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後日談 第2話

「そろそろ全てを話して貰おうか?」

 レイは私の言葉に頷くと、部屋にいた全ての人を退室させた。

 彼らは少しも動じた様子もなく、表情一つ変えずに一礼して部屋を辞した。洗礼され尽くされた一連の動きにうら寒いものを覚えた。

 自分の感情を押し殺す訓練を受けているのかもしれないが、私からすれば操り人形のようで見ていられない。

「何から話せばいいかな?」

「初めから?」

 彼らを目で追っていた私は、レイの声に視線を戻した。


 レイが話したその内容はこんなところだ。

 王子であるレイではあるが、王位を継ぐつもりはなく放棄していた。

 オルブライトでは、基本的には王族としての位が高いものから順に継承されることになっているが、必ずしもそれに従うわけではない。国は当然能力の高いものを次期国王へと望んでいる。

 順位的に言えばすでに王太子と認められたレイの兄がいるわけだが、能力的に考えればレイの方が上で、大臣たちはレイを次期国王へと幼い頃から期待されていた。レイの兄が王位に就いたとしても、レイが成人を迎えるのを待って王位を継承させようと目論んでいる大臣たちが多くいた。

 その背景の中で、レイは自らが王位を継ぐつもりは露ほどもなく、早々に継承権を放棄したのだ。元々その能力を王の右腕として発揮させようと考えていたのだ。

 そもそも、レイが日本に渡る時には一悶着あったようだ。レイを放したくない大臣たちがなんだかんだと説き伏せて、日本行きを諦めさせようとしていた。けれど、レイの意志も大臣たちの意志も固く平行線をたどったわけだ。結局、期限を決めての日本行きということでお互いが納得した。

 レイが婚約者探しのパーティから日本に来るまでに時間が空いたのはそんなことが繰り広げられていたからであり、レイが日本を去ったのもその期限が来てしまったからなのだ。

 期限が決まっていたのなら、そうと先に言っておいてくれればいいのに、と思ってしまう。だって、レイは言ったのだ。私がイエスというまで帰るつもりはないと。今考えればあれは嘘だったのだ。

「あの時は、その期限の中で亜美が好きになってくれるって信じていたから」

 という言い訳をしていたけれど。

 レイが私に別れを告げずに帰って行ったのは、二つの理由がある。一つは、すぐに戻ってくると決めていたから『さよなら』は言いたくなかった。二つは、自分が消えたことを少しは私に寂しがって貰いたかったから。

「ちょっとした意地悪のつもりだったんだ。それで少しは俺のこと考えてくれないかなって」

 悪びれずにそう言うレイに、まんまと策略に嵌ってしまったようで苦いものを噛んだ。

 レイがオルブライトに帰って初めにしたのは、たまりにたまった仕事の山。それを一気に片し終えると、私をこちらに迎える環境づくりに勤しんだ。

「俺は、亜美なしでは生きられないんだ。こちらに戻って仕事と格闘して、忙しく過ごしていたけど、ずっとこの辺がすぅすぅするんだ」

 胸のあたりを撫でて、苦しそうな顔を浮かべた。

 レイは私がいないオルブライトでこんな顔をしていたのだろうか。

「悲しくて、苦しくて、胸が押しつぶされそうだった。もう、亜美に嫌われても、侮辱されてもいい。俺のものにしたいって思った。だから、亜美を攫ってきたんだ。亜美、怒ってる?」

「怒ってない」

 びっくりした。

 自分にも恋愛感情というものあるのだと気付いた時にも相当驚いたものだが、レイを前にして、レイの言葉を聞いて、それに心躍るほどにときめいている自分に驚きを通り越して絶句していた。こんな私にも乙女な部分が存在したことに、大きな驚きと小さな嬉しさが込み上げてきた。

 どこかで憧れていたのかもしれない。絵本に出てくるお姫様に。いつか自分でもこんな風に誰かに想われ、想いたいと。

「怒ってるんだね」

「怒ってない」

 素直になれない私が、ぶっきらぼうに答えてしまうのは、照れ隠しなのだと気付いてほしい。慣れていないのだ。女の子になることに。あまりに長いこと、女を捨てて夢だけを見てきてしまったのだから。

 適当に誤魔化して、レイに続きを促した。

 レイは、私がこちらで暮らしても何の支障がないように方々に話を付けていた。まず、国王、王妃、並びに大臣らに私との結婚を認めさせた。それは、そんなに難しいことではなかった。国王、王妃は手放しで喜んだし、大臣らはレイがこの国にいることを強く望んでいたので、私がこの世界に嫁ぐつもりであるのなら問題はないとした。

 次に王城内にレイと私の部屋と私が生活するうえで必要な諸々を用意させた。それも特に難しいことではない。侍女に指示を出せばその通りに動くのだ。

 そして、最後に私の仕事だ。まず、片野先生をオルブライトに呼んだ。本当なら自ら日本に足を運びたかったのだが、大臣らの包囲網により脱走は不可能だった。

 そういえば、春に先生が出張に出かけていたが、それはオルブライトに来ていたのかもしれない、とレイの話を聞いていて思い至った。

 先生とレイとの間に話し合いを設け、私は週に3回日本に出勤するということが決まった。ブラウン管テレビでは、行き来が不便なのでほかの出入口をここと日本の家とで新たに作るという。そして、最低でも月に1本は絵本を作成すること。給料は今まで通りの支払いとする。

 先生との話し合いでいったい何があったのかは分からないが、その話をしているレイの表情は酷く難しいものだった。

「先生と何かあった?」

「別にないよ」

 私が先生と言っただけですぐに眉を顰めたが、すぐに笑顔に戻る。

 一体二人の間に何があったんだろう。

「ハハを一人残してはいられない」

「元々、久美さんは仕事が忙しくて亜美と毎日顔を合わせていたわけじゃないでしょ? 亜美はこれから週に3日は日本に行くわけだし、出入口は向こうの家なわけだから完全に別れるわけではない。今までとあまり変わらないと思うよ。それに、あの人がこれからしょっちゅう久美さんのところに通うことになりそうだし」

「あの人?」

「もう話は聞いてるよね? 亜美のお父さんだよ」

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