5/かつて失くした未来の君と、これから出会ういつかの君と。
「昔の写真とかないの?」
「恥ずかしいから見せない」
「何でさ。制服姿とか凄く萌えそうじゃないか」
「変態」
「いや性癖としては普通なラインだと思うけど」
「嫌。昔は少し、ほら、はっちゃけてたし」
「想像できない……余計見たくなってきた」
「だから駄目だってば」
◆
恵比寿ガーデンプレイスは、恵比寿駅から直結した複合施設だ。
向かい合ったオフィスビルと商業施設の中心、窪んだような位置に階段に囲まれた広場があって、ちょうど凹の字のようになっている。
レンガの赤茶と植樹の緑の景観が美しい広場には雨避けのアーチがかかり、憩いの場としてはもちろん、イベント会場としても頻繁に使用されていた。
広場にはクリスマスイルミネーションである巨大なシャンデリアが鎮座している。時期にはまだ早いためにライトアップこそされていないけれど、高さ五メートルほどもあり十分な迫力を見せていた。
仕事では何度か訪れたけれど、高校生の目線で見るといかにも洒落た、端的に言えば場違いな印象が拭えない。
行き交う人々も勝ち組(にしか見えない)ビジネスマンや奥様方ばかりで、高校生の姿は少なかった。
裏を返せば、目立って見つけやすいかもしれない。
「よし」
時刻は十七時過ぎ。
空はもう暗くなっていて、橙色の街路灯が周囲を照らし出していた。
風が強い。冬の気配を伴った寒風が吹き抜けて身震いした。
早めに帰ろうか、なんて言い出しかねない寒さだ。
焦る気持ちに急かされるようにして、僕は商業施設の方へ走り出した。
会ってどうする?
ずっと考え続けて、答えは出ないままだ。
別の高校に通う僕らに接点は一つとしてない。
出会いのきっかけとなったラジオはまだ始まってすらいない。
上映済みで彼女の好きな映画ならいくつも挙げられるけれど、初対面でそれ話すか普通。
一体なんて声をかけたらいい。
そもそも声をかけるべきなんだろうか。
過去、変えていいですか?
正答は誰も教えてくれない。
ナンパ、になるんだろうか。
男子高校生が他校の女子高生をナンパ?
それ笑える。いや笑えない。やろうとしているのは僕だ。
やばい。この息切れも動悸も、走ったせい――なんかじゃない。
近くに暁がいると思うと。
緊張。汗が滲む。混乱する。
タイムスリップしたって自覚をした時以上に、気持ちの整理がつかない。
暁はなかなか見つからない。
いっそ見つからない方が安心するかもしれない。
もう帰ってしまったのかもしれない。
だとしたらそれはもう、彼女が同級生の彼と再会しているということだ。
それは嫌だ。
それだけは明確だった。
たまらなく、嫌なんだ。
どこにいるんだ。
暁。
月村暁。
結局、二階から地下二階までの四階層をくまなく探したけれど、暁の姿はなかった。
入れ違いで階をまたいでしまった可能性も考慮して二周した。
それでも彼女の姿は見つけられなかった。
彼女の好きそうなカフェの店内をぐるりと探したのを最後に、僕は広場に戻ってきた。
両膝に手をついて、長く息をついた。
疲れた。汗だくだった。ずっと気を張っていたから、思った以上に息が上がって頭がくらくらする。熱を持った身体を、強風が否応なく冷ましていく。
時刻は十八時半。
駄目か。
過去を変えるのは簡単じゃないようだ。
徒労感に包まれながら身を起こして見上げるのは、無灯火の巨大なシャンデリア。
クリスマスにはさぞ綺麗に輝くのだろう。
クリスマス。
どうも僕はイエスに嫌われているらしい。昨夜のプロポーズも失敗して、そして今も。
どうしたってこんな意地悪、を。
荒くついていた息が、ふと、止まる。
心臓が大きく跳ねる。
見開いた目で見る、シャンデリアの向こう側。
階段を上がった先――よく見知った、けれど初めて見るその姿に、僕の意識は奪われた。
制服に身を包んだ女の子が、同じ制服を着た女生徒と連れだって談笑している。
すらりと伸びた長身。
肩をくすぐる長さの黒髪。
理知的な切れ長の目に、旺盛な好奇心を思わせる大きな瞳。
離れていても、僕にはそれが分かった。
月村暁。
彼女がそこにいる。