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後日談 第1話

 歓迎された。

 そう、一言で片付ければそういうことなのだ。

 入れ替わり立ち替わり現れる見知らぬ人々に、訳も解らぬまま、片野先生仕込みの愛想と礼儀で全てを乗り切った。

 その中にハハが居たことに、何らかの計画性を疑わなければならなくなった。

 じろりと隣を見上げれば、嬉しそうな笑みを返され、戦意も喪失させられる。

 こういうことなのだ。

 何の説明を受けずとも、おのずと理解出来てしまう。

 レイがこちらに戻っていたのは、私を引き入れる土台を固めていたからなのだ。

 知らずにいたのは、きっと私だけなのだ。

 事実上の婚約披露パーティに身を置き、漸く私は嵌められたことを知る。

 驚きと僅かな怒りを感じるものの、逃げ出さないのは、どこかで全てを受け入れているからだろう。

「亜美」

「ハハもグルなんだろ?」

 笑顔で近付いてきたハハを睨みつけて言えば、さらに大きく顔が綻んだ。

「だって、完全に落ちてるはずなのに、いつまでたっても認めないんだもの。離れればイヤでも気付くでしょ?」

 気付かされたよ、思惑通りにね。

 そして、あそこまで自我を失うなんて思っていなかった。人が一人離れただけの話だというのに。それだけ自分にとってレイが大きい存在だということだ。

「でも、あなたがあそこまで取り乱すとは思っていなかったのよ。正直対応に困ったわ。片野先生には感謝してもしたりないくらい」

 あの時のハハの心配そうな表情だけは嘘ではなかったのだ。

 ふと隣から不穏な空気を感じ見上げると、珍しくレイが不機嫌な顔をしていた。

 一体何に機嫌を悪くしたのか解らず、首を傾げた。

「レイはね、片野先生に焼きもち妬いてるのよ」

「は? 何で?」

 さぁね、といとも可笑しそうに笑うハハに若干イラッとした。

「因みに片野先生もこの国の出身よ」

 そんな話は初めて聞く。

 ハハの口振りから、片野先生が大分内部事情に長けていることを知る。

 すると、片野先生もこの計画に一枚噛んでいると見ていいのだろう。

「ちゃんと説明しろ。説明もなしに婚約パーティはないだろ?」

「説明はレイから聞きなさい」

 これだけ掻き回したにも拘らず、レイに丸投げしてその場を去っていった。

 ハハにぶつけきれなかった苛立ちをレイに向けた。

 睨み付けるその視線さえも、笑顔で受け止めるレイに、諦めた吐息が漏れる。

「亜美。このパーティが終わったら全て話すから」

 だから、今は愛想笑いを振る舞えって?

 クソッ。そんな無邪気な笑顔で見つめるな。

 全てを許せてしまうではないか。

「承知しました。努力致します」

 レイに対しての初めての丁寧な物言いに、少なからず動揺していることを見て取り、幾分すっきりとした。

 結局私はその夜のパーティをそつなくこなした……はずだ。はずだ、と表現したのは、殆どの記憶が曖昧だからなのだ。

 王様と王妃様にも会ったのだが、どんな会話をしたか正直なところ記憶にない。

 なかばレイに抱えられるように連れていかれた部屋で、数人の女性に引き渡された。

「亜美。詳しいことは明日話そう。今日は疲れたでしょ?」

 疲れたよ。主に精神的にね。

 全てを明らかにした方が、すっきりするのだろうが、疲労困憊の状態では聞くこともままならないだろう。

「ん。おやすみ」

 今すぐベッドに身を投げだしたい。ベッドはどこだろう。

 キョロキョロする私に、小さな笑みを置き土産にレイは退室していった。

 レイが出ていくと、多少手荒にドレスを脱がされ、パジャマを着せられた。

「お疲れのようですので、湯浴みは明朝致します。おやすみなさいませ」

 ものの数分で寝室へ押し込まれ、訳も解らぬままベッドに潜り込んだ。

 そのベッドが丁度私のものと固さ感触共に似ていたので、安心して眠りについた。考えることを完全に放棄して。


 翌朝、乱暴に掛け布団をむしり取られ、寝呆け眼のまま担ぎ運ばれ、湯ぶねに投げ込まれた。

 イヤ、これ比喩でもなんでもなくて本当に投げ込まれたから。お陰でばっちり目が覚めたけどさ。

「背中をお流しいたします」

 大浴場ほどの風呂場の壁側に四人の女性が服を着たまま立っている。その中の1人が近付いてきてそう言った。

「ああ、お気持ちだけで結構です。少しゆっくりしたいので、外してもらえませんか?」

「いえ、それでは私殿の…」

「あなた方の仕事なんでしょうけど。それは承知しています。だけど、私も少し気持ちを整理したいので1人にしてください。今だけでいいですから。お願いします」

 彼女らの仕事は、私に仕えること。それが本意であるか、不本意であるかに拘らずだ。私がそれを理解しているのは、ワットという存在を知っているからだ。それを理解した上で、どうしても1人になりたかった。

 渋々ながら彼女らが退場していくと、漸く一息吐いた。

 プールと言っても差し支えがない大きな湯ぶねに、私の溜め息が反響している。

 この国がレイの生きていく世界なのだ。そして、レイは私にこの世界で共に生きることを望んでいる。

ハハをも悩ませたその選択を私に強いているのだ。

「どうすっかな」

 どうするも何も、私に拒否権などあるのだろうか。

 レイが私をこの世界に引き留めてしまえば、私1人の力では元の世界に戻ることは叶わない。

 私を攫う、というレイの言葉をどの程度本気にするべきだろう。

 とにもかくにもレイに真相を聞く前に悩んでいても仕方がないのだ。

 湯から出ると、その気配を瞬時に読み取った彼女らが私を確保し、殆ど無理矢理に服を着せていく。パーティで着せられたドレスよりは幾分マシだが、それでもやはり着慣れない。日本でジーンズ派だった私にとって拷問以外の何物でもない。

 部屋に戻ると、レイがテーブルについていた。

「おはよう、亜美。よく眠れた?」

「おはよう。相当疲れていたから、よく眠れたよ」

 レイに促されて向かい側に座ると、それを合図に朝食が運ばれて来た。朝に食べるには、豪華過ぎで、量も相当なものだった。

 慣れない環境で朝食なんて喉を通らない、などという繊細さは持ち合わせておらず、有り難く頂いた。

 食後の紅茶を一口飲んだあと、漸く核心に触れた。

「もう、いいだろ。そろそろ全てを話して貰おうか?」

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