7/かつて失くした未来の君と、これから出会ういつかの君と。
『続いてのお便りは、ラジオネーム・レッドムーンさんからいただきました。
宮田さんこんばんは、いつも楽しく拝聴させていただいております。
ありがとうございます。
私には付き合って四年になる彼がいるのですが、実は先日、プロポーズされました。
でも私はそれをすぐには受けられず、保留にしてしまったんです。
そうしたら、翌日から彼と連絡が取れなくなってしまって。
怒ってるんだと思います。
自分の判断に後悔しているわけではないのですが、あの時頷いていれば良かったのにとも考えてしまいます。
宮田さんも長期の交際の末にご結婚されたと聞きました。
プロポーズされたときのエピソードなどありましたら、お聞かせいただけると嬉しいです。
それではお体にお気をつけて、これからも応援しております。
そうですかー、プロポーズ、人生の岐路ですから当然慎重になってしまいますよね。
私の時は――』
何だ、これ。
僕は全身に冷たい汗をかきながら、パーソナリティが投稿を読み上げるのを聞いていた。
いつの間にか、手が心臓を押さえている。ばくばくと激しい動悸を刻んでいる。
聞こえてきたのは未来のラジオ――二十七歳の僕と暁とが愛聴していた、クリエイト・チューンだった。
レッドムーンは暁のラジオネームだ。彼女はこの番組の常連で知られていた。
不可解なのは、このラジオが放送されたのが僕の体感時間から測っても尚、更に未来に当たるという点だった。
僕のプロポーズに対して言及した内容であることは明白だった。だがそれは本来あり得ない。クリエイト・チューンは生放送ではなく、録音放送なのだから。
保留にした翌日、即座に暁がラジオに投稿したとしても、それが放送局に届いて採用され、収録され、放送されるまでにはそれなりの日数を要するはずだ。
しかも、パーソナリティである宮田さんは冒頭で新年のあいさつを告げていた。
未来が加速しているように感じた。過去をたった一日過ごす間に、本来僕のいたはずの未来では一週間以上が経過してしまっている。
それはつまり、それだけの時間、未来の暁を一人にしてしまっているということだ。
暁は――レッドムーンは、これまでネガティブな話題を投稿してこなかった。
それは彼女がラジオを一緒に盛り上げたいと願っているからだし、そもそも僕といるときだって愚痴をこぼすことはほとんどなかった。
それでも暁がこんな内容を送ったのは、自惚れでなければ、僕へのメッセージなのだろう。
連絡のつかない僕へ、それでもこの番組を聞いていることを願って、彼女はクリエイト・チューンに言葉を託したのだ。
そしてそれは奇妙なかたちで、けれど確実に僕のもとへ届いた。
でも、僕にはそれに応える手段がない。
未来に帰りたい。
十年前に戻ってきて初めて、僕ははっきりとそう願った。
と、携帯電話がメール受信を告げるバイブレーションを鳴らした。
いつの間にか固くつむっていた目を開けて、折り畳み式の携帯電話を開く。
メールの送り主は暁だった。
高校生の、今日会ったばかりの暁だ。
まだ起きてる? との件名で始まるメールは、今日の劇的な出会いのせいで眠れないという旨がテンションの高い文面で綴られていた。
僕は苦笑して返信を書き始めた。
本来繋がるはずのない暁とはこんなにも簡単にやり取りができるのに。
その代償とでも言うように、一番近くにいたはずの暁との距離は、絶望的なまでに遠かった。