ポッキーゲーム
「というわけで……ポッキー買ってきたよ!」
彼女は私の家に来ると、そんなことを言った。勝ち誇った顔でコンビニの袋を掲げて部屋に入ってくる。両手に持った袋はたくさんの種類のポッキーでいっぱいになっていた。
「よかったね」
私は美咲の顔をちらりと見て、また数学の課題を解き始めた。幼馴染みの彼女の考えることは至って簡単。今日は11月11日、つまり世間一般に言うところのポッキーの日。だから大量に買ってきたに違いない。あんなのはお菓子会社の戦略でしか無いというのに。
「ねえねえめぐちゃん、一緒にポッキー食べようよ」
美咲は私のベッドに寝ころんで袋をひっくり返す。色とりどりの長方形の箱が散らばった。
「だいたいね、そんなに買ってきてどうするのよ」
「食べるよー」
そうじゃなくて――と言おうとして振り向くと、幸せそうにポッキーをくわえた彼女と目が合った。思わず目を逸らしてしまう。なんでお菓子ひとつであんなに笑顔になれるのか、私には理解できない。
そもそも美咲は能天気過ぎるのだ。進級してクラスが変わると、私たちは前のようにずっと一緒では無くなり、放課後も別の友達と帰るようになった。それなのに、休みになると必ず私の家に課題を写しに来る。
「今日は課題見せないからね」
「ええー、めぐちゃんの意地悪、ケチ」
「何て言っても見せないから」
そう言い放つと、美咲は静かになった。大人しくなったってもう見せないから。美咲が必要としてるのは私なんかじゃない。ただ、彼女のために何かできる便利な人間。じゃあ、美咲のために何も出来ない私なんていらないんでしょ。もうあなたのためには何もしないし、何もできない。
「もしかしてめぐちゃん、何か怒ってる?」
美咲がおずおずと言った。
「別に怒ってなんかない」
「でも……最近のめぐちゃんなんか変だよ?」
こういうところだけは妙に鋭い。美咲は続ける。
「もしわたしが悪いことしてたなら謝るから、だから――」
「だから何? 私を捨てたのはあなたでしょ!それなのに……っ!」
その瞬間、ふわり、と柔らかい感覚が私の背中を襲った。後ろから美咲の手が回り込んで私を抱きしめる。すぐ横に彼女の顔があり、チョコの甘い香りが鼻をくすぐった。
「わたしは、めぐちゃんを捨てたりなんかしない。だって一番好きだもん」
耳元で囁かれた声に、私の心臓は早鐘を打つ。さっきまでイライラしていたはずなのに。その鼓動を美咲に悟られないよう、私は平静を装って言った。
「な、何言ってんのよ、バカ」
私の言葉に彼女はえへへ、と暢気に笑っていた。
「めぐちゃん、ポッキーゲームしよ?」
二人でベッドに座っていると、美咲がそんなことを言った。
「えっ?」
私は何を言われたのか、しばらく理解出来ないでいた。
「だから、ポッキーゲームしようよー」
「いや、そうじゃなくて……」
「ええー、いいじゃん、ほらほら」
そう言うと彼女はポッキーの端をくわえて私に差し出す。仕方なく私もポッキーをくわえた。目の前に美咲の顔がある。恥ずかしくて思わず目を瞑った。
サクサクと小さな音を立てながら美咲が近づいてくるのを感じる。私はその場に留まったまま。うっすらと目を開けると、彼女はもうすぐそこまで来ていた。もう限界だと思って逃げようとしたその時、なぜか美咲の手が私の顔を押さえた。
「えっ」
小さな声が漏れたと同時に、唇に柔らかい感覚が走る。それは一瞬だったが、私は確かに美咲の暖かさを感じていた。離れた後もしばらくの間は頭が働かなかった。ただチョコの香りがぐるぐると私の周りを回っている。
「どうだった?」
美咲はまたベッドに寝転がると私の方を見た。私は自分の顔が紅潮していくのを感じていた。
「どうって何が」
声が上擦ってうまく喋ることができない。そんな私を見て美咲は幸せそうに笑っていた。さっきまで嫌いだったはずの彼女の笑顔も、今はもう大切な物へと姿を変えていた。
「もう一回する?」
ニヤニヤと笑いながら美咲はポッキーの箱に手を伸ばす。だが私はその手をつかんで美咲の体の上へ馬乗りになる。このままやられっぱなしになるわけにはいかない。
「こっちの方が早いから」
美咲の驚いた顔に内心勝ち誇りながら、私たちは長い長いキスをした。




