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1/7

1/かつて失くした未来の君と、これから出会ういつかの君と。

「五十点」


そう彼女が言った瞬間、僕の余裕の笑みは凍り付き、砕け散った。

彼女が気の毒そうに眉を寄せているから、僕はよほど間抜けな面をしているんだろう。

口をあんぐりと開けて、目を魚みたいに丸くして。

でも、だって、そりゃあそうなるさ。

二十七歳、一世一代の大勝負だったんだ。


僕はたった今、プロポーズしたんだぜ?


その返事が、五十点?


二〇一五年十二月二十四日。

眼下には夜景が広がり、空からは祝福の雪の降る、出来過ぎた輝白の夜。

聖夜の後援を得て行われた、満を持してのプロポーズ。

仕事は定時退社。頑張った。仕立てたばかりの一張羅に着替えて彼女と合流、三十階建てのホテルのてっぺん、予約を済ませたレストランの扉を潜った。

彼女の好きなムニエルと白ワインに舌鼓を打つうちに、ピアノの生演奏が始まる。曲目はニュー・シネマ・パラダイスのメインテーマ。彼女が最も好きな映画の一つだからと、事前にリクエストしておいた。

組んだ両手に顎を乗せてピアノに耳を傾ける彼女は、陶酔したように目を弓なりにしている。頬は僅かに赤みが差して、目はうっすらと潤んでいた。


演奏が終わる。

一呼吸分の時間を置く。

僕はおもむろに指輪の箱を取り出す。

そして決定的な一言を放つ。非の打ちどころもない。

あとは彼女が頷くだけだ。

まるで在るべきところに在るべき言葉が、緻密且つ自然に収められた完璧なエピローグ。


なのに、なんで?


収まりどころを見失った指輪が、居心地悪そうに小さな箱の中で震えている。皺一つないパリッとした一張羅が、いまは陰鬱を吸い込んだように黒ずんでいる。


二の句を継げない僕を見かねたか、彼女は嘆息を挟んで立ち上がった。肩をくすぐる黒髪が流れ、赤いワンピースの裾が翻る。黒のカーディガンとの対比がスタイリッシュな、芯の通った彼女らしいコーディネート。


「ごめんなさい。保留にさせて」


彼女はバッグから財布を取り出し、一万円札を二枚、テーブルにそっと置いた。

茫然としたままの僕を置いて、彼女は出口へと踏み出す。

咄嗟に呼び止めた僕が放ったのは、それこそこれまで準備してきた一切を台無しにする一言だった。


「それ――それって、百点満点なのか?」


その後の記憶は曖昧だ。


彼女が最後にどんな顔をしていたのかさえ覚えていない。

しこたま飲んだ気がする。そんなに強くないのにさ。遠慮がちにデザートのことなどを尋ねてきたボーイにタクシーの手配を頼んだ、と思う。

気が付けば自室に一人きり。こんなはずじゃなかった。


四年も付き合ったんだぜ?

出会いのきっかけは、ラジオ番組の公開録音イベントだった。

レッドムーン。

それが彼女のラジオネームだったことを知ったときは本当に驚いた。だって僕は、パーソナリティの語りより何より、レッドムーンの話が大好きだったんだから。

そういえばさ、今日はラジオの日じゃなかったっけ。

なあ、

ラジオつけてくれないかな。

(あかつき)

月村 暁さん。

いくら呼んでも、僕に五十点を叩きつけた彼女の応答はない。

部屋に一人きり。

孤独な身体がベッドに沈み込んでいく。

深く、深く、沈み込んでいく。


暁。


翌朝。


僕は高校生になっていた。


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