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黒羽天 ─愛憎の退魔少女─  作者: 壱原優一
第2章 “Loving can cost a lot, but not loving always costs more.”
20/26

行方不明、ふたり

 翌朝、雲雀は勢いよく飛び起きた。そして辺りを見回す。

 目に入ったのは、からっぽのベッドだった。

 ほたるが、いなくなっている。


(荷物も見当たらない。まさかアイツと戦いに……!?)


 一瞬で脳が覚醒し、ベッドから下りようとして、シーツやら掛布団やらに足を取られてしまい、彼女は床上に落下してしまう。


 その際に肩を打って「あう……!」と情けない声まで出た。

 けれど、そんなことはどうでもよく、とにかく急いで足先に絡みついた布を解こうとしていると、


「雲雀ちゃん、どうかした!?」


 ほたるがドタドタと慌てた風な足音と一緒に姿を現す。

 彼女は体にバスタオルを巻いていた。

 最早考えるまでもない、単に風呂に入っていただけのことだったのだ。

 見当たらない荷物というのも、ベッドを挟んだ向かい側の床にある。

 雲雀の位置からは死角だったため、勘違いしてしまっただけである。


「あ、いえ……なんでもないです。起きようとしたら、もつれてしまって」


 流石に「目が覚めたらほたるがいなくて、妙に不安になった」とは言えず、そんな嘘を吐く。

 それを信じたかどうかは、その表情かおから定かではないが、ほたるが浮かべたのは安心したような表情で、声もまたそのようなものだった。


「怪我はない?」

「それは平気です」

「じゃあ、雲雀ちゃんもお風呂行ってきなよ。朝シャンは気持ちいいよー」


 そこで雲雀は、はたと気付く。

 自分はもう何日も風呂に浸かるどころか、シャワーすら浴びていないのではないかと。

 いや間違いない。

 あの山で妖怪と化してから、数日は経過しているのだろう、自身でも臭いが鼻につく。


 雲雀の顔が赤く染まる。


 そして、不快にさせたのではないかという不安から、


「ご、ごめんなさい!」


 ついそんな台詞を置き去って、そそくさと浴室へと向かった。


 風呂場のタイルは、まだ温もりが残っていて冷たくない。

 シャワーを頭から浴びながら、よくよく考えてみれば、ほたるは途中で出てきたのではないだろうか。


「私が転んでしまったから」


 悪いことをしてしまった。

 雲雀は、今の出来事だけでなく、山から一連の出来事について、そう思う。

 妖怪になりかけていた時の記憶は、おぼろげながらある。

 ほたるの声が聞こえて、かろうじて人間であり続けられた。

 本当に迷惑をかけて申し訳なく思っている。


 次いで湧き上がってくるのは、自分への怒りだ。


「助けられた……クロハネなんかに……」


 仇敵によって人間に戻れたのだ、という事実は、雲雀の心に深く爪痕を残し、一度はからっぽになっていた瞳にまた黒い水を注ぎ込んでいく。

 その矛先は、新たな敵へと向けられる。

 雲雀の霊気と妖気、そして影から生まれた新たな敵。


「アイツも、早くどうにかしないと」


 雲雀は昨夜、夢を見た。

 それは己が一人の女性を襲う夢だ。

 だがこうして落ち着いてみれば、それが真のことなのだと理解できる。

 今も影と自分の間には、何か奇妙な〝繋がり〟のようなものを感じるのだ。

 そいつが教えてくれる、血生臭い分身がまだ町に留まっていることを。


「今は昼間だから、眠っているみたいね……。今なら、私でも殺せるかしら?」


 と思うが、どうやら場所の特定まではできなさそうだ。

 近づけば、より確かにわかるに違いないけれど、それはお互いに言えることであるから、最初から不意打ちなどできっこないのである。

 眠っているところに襲い掛かれたとしても、返り討ち必至だ。


「無力ね、私」


 両親を失った時、師を失った時、そして今。

 雲雀の前に、三人目の無力な己が横たわる。

 奥歯を強く噛みしめて、彼女は思考する。

 何か策はないのかと。


「……あることには……ある、か」


 シャワーを止めて、雲雀は体を洗い始める。

 ごしごしと力強く。

 無力な己を叱責するかのような気持ちで。


 そして三十分ほどかけて風呂からあがると、ほたるから巫女装束を手渡された。


 どういう意図かわかりかねて、しばらくそれをじっと見つめていると、彼女が「えっと……着替えなんだけど」と言う。


 それで雲雀は思い出した。

 昨日、ほたるは山を降りる途中で神社に立ち寄り自身の荷物と、雲雀のアタッシュケース──拳銃しか入れていない──を持ちだしてくれはしたのだが、


(私の荷物は、ほったらかしだわ。ほたるはケースの方しか見たことないからもの、わからなかったのね)


 よって着替えがまるでない。

 その代わりに、ほたるの服というわけだ。


 納得して、雲雀はいそいそと巫女服を着始める。

 思ったよりも難しくなく、一人でも着ることができた。

 それからまた自分のベッドに腰を掛けて、ほたると向かい合う。


 すると雲雀は、彼女がニコニコと笑顔を浮かべていることに気付く。

 何か間違えただろうか。


「どこか変?」

「ううん。やっぱり似合うなって」

「あぁ、学校の時にも言われたわね。まさか、本当に着る日が来るとは思ってもなかったけど」

「それもこんなに早くね。どう、巫女装束の感想は?」

「うーん……やっぱりシャツが楽」

「あはは。そりゃ勝てないよー」


 実際には雲雀は、自分には似合わないと思うのだった。

 巫女になるには、あまりにも穢れてしまっている。

 復讐のために妖怪まで喰らったのだ、心身ともに似合うはずがない。

 もっとも、そんなことを口に出せば、ほたるに怒られるだろうことは、想像に難くない。


「まぁ、それはともかく」


 と雲雀は話を切り替える。

 そして居住まいを正して言う。


「私の影を、どうか倒してください」


 深々と頭を下げて。

 それが唯一の策だった。

 誰かに頼ること、それしかできない。

 その突然の行動に、ほたるは狼狽えるような声を出した。


「ちょ、ちょっと、顔あげてよ!」

「貴女にしか頼めないの。今の私には何も力がない。霊力なんて欠片もない……作れないみたい。だけど、アイツは──」


 雲雀が下げていた頭を戻して夢の話をすると、ほたるの表情も段々と曇っていく。

 人命が絡めば、必ずほたるは動く。


 しかし彼女が出した返事は予想外のものだった。


「そりゃ私もなんとかしたいけど……今すぐには無理だね」

「どうして!?」

「だって、場所わからないだよね?」

「そ、れは……そうだけど」


 ほたるなら、それでもどうにかできるのではないか。

 そんな期待がないわけではなかった。

 彼女が申し訳なさそうに言う。


「私も流石に範囲が広すぎて、妖気は覚えてるけど、上手く捕捉できないし。時間はどうしてもかかっちゃう。だから今すぐは無理」

「応援は、頼めない? 神社の伝手とか」

「今ここに来れる人たちは、たぶんだけど、山に行くんじゃないかな。まだちょっと、ごたごたが続いてるみたいだし、優先順位が……ね」

「……そう」


 見るからに暗い表情を浮かべる雲雀を励ますかのように、ほたるは勢いよく立ち上がった。


「大丈夫! 時間はかかっちゃうかもだけど、絶対に倒すから!」


 それは頼もしい言葉ではあるが、雲雀は自らの所為で生まれる被害者のことを思えば、素直に寄り掛かることができない。


 今すぐ、せめて夜になる前に、どうにかしたい。

 できないだろうか。

 頭の中でぐるぐると考えが巡る。

 ほたるの手がそれを止めた。

 ぎゅっと右手を取って、立つように促される。


「ほら、まずは探しに行こう? 運が良かったら、今日中になんとかなるよ」

「……そうね。じっとしてても、しょうがないものね」


 雲雀は気持ちを切り替えて、ほたると一緒に昼の町へと繰り出していく。

 力強い言葉よりも、その和やかな笑顔の方が雲雀の不安を萎ませるのだった。


 外は快晴で、太陽はもうすぐ真上に着こうかとしている。

 影を失くした雲雀にとって、この時間帯はまだほっとできる。

 しかし天頂を過ぎてしまえば、自らの非常識が浮き彫りになる。


 疲れた顔をしたサラリーマンや姦しいおば様たちが行き交う日中において、流石に、巫女が二人並んで歩く姿は珍しいようだ。

 それもアタッシュケースとギターケースを、それぞれ手にしているものだから余計にそうらしく、道すがら色々な人にじろじろと視線を投げかけられて、雲雀は居心地の悪い思いを抱きながらも、素知らぬ風に装ってほたるの後ろを歩く。


 ほたるに連れられる形でやって来たのはブティックだった。

 これには雲雀もわけがわからず、怪訝になる。


「なんで服屋?」

「もちろん、着替えを買うためにだよ」

「いや、それなら後で神社に取りに行くもの」

「……あー、そう? まぁ、それならいいか。うん。じゃあ、次行こー」


 なんだか歯切れの悪い様子に、余計に(何を考えてるのかしら?)との疑念が強くなった。


 しかも、その次に向かったのはファミレスなのだから、更に謎は深まっていく。

 ちっとも、あの妖怪を探しているようではない。

 これでは普通の少女が町を歩く時と変わらない。


「ほ、ほら、朝ごはん食べてないし。お昼も近いし?」


 と、雲雀の不信なものを見るような目に気圧されたためか、ほたるが言い訳染みた言葉を吐く。

 けれど確かに、起きた時間が遅めであるから、昼が近いというのも事実であるし、言われてみれば、雲雀は空腹を感じていた。

 もう何日もまともに食事を採っていない、思い出せる最後は妖怪の血肉ぐらいなのだから当然であろう。

 だから食べるならば、麺類が良い。

 肉々しいのは御免被りたい。

 しかし一つ問題がある。


「でも、私、お財布もないんだけど」

「そのくらい貸すよう!」

(あ、奢ってはくれないんだ)


 ほたるのことだから、そんな風に言うような気がしていたが、どうやらお金のことに関しては緩くないらしい。

 ほっとした。

 雲雀の中でのほたるは、保証人の書類にほいほいとサインしてしまうような人間だった。


 そうして昼食の後には、ほたるがデザートを食べたいなどと言いだし、雲雀は当然いらないと言ったのだが、勝手に二つも買ってこられては食べるほかなかった。

 それからも、なんの意図があってか、様々な店に寄るはめになり、それでも(ほたるのことだから、何か考えがあるんだわ)と、時々文句を挟みつつも従っていたが、遂に夕方となってしまった。


 雲雀は遂に、ほたるへの不信感を露わにする。


「ねぇ、真面目に捜索してる?」

「してるよ、うん。今日一日、町中を探し回ったじゃない」

「私には遊んでるようにしか思えない。ゲーセンとか、行く必要ないじゃない」

「ギロギロとした目で探し回っても、私たちは目じゃなくて気配を探るんだから無意味でしょ? だったら、他にできることしながらでも充分だと思ったの」

「なによ、それ……」


 雲雀はほたるを、じろりと睨み付けた。だが、彼女はどこ吹く風で。


「明日は今日は探せなかった方に行けばいい。そしたら見つかるよ」

「貴女は……人の危機には敏感だと思ってた。だから、もっと血眼になってくれると思ってた。でも、違ったのね。明日になる前に、また一人犠牲者がでる」

「朝にも言ったけど、この広い町で探し当てるのは大変なことだよ。二日三日は掛かってもおかしくない」

「今日遊んだりしないでに、もっと色々なところへ行ってたら、見つかったかもしれないじゃない!」


 不信を通り越して、最早それは失望であると言えた。

 雲雀は、退魔巫女として幼き頃より育てられてきたであろうほたるを、当然ながら仕事に対して使命感や、矜持を持っている者だと思い込んでいた。

 少なくとも、復讐や生活のためだけの己よりは、退魔師として正しい在り方をしているはずだろうと。


(でも私はこの子のことを、なにもわかってなかったんだわ)


 そのような雲雀の思いなど知らないように、ほたるはこんな台詞を吐くのだった。


「わかった、わかったよ。明日はちゃんとやるから。ホテルに帰ろう? 休みは取らなきゃ」


 雲雀は、そんな彼女に背を向けて歩き出す。

 ホテルとは逆方向だ。


「ひ、雲雀ちゃん……?」


 ほたるが追いかけてきても、構わず突き進む。


「一人でも探す。ついてこなくていいわ」

「馬鹿なこと言わないでよ。今の貴女じゃ、見つけたところでなにもできない」

「銃がある」

「霊力がないのに、なにを……」

「銃にはまだ霊力が残ってる。それぞれ、五発分ぐらい。だから、それでやる」


 念のため、ホテルを出る前に確かめたところ、間違いない。

 故にわざわざ持ってきたのだ。

 いざ戦うことになったら、それでほたるの援護をするつもりだった。


 呆れ顔のほたるから、


「……そう。勝手にすればいい」


 との言葉を頂いて、雲雀はあえて力強くに頷いてやる。

 そしてもう振り返らずに前を行く。

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