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第26話

 水族館でのレイは、あんたは子供か、とツッコミたくなるほど興奮していた。

 オルブライトには海はあるが、こういった施設はないのだそうだ。

 レイは、魚が泳ぐ姿を見るのは初めてだと水槽に張りついて見ている。

 母親になった気分でそんな姿を見ていたが、時折レイが振り返っては見せる微笑みにこれがデートだと突き付けられる。

「楽しいか?」

「うん、とても」

 クラゲの美しい姿を見上げながら頷いた。

 私は楽しそうに魚を見るレイを見ているほうが楽しい。

 当初予想していた通り、館内は貸し切り状態であったため、レイがどんなにはしゃぎ騒いでも誰も諫める者はいなかった。

 その静けさと落とされた照明に、自分が水中に漂んでいるような気がした。

 イルカのショーも見物客は二人だけ、イルカのキスはレイが受けた。

 ショーを担当するお姉さんも、二人だけのために一生懸命だった気がした。いつもあれだけ全力投球の熱い女性なのかもしれないが。

「それでは、幸せなお二人に挨拶しましょう。さようならっ」

 お姉さんとイルカが二匹、私たちに向けて手を振っている。隣りで座るレイも笑顔で手を振りかえしている。少々恥ずかしさを感じるものの私もおずおずと手を振りかえした。その途端、お姉さんの手の振りがさらに大きなものになったのは、私の気のせいではないはずだ。

「亜美。イルカってすごくって綺麗だね」

「そうだな。綺麗だ」

 高く高く飛び上がり水飛沫を上げながら泳ぐイルカの姿はとても美しい。間近で見たイルカの瞳もとても愛らしかった。何度となくこの水族館に訪れたことがあるが、あんなに間近でイルカを見たのは初めてだった。普段はお客さんがたくさんいて、お姉さんに選ばれるのは子供たちなのだ。子供たちが手を上げる中で大人が選ばれることはない。当たり前のことだが。

 その場を後にして、順路通りに魚や海洋動物、植物などを見て回った。

「亜美はおなか空いた?」

「うん? ああ、そろそろお昼時か。確か館内にレストランがあったと思うけど、やってるよな」

 あまりに人がいなさすぎて、レストランが営業しているのか不安になってしまった。

 まあそれは私の杞憂に終わったのだが。

 レストランはきちんと営業していたし、普段よりなんとなく丁寧に接客されたような気がした。きっと相当暇を持て余していたのだろう。

 レイに聞かれるまで少しも気づかなかったが、どうやら私は相当腹を空かせていたらしい。食べ始めると、レイが呆気になっているのを無視してガツガツと食べ続けた。

「なあ、レイ。いくらなんでもこんなに人が少ないっておかしくないか? あんまりに人を見かけないと、この水族館は先行きが危ないんじゃないかって心配になるな」

 従業員に聞こえないようにこっそりとレイにつぶやいた。

「大丈夫だよ。もうしばらくすれば人は来るから」

「は?」

 にこりと微笑むレイに首を傾げた。

「人が来なくて当然なんだ。午前中はね、俺と亜美の貸し切りなんだ。どんなに待ったって誰も来ない。でも、午後からは解放されるからそろそろ人が来るんじゃないかな」

「貸し切りっ?」

「そう。実はね、事前に頼んであったんだ。だからね、どうしてもここに今日来たかったんだ」

「でも、今日は片野先生のところに行くことになってただろ。もし、私が先生が作品を読んでくれるのを待っていたらここに午前中には着かなかったかもしれないじゃないか」

「そうだね。俺は運がいいのかな。こうして、二人きりで水族館を満喫することが出来た」

 まるでそうなると解っていたかのような余裕の笑みを浮かべている。

 レイは私が先生の事務所を出たとき、引き返したほうがいいと言っていたんだ。なんであんなことを言ったんだろう。もしそれで、私が引き返すと決めたなら、ここへは来れなかったのに。私が引き返すはずがないと予測していたんだろうか。

「違うよ。もし、片野先生のところに亜美が戻ると決めたなら、それはそれでいいと思っていたんだ。この時間が無駄になったとしても亜美がしたいようにすればいい。でも、亜美は戻らなかった。それだけのことだよ」

 水族館を貸し切るなんて相当お金もかかるだろう。それなのに、私がいいならその時間が無駄になってもいいなんて。

 レイは馬鹿だ。私なんかの為に水族館を貸し切りなんかにして。そんな幸せそうな顔で笑うな。

 私にそこまでしてもらう価値はない。レイが好きになるほどいい女じゃないのだ。

「なんで私なんだよ、馬鹿」

「どうしてかな。解らないけど、亜美がいいんだ。亜美じゃなきゃ嫌なんだ」

 こんな風に全力で打つかってきてくれるのに、私はどうして何も返せないんだろう。何も解らないんだろう。

 嬉しいと思うのに、それがレイと同じ感情だとは思えない。私は誰も好きになんかなれないのかもしれない。

「いいんだ、亜美。そんな顔しないで。俺は亜美の傍がいいんだ。亜美が俺を好きになってくれなくても、傍にいたいんだ。ずっといたいんだ。駄目かな?」

 私はどんな顔をしていたんだろう。困った顔か、それとも泣きそうな顔か。レイはそんな顔と言うけれど、レイの方こそ泣きそうな顔をしている。

 私はレイの笑顔が好きなんだ。ずっと笑っていてほしいと思う。

「許す。私の傍にいていいよ。ずっと」

「ありがとう。俺はずっと亜美の傍にいる」

 傍にいてほしいと願っているのは寧ろ私の方だ。レイがいつか私の傍から離れて、オルブライトでどこかのご令嬢と結婚しなければならないことは解っていても、そう願ってしまうのだ。それがあまりに身勝手な願いだと知っていても。

 私はレイを特別な存在だと思っている。

 私の不足部分を補うことの出来る唯一無二の存在、それがレイのような気がする。レイが私を潤わせてくれる。こんな例えは可笑しいかもしれないが、私が花ならばレイは水かそれとも日光か、私がペンならばレイは紙、私がボートならレイはオール。そんななくてはならないものにレイはいつの間にかなっていたのだ。

 ただし、それは決して恋などではないのだ。

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