはずしてみるのもいいんじゃないか? 完璧な淑女であり続けるのも大変だろ?」

「先ほども言いましたよね。興味ありません」

 もう一度きっぱりと言い返すと、その顔だけの男は舌打ちした。

「ちっ。そんなだから妹に婚約者奪われんだよ。面白くねぇ女」

「面白くなくて結構です。もう用はありませんよね。失礼します」

 一応形ばかりにスカートをつまみ、淑女の礼をするが、本当はこんなやつに挨拶をする価値もないと思っている。

 さっさと立ち去ろうとしたが、男は「待てよ」とヒルトラウトの腕をつかむ。彼女はむっとして尋ねた。

「まだ何か?」

「せっかくだから、相手になってやるって言ってんだよ」

 手首をつかまれ、壁に押し付けられた瞬間、ヒルトラウトは男の急所を蹴りあげた。男が身悶え、その場に頽れる。


「あなた、勘違いしているわ。私、完璧な淑女なんかじゃないもの」


 男は今に見てろ、などとありきたりな捨て台詞を吐き、半泣きで去って行った。息を吐いたヒルトラウトはそこで気づいた。

「……………………あ」

 目撃者がいたことに。その男性はヒルトラウトと目が合うと苦笑を浮かべた。

「助けに入ろうかと思ったのだが、必要なかったな」

 と言われた。ヒルトラウトは返答に迷う。彼女は完璧な淑女として通っているのだ。その男性はさらに言う。

「どこに行くんだ? 良ければ送っていこう」

 などと言われてヒルトラウトは足を後ろに引く。そして、失礼します! と叫びながら身を翻した。悪手だとわかっているがその場を離れたかったのだ。

 ヒルトラウトの記憶違いでなければ、あの男性は今回の選帝侯会議の出席者、帝国にも七人しかいない選帝侯の一人。アイスナー辺境伯ギルベルトだった。


 さて。このような事態になったのは、今から二週間ほど前……いや、一年前にさかのぼって説明しなければならない。











「ごめんなさい! でも、どうしてもわたくし、彼のことが好きなの……!」


 そう涙目で訴えてくる姿は、同性のヒルトラウトでもぐっとくるものがあった。


 ヒルトラウトの正式な名前は、ヒルトラウト・アマーリア・フォン・ヴァイデンライヒと言う。ヴァイデンライヒ侯爵の長女である。普段は長いので、ヒルト・ヴァイデンライヒで通している。

 まあ、それは良い。一年ほど前、十七歳のころ、ヒルトラウトには婚約者がいた。もちろん、親同士が決めた婚約だ。貴族にはありがちである。ヒルトラウトも侯爵家の中でも少し格上の子息と婚約した。

 カミル・フォルカー・ノイエンドルフという、ヒルトラウトより二つばかり年上の青年で、ノイエンドルフ侯爵家の長男だった。赤みがかった金髪に緑の瞳をした繊細で温厚な青年で、ヒルトラウトとはその年に婚約したばかりだった。彼のことは嫌いではなかったし、よい人であるのはわかっていたので結婚しても大丈夫かな、なんて思っていたのだ、その時までは。

 去年の社交シーズンの終盤、ヒルトラウトの妹エルネスティーネ・テレーザ・フォン・ヴァイデンライヒは妊娠した、と家族に告げてきたのだ。そして、その父親は姉ヒルトラウトの婚約者カミルだと言う。

 当然、両親は怒った。兄も怒った。先にこの三人が怒ったので、ヒルトラウトは怒る機会を逸してしまった。


 しかし、カミルがヒルトラウトではなくエルネスティーネを選ぶ気持ちはわかる気がした。


 ヒルトラウトは明るい茶髪に淡い紫の瞳をした女性である。整った顔立ちではあるが、美人と言えるほどではない。どちらかと言うと理知的な面差しで、スレンダーな体形をしている。振る舞いは、社交界で『完璧な淑女』と言われるほど完璧だ。

 対して妹のエルネスティーネは淡い茶髪に淡い青紫の瞳をした美少女だ。しかも小柄で巨乳。少々小悪魔的な性格をしているが、それもまた彼女の魅力だろう。つまり、ヒルトラウトよりもエルネスティーネの方が美人で魅惑的で楽しい性格をしているのだ。ヒルトラウトがカミルの立場でも、面白味のないヒルトラウトよりもエルネスティーネを選ぶ。


 まあ、理解はできると言っても、婚約者を裏切ってその妹とできていたのは事実だ。立派な裏切り行為である。


 怒ったのは父と兄だ。母は泣いた。こんな子に育てた覚えはないのに! と泣いた。カミルをぶん殴ったのは兄である。少々頼りないところもある兄だが、ああ、ちゃんと兄なんだなぁと思った。周囲が怒るので、ヒルトラウトは逆に冷静だった。

「……もういいんじゃない? 二人が好きあっているのなら、このまま結婚させてあげましょうよ」

 と提案したのは結局ヒルトラウトであった。みんな感情が高ぶっていて、冷静なのが当事者の一人であるヒルトラウトだけだったのである。

 ヒルトラウトとしては、カミルと結婚するのだろうと思っていたが、彼のことを愛してやまない、と言うわけではなかったのである。むしろ、カミルを愛してやまないのはエルネスティーネの方。

 家の評判が、名誉が、などと言う言葉が飛び交った気がするが、結局、カミルとエルネスティーネが一緒になることで収まった。まあ、堂々と姉の婚約者を寝取った妻と、婚約者の妹と関係を持った夫と言うことで、二人は早々に結婚してノイエンドルフ侯爵領に引っ込んでいった。

 もともと堅実ではあるがうわさが絶えないような家でもなかったので、しばらく噂になったが、当人たちがいないこともあってすぐにヴァイデンライヒ侯爵家の噂は鎮火した。となってくると、今度はヒルトラウトの身の振り方が問題になってきた。


 すでに結婚してしまった妹と婚約者はともかく、ヒルトラウトは貴族女性として社交界に出て結婚相手を探す必要がある。だが、彼女には『妹に婚約者を寝取られた女』という不名誉が付きまとうことになる。いや、別にヒルトラウトのせいではないのだが。

 パーティーなどで男性に声をかけられたことはある。しかし、ろくな相手が寄ってこない。遊びのつもりの男であったり、あからさまに愛人に誘う人もいた。これでも一応、侯爵家のお嬢様なのだが、それよりも醜聞と言うのは怖いものである。

 不細工ではないが美人と言うほどでもないし、完璧な令嬢、と言われることから面白くない性格だと言われる。そう言う女性が好きだ、と言う人もいるだろうが、ヒルトラウトの経験上、最終的に『面白みがない』と言われる。

 まあ、まだ妹と元婚約者の件があってから一年ほどしかたっていない、と言うのもあっただろう。気長に待とうと思っていたヒルトラウトであるが、驚きの事態が起きる。


 皇帝が、崩御したのだ。病気だったらしい。心痛を訴えて、そのまま儚くなったのだそうだ。


 アイゼンシュタット帝国には当たり前だが、皇家がある。しかし、皇帝になるのが必ずしも皇帝の息子、ないし娘とは限らない。アイゼンシュタット帝国には、選帝侯制度があるのだ。

 選帝侯とは、その名の通り、皇帝を選ぶ諸侯のことだ。二人の聖性貴族と、五人の俗世貴族から成り立つ。

 そもそも、アイゼンシュタット帝国とは、連邦国家の気色が強い。つまり、様々な国家が集まり、一つの帝国としているのだ。

 その有力諸国から、選帝侯がやってくる。皇帝を選ぶ選帝侯会議が帝都で開かれるためだ。すでに社交シーズンに入っていたので、選帝侯のうち俗世貴族二人は既に帝都に来ていたが、残り五人は知らせを受けてから出立することになる。


 そのうち一人、クラウスヴェイク公国大公にして選帝侯の一人、エルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイクが帝都での世話係、侍女を募集しているというのだ。その情報を持ち帰ってきたのは兄であった。

「ヒルト、入るぞー」

「あ、待って!」

 ヒルトラウトの返事を待たずに扉を開いたのは、兄のルートヴィヒ・エルンスト・フォン・ヴァイデンライヒである。ヒルトラウトより六歳年上の兄は、妹の私室の扉を開けた瞬間、分厚い本による襲撃を受けた。


「ぐはぁっ!」

「だから待ってって言ったのに!」


 ヒルトラウトは自分に絡んでいる紐をほどくと、兄の救出に向かう。顔面から本による攻撃を受けた兄は、額がほんのり赤くなっていた。

「大丈夫、お兄様」

「大丈夫だが……お前、今度は何してた」

「いえね? 読んでいた小説の密室殺人のトリックがちゃんと成り立っているのか、検証してみようと思って」

「何相変わらずぶっ飛んだことしてんだ、お前は」

 赤くなった額をさすりながら、ルートヴィヒは立ち上がる。彼に合わせてしゃがんでいたヒルトラウトも立ち上がった。

「それよりお兄様、何の用?」

「兄が自分のせいで頭ぶつけたのに、『それより』なのかよ」

「だって大丈夫そうだし。それに、私は待ってって言ったわ」

 しれっとヒルトラウトが言うと、ルートヴィヒはちょっと呆れた顔になり、それからすぐにあきらめたようにため息をついた。彼女と言いあうのは無駄だと思ったのかもしれない。

「まあいいや。それで、話があるんだが」

「うん」

 トリックに使った紐を回収しながら、ヒルトラウトはうなずく。兄は話があるようだし、片づけることにしたのだ。


「お前、大公閣下の侍女をしてみないか?」

「……はい?」


 さすがに手を止めて聞き返すくらいには、意味が分からなかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今日中にもう一話!


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