第24話
「なんか変なんだよ」
一日の全ての抗議が終了したあと、ついてこようとするレイとワットを無理矢理帰し、真希と共に学校近くの喫茶店に来ていた。
「そう? いつもとそんな変わらないと思うけど?」
真希は優雅に紅茶なんかを口にしながら、大して興味なさそうにそう言った。
「レイは突然心配性になったし、ハハやワットはイヤに私の気持ちを聞いてくるし」
「そりゃ、亜美とレイを早いとこくっつけたいんでしょ。あんたたち見てたらうずうずしちゃってしょうがないんじゃないの?」
さも当然と言わんばかりの真希。
「でも、今まではもっと遠目から見てたっていうか、見守ってくれてたはずだぞ」
「あんたが絵本作成にばかりかまけていたから気付いていないだけでしょう?」
否定は出来ない。確かに私は、絵本のことですぐに頭が一杯になってしまうのだ。
真希が言うとおり、私が気付いていなかっただけでこれが普通なんだろうか。
「そうなのかもな」
呆れ気味な吐息を漏らす真希は紅茶を飲んで、満足気に口の端を上げた。
「ところで亜美、最近太一とは会った?」
「イヤ、最近は会ってないな」
「もしかして避けてるの?」
避けているつもりはない。どちらかと言えば、こちらが避けられているのではないかと思う。前は太一から私に会いに来てくれていた。
「別に避けてないぞ」
「ふーん。太一からは話しづらい部分もあるんだろうから、あんたから会いにいってやったら?」
「私から話しかけていいものなのか?」
太一が避けているのなら、私から話し掛けるべきではないのではと考えていた。
「そんなの。かけていいに決まってるじゃないの。寧ろあんたから声をかけなきゃダメなんじゃないの」
「そうか。じゃあ、早速明日声をかけてみるよ」
なんと話し掛ければいいか悩むところであるが、話し始めればいつもどおりの空気感になることは解っていた。
「太一。おはよう。今日も寒いな」
翌朝、前を歩く太一を早速見つけた私は迷うことなく声をかけた。幾分不自然さを感じるのは、仕方ないことであろう。
「亜美。おはよう」
不自然さを欠けらも見せない太一の笑顔に、ホッとしていた。
そこからは、ほんのわずかなわだかまりなどまるでなかったかのように、私たちは幼なじみの枠に戻った。その枠の中に戻ることが、太一の本意であるかは解らないとしても。
「太一は卒業後の進路は決めているのか?」
太一と並んで歩き出し、そう問いかけた。
そろそろ就職活動に入ってもおかしくない時期だ。
私はもう何があろうと絵本作家を目指すと決めているし、作家になって軌道に乗るまではアルバイトでも何でもして食い繋ぐつもりでいる。
「実はもう就職先は決まってんだ。先輩に誘われてさ。前に話しただろ? 会社立ち上げた先輩の話」
確か一つ上の先輩で、ここに在学中に幾人かの仲間だけで会社を立ち上げたと聞いている。
グラフィックデザイン学科に在席している太一は、こう見えて優秀なデザイナーなのだ。そんな話が立ち上がってもおかしくはない。
「入りたかった所なんだろ? 良かったな」
「何で解った?」
「そりゃ、前に話してた時は羨ましそうに話してたからな」
いいよな、すげぇよな、カッコいいよな……。
そんな言葉を何度も何度も繰り返していた太一。自分がどれだけ繰り返していたのか自覚もないのだろう。
恥ずかしそうにはにかむ太一が眩しく思えた。
「本当に良かったな」
「ああ」
幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校。ずっと一緒だと当たり前に思っていたが、専門学校を卒業してしまえば毎日顔を合わせることはなくなる。お互いが会う働きかけをしなければ、疎遠になることだって難しくない。そんな風に会わなくなった友達が少なからずいた。
太一と、それから真希は疎遠になってしまった友人たちとは違う。特別な存在だ。きっと多少離れても、大丈夫だと思いたい。
「俺はさ、お前の友達だ。一生な。お前が嫌だって言ったって俺がお前から離れることはない」
太一といて困ることは、私の気持ちの機微に敏感なところだ。
解ってほしくないことも解ってしまう。それが鬱陶しくて、そして堪らなく嬉しい。
「そっか」
「そうだ。お前が彼氏を作ったら品定めしてやるし、結婚する時には友人代表でも司会でも何でもしてやる。子供が産まれたら子守だってしてやるよ」
太一の語る未来がありありと浮かんでくる。子供の名前さえ太一が命名しそうだ。
子供の姿は目に浮かぶのに、夫になる男は全く思い浮かばなかった。
一応こんな私でも子供はもうけられそうだ。もしかして、未婚の母になる可能性もあるのかもしれない。
誰かと結婚する自分がどうしても想像できないのだ。
「太一っていい男だよな」
「今さら気付いたのか?」
苦笑を浮かべながらそう言い、ちらりと後方を窺った。それにつられて後方を見ると、ワットがレイを慰めているところだった。
「馬鹿だな、レイ。あんたも十分いい男だよ」
私の言葉一つでレイの表情は一息に明るく弾けた。
太一が苦笑するほどの豹変ぶりを見ながら、私はそんなレイを愛しいと思った。そう思ったことは、自分の胸に納めておく。
「本当、亜美?」
しつこいくらいに確認してくるレイは、いい男と言うよりは可愛らしい。
「信じられないなら、信じなくてもいいぞ」
「信じるよっ」
慌てたようにまくし立てるレイに笑みが零れる。そんな私を太一が見ていることに気付いて首を傾げる。
「何だ?」
「イヤ、何でもない。レイは、苦労するかもしれないな。ああ、もう苦労しているのか」
私に返事をしたあと、レイに矛先を向けた。
その言葉の意味が解らなかったが、どうやらレイには通じたらしく、頷いて二人顔を合わせて苦笑している。その、二人にしか解らない何かに、以前には見られなかった親密さを垣間見た気がした。
「お前らそんなに仲良かったか?」
「「さあ?」」
二人の声が重なった。




