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第34話

 奇妙な沈黙が私たちを包んでいた。

 目の前に座るハハの表情には、固く緊張が窺える。

 私の方は、それほどの緊張を感じることはなかったが、向かいからの雰囲気に煽られたように身構えていた。

「あなたのお父さんは生きているわ」

 重々しく語られた言葉にどう反応していいのか解らなかった。

 顔も知らない父に感じるものはまるでなかった。

 幼い頃なら、どうして会いに来てくれないのかと憤りの一つも感じたかもしれないが、今の私に父に対しての恨み辛みはない。私にとって父親とはいないものだと認識されているからだ。

「それで?」

「それでって、まあそうよね。会ったこともないものね。実感わかないわよね。……これ」

 ハハが私の前に突き出したのは、一枚の写真だった。

 その写真を見て、すぐに似ていると思った。

 少し醒めているともとれる冷静さを感じさせるその姿は確かに似ている。

 レイのことばかりに気をかけていたが、彼にもまた暫く会っていないのだ。

 無性に懐かしさを感じ、笑みがこぼれた。

「似ているでしょ?」

 私の頭の中の疑問に答えるように、ハハはそう言った。

「どういうことだ?」

「ワットとあなたは姉弟なのよ」

 まさか、父親どころか弟までもいるとは思わなかった。流石にこれには驚きを感じた。

「ワットはハハの息子なんだな?」

「違うわ。ワットはあなたの異母姉弟なのよ。ワットを産んだのは私ではないわ」

 ということは、父親は既婚者だったということなのだろうか。

 ハハは叶わない恋に身を焦がしていたのだろうか。

「あのね、あのブラウン管テレビはもとは私のだったの。あなたと同じようにあの世界に連れていかれて、パーティに参加した。解るでしょ? そのパーティは、今の王の花嫁を探すパーティだった」

 随分と前の出来事に思えるレイの生まれ育った国で行われたパーティ。あれにハハもまた参加していたのだ。

「じゃあ、私の父親は王様なのか?」

 うっすらと浮かんでくる王の顔を思い出す。しかし、顔の部分は思い出せず真っ黒だった。

 そこでふとあることに思い当たる。もしも、私とワットの父親が王であるのなら、レイとも姉弟ということになる。

そうだとしたら、私は……。

「いいえ。あなたの父親は王ではない。王との言わば見合いの席で私は、違う男性を好きになった。相手も同じ気持ちだった。王が私を気に入ってしまったなら厄介なことになっていたところだけれど、幸い王が選んだのは今の王妃だった。あなたの父親はね、その当時、王の側近だった人なの。彼から離れたくなくてね、暫く向こうで暮らした。王が一室を与えてくれて、私たちは暇さえあればいつも一緒にいた。彼からプロポーズされた時、嬉しくて仕方なかった。けれどね、幸せだと感じれば感じるほど日本のことが気になって仕方なかった。丁度その頃、王が私に母の具合が思わしくないことを教えてくれた」

 ハハの母、即ち私の祖母だが、私がまだ物心がつく前に亡くなっている。祖父は私が産まれる前に亡くなっているので、私には祖父母という存在とは疎遠なものだ。

 オルブライトと繋がりのある世界には、調査員や異世界に居を移した人々が存在する。王は彼らからあらゆる情報を得ている。祖母の情報も、そういった経緯で手に入れたらしかった。

「彼には前途ある未来が約束されていた。もしかしたら、日本に来てほしいと言ったら、全てを捨てて着いてきてくれるかもしれない。けど、私には彼の未来を奪うことも、一人で病と闘っている母を見捨てることも出来なかった。だから私は……」

「なにも言わずに日本に帰って来てしまった? そして、帰ってきて初めて妊娠していることを知った?」

「そうよ。内容の薄いドラマみたいでしょ?」

 自嘲気味に笑うハハが痛ましかった。

 確かにドラマではよくあることなのかもしれない。

 だけど、ハハの背負ったものは、ドラマなんかでは表せないものがあっただろう。

「その男はハハが日本に戻ったあと、オルブライトで結婚して、ワットが産まれたんだな?」

「そう。あれ以来彼とは会っていないけれど、王とは手紙でやり取りをしているのよ。だから、彼が結婚をしたことも、ワットが産まれたことも知っている。奥さんが若くして病気で亡くなったこともね」

 文通なんて、なんて古風なと思ったが、異世界間での通信機関などあるわけないのだろう。

「ハハはワットがその男の息子だって知っていたのか?」

「知らなかった。息子が産まれたってことは知っていたけど、どんな容姿をしているのかも、どんな風に育って、どんな性格をしているのかも知らなかった。だけど、見ればすぐに解る。そうでしょ?」

 確かにそうだ。

 写真を見て一発でワットに似ていると思ったのだ。実際の人物を見ているハハであるなら、あらゆる仕草の類似点を見つけることが出来ただろう。

「そうだな。似てるもんな。ワットは? ワットはハハが父親の恋人だったこととか、私が姉であるとか知っているのか?」

「ずっと知らないだろうって思っていたの。だから、黙っていた。けれど知っていたのよね」

 思い出す。ワットのハハを見る目は、一見したら恋をしているのではないかと疑うものだった。けれど実際は違ったのだ。

「ワットはハハを恨まなかったのか?」

「ずっと会いたかったって言ってくれた。幼い頃に聞いていた話は、いつも私のことだったって。だから、私を母のように思っていたんだって。それを聞いて亡くなった奥さんに申し訳なく思ったし、彼に憤りを感じた。だけど、嬉しかった。彼が私のことをずっと覚えていてくれてたんだって」

「ハハはまだその男が好きなんだな? ハハはまだ十分若いし綺麗なのに、恋人を作る気も結婚する気もなさそうだから変だと思ったんだ」

 口元を歪めて微笑む姿がその答えなのだろう。

 ハハも私と同じように大きな後悔をしていたのだろうか。その男を思ってたくさん泣いたのだろうか。

「私には、その男に似ている部分があるのか?」

 自分の父親であるというその男に、少し興味が沸いた。残念ながらそれは父親としてではなく、ハハの想い人としてではあったが。

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