ハクアと白ユリ
夜になって、しだいに風もひえてきました。
草かげではコオロギたちがにぎやかにえんそう会。
空にはきれいな満月がうかんでいます。
クーのもとをはなれたハクアは、ひろい野原にたどりついていました。
町とはちがって、ここにはみなれた草木がいっぱい。
エサにはとんとこまりません。
でも、どれだけおなかがふくれても、けっしてみたされないものがありました。
ハクアの心です。
またひとりぼっちになっちゃった。
そんなことを考えるうち、ハクアはどんどん悲しくなってきて、まるでむねに大きなあながあいてしまったかのようでした。
「お母さん、お父さん、お姉ちゃん、フーカ……」
本当はすみなれた山にかえりたい。
みんなのことがこいしくてこいしくてたまりません。
でも、そう思えば思うほど、子ガラスたちにかけられた言葉がよみがえってくるのです。
「白いカラスなんてカラスじゃないよ」
どれだけがんばってみても、その声をはねのけることができません。
ハクアはもうげんかいでした。
涙がしぜんにこぼれてきます。
ひっしにがまんしようと思ってもムリでした。
でも、そんなときです。
「ねぇ、子ガラスさん。ひとりぼっちでどうしたの? 泣いてるの?」
ハクアに話しかけるものがあります。
はっとして、声のほうへとふりかえったハクア。
そこにいたのは、いちりんのユリの花でした。
それもハクアと同じ、雪のようにまっ白なうつくしいユリです。
「だいじょうぶ? わたしでよかったら、話をきいてあげるよ?」
「あのね、ユリさん。ぼく……」
さびしくてたまらないハクアは、さそわれるままユリのそばまで歩いていきます。
そして、これまでのことをぜんぶ話してきかせたのでした。
「……そっか。そんなことがあったのね。かわいそうなハクア。かなしかったでしょう? つらかったでしょう? さみしかったよね」
「ぼくって、いったいなんなんだろう? カラスでもないし、ハトでもないし……。本当は、ぼくになかまなんていないのかな? このまま、ずっとひとりぼっちなのかな?」
なみだに声がつまり、むねがきりきりといたみます。
そんなハクアのあたまを、ユリは葉っぱでそっとなでてくれました。
「ねぇ、ハクア。わたしを見て。わたしは何色にみえるかしら?」
「ぼくとおなじ、まっ白だよ」
ハクアのこたえに、ユリはやさしくほほえみます。
「そうね。ハクアとおなじまっ白ね。でも、ここにはまっ白なユリばかりじゃないんだよ? ほら、見て。黄色いユリも、赤いユリもいるでしょう?」
「うん。黄色いユリさんも、赤いユリさんもたくさんいるね」
「ふふっ、それがこたえだよ。どんな色をしていったって、わたしたちはどれもみんなユリの花。色なんてかんけいないの。それにね、おなじユリでも、よくみるとわたしたちはひとつひとつ違ってる。みんなおんなじじゃないんだ。わたしはわたし。それは、ハクアだって同じことなのよ?」
ハクアは首をかしげました。
「白いからカラスじゃない、カラスだからハトといっしょにはいられない。でも、ほんとうにそうかしら? どうしてお父さんとお母さんはあなたをだいじにそだててくれたの? どうしてお姉ちゃんはたちはあなたといっしょにあそんでくれるの? どうしてフーカちゃんは、あなたのことをおともだちだって言ってくれたの? どうしてクーちゃんは、あなたといっしょにいたいって言ってくれたの?」
そんなこと、考えたこともありません。
ハクアはじっとうつむきます。
とてもむずかしい問いかけでした。
それでも、どうにかこうにか考えているうち、
「ぼく、よくわからない……よ……」
ハクアはなんだか眠たくなってきました。
そういえば、山をでてからいっすいもしていません。
ずっと飛びっぱなしで、歩きっぱなしのいちにちだったのです。
「ほんとうに……ぼく……わからない……んだ」
しだいにまぶたがおもくなり、くちばしも思うように動かなくなってきました。
なにより、なんだかあたまがふわふわで、気分もぼーっとしています。
そんなハクアのことを、ユリは葉っぱででやさしく包み込んであげました。
あたたかくて、やわらかで……。
まるでお母さんのぬくもりに包まれているようです。
「疲れたのね。今日はもうおやすみなさい、ハクア。明日はきっといい日になるわ」
こうして、優しいユリに抱かれながら、ハクアは安らかな眠りについたのでした。
*
その夜、ハクアはふしぎな夢をみました。
夢のなかのハクアは真っ黒で、おともだちもたくさんいます。
日のでとともにあそびにいって、ゆうひとともにおうちにかえる。
ちっともさびしくなんかありません。
みんながハクアにやさしくて、ハクアはまいにちしあわせでした。
でも、なぜでしょう。
その中に、フーカの姿はありませんでした。
次に見た夢も、またまたふしぎな夢でした。
夢の中で、ハクアは白いハトなのです。
おともだちといっしょに公園たんけん。
ふんすいやすなばであそびます。
やっぱりみんなやさしくて、ハクアはさびしくなんてないのです。
でも、なぜでしょう。
その中に、クーの姿はありませんでした。
最後に見たのは、いつも通りの夢でした。
あさが来て、まぶしいおひさまにてらされます。
ちかくでなにかがもぞもぞ動き、それはハクアのすぐ前までやってくると、じぶんをおこそうとこづきます。
「まだ眠いよ、お姉ちゃん……」
それでも、お姉ちゃんはやめません。
何度もハクアの名前をよんで、何度も何度もつんつんつんつん。
いよいよがまんできなくなったハクアは、
「もうやめてよ、お姉ちゃん! ぼく、まだ眠たいって……」
目の前でぽろぽろ涙をながす、黒いカラスの女の子。
わすれるはずがありません。
生まれてはじめてできた、だいすきな友だちなのですからとうぜんです。
「……フーカ?」
「ハクアのバカ! かってにいなくなって! どれだけさがしたと思ってるの! でも、見つかってよかった! よかったよぉ! だって、ハクアはあたしのだいじなだいじなお友だちだもん!」
泣きさけびながら、フーカはハクアを抱きしめます。
ぎゅうと音がなるくらい、ちからいっぱい抱きします。
「いたい! いたいよ、フーカ! ……あれ? いたい?」
それはもう、夢の中のできごとではありませんでした。