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第22話

「どうって急になんだ?」

「今は私からの質問の時間よ。答えてちょうだい」

 何がなんだか解らないが、その質問に答えることが、今最も大事なことであることはその気迫から解る。

「どうって別に。良い奴だと思うよ。あいつにはいつも助けられてるし、信頼もしてる」

「そういう意味じゃないって解っているでしょ?」

 解ってはいる。ハハの異様なまでの真剣さを見れば、レイの人間性を判断しろとは言っていないのだ。ただ、自分でもよく解り切れていないのだ。レイをどんな風に思っているのか。

「解ってるぞ。だけど、何て言えばいいんだ? レイは勿論好きだぞ。私の一番近くにいる男だろうし、その距離を既に認めてる。じゃあ、近くにいるからって恋愛感情を持ってるかって聞かれると解んないんだ。そもそもそんな感情誰かに抱いたことないしな」

 頭をぼりぼりと掻きながら正直に言った。

「レイがもう一度プロポーズしても結果は同じ?」

 矢継ぎ早に次の質問が投げかけられる。恐らくこの会話は上にいる二人には聞かれたくない内容なのだろう。解らなくもないが。

「自分の気持ちを理解できていないのに応えられるわけないだろ。そんなのレイに失礼だ」

 再びレイにプロポーズされたところで、返事は同じだろう。レイが本気でぶつかってくるのだから、中途半端に返事できるわけない。

 正直に言えば、私はレイといれば幸せになれるんじゃないかと思う。今の気持ちのままレイの胸に飛び込んでも私は幸せだろう。だが、レイはどうだろう?

 中途半端な気持ちのまま飛び込んでいく私といてレイは幸せを感じるだろうか。幸せだと答えるかもしれない。それでもきっとそれはレイの望む幸せではないはずだ。勝手な想像にすぎないが。

「そう。解ったわ」

 淡々とそれだけ言うと、ハハは話は完結したとばかりにテレビを再び点けた。

「なんなんだ?」

 私の不平を表す呟きをハハはあっさりと受け流した。聞こえてないはずはないというのに。

 それ以上そこにいても望む解答は得られないとふんだ私は、夕飯の支度をするため台所へ向かった。

「……では遅いのよ?」

 ハハが何かを呟いたようだったが、全てが聞こえたわけではなかった。

「何が?」

 振り返って聞いてみたが、もうハハはテレビに夢中で私など相手にしなかった。

 フンッと鼻で息を吐き、再び背を向けた。ハハの視線を感じたような気がしたがもう振り返らなかった。


「レイ。どうかしたのか?」

 ワットと共に降りてきたレイは、先ほどの笑顔はどこえやら、難しい顔をしていた。

 レイのリクエストで作ったシチューにスプーンを入れて、じゃが芋をころころと転がしている。心ここにあらずという感じを隠しきれていない。

「えっ、ああ、なんでもないよ。シチュー美味しいね」

 まだ一口も食べていないということにさえ気付いていないようだ。

 ワットと何かあったんだろうか。

 ワットをちらりと窺うが、こちらはいつもと変わった様子はまるでない。いつもの通り涼しい顔でスプーンを口に運んでいる。

「具合悪いんじゃないのか?」

「ううん。元気だよ。大丈夫」

 にっこりと無邪気な笑顔を見せられてしまえばそれ以上の突っ込みは出来ない。そう解っていての笑顔であろう。

 ハハもレイも様子がおかしい。

 ハハは特にぼんやりとしている風ではないが、何かに苛立っているのか、珍しく無表情だ。

 それぞれがそれぞれの異なる感情を抱いている食事の場は、何だか重苦しかった。

 私がレイを避けている時もこんな感じの重苦しさがあったが、あの時はハハが妙に盛り上げようとはしゃいでいたのでここまでの静けさはなかった。

「なんか空気悪いな」

「そんなことはございません。レイ様は亜美と出かけて幾分はしゃぎすぎてしまったようで疲れたのでしょう。久美様もお仕事をしてらして、帰ってからどっと疲れが出たのではないでしょうか」

 レイもハハも疲れが出てぐったりしているって感じじゃない。よってワットの言葉に素直に頷くことは到底できない。

 それでもこれ以上の詮索ができない以上、ワットの言葉に頷くしかないのだ。


 風呂上りに階段でワットと出くわした。

 軽く会釈をして降りて行こうとするワットの腕を無意識に引き留めていた。

「どうなさいましたか?」

 ワットは時折酷く優しい表情で笑う。まさしく今もその笑顔で、私は何だか居心地悪くなってしまうのだ。恐らく慣れていないだけだとは思うが。

「あのさ、レイに何かあったのか? レイじゃなくてもレイの国で何かあったとか?」

 あっという間に無表情に戻っていたワットが私の真意を探るかのように瞳の奥を見つめる。こちらも意地になってその視線から逸らすことは絶対にしない。

「何故、とお聞きしても?」

「何故って食事のとき様子が変だっただろ。私が心配しちゃ悪いのか?」

「いいえ。そんな風に思っていただけてレイ様は嬉しいのではないでしょうか。ですが、同時に苦しくもあるのかと」

 目を見開いてワットを凝視した。

「苦しい?」

「レイ様は亜美が大好きなんです。愛している、と言っても過言ではございません。ですが、亜美にレイ様へのそういった感情はございません。片思いというものは、苦しいものでございますよ。仲が良くなればなるほど人の欲は大きくなります。こんなに近くにいるのに手に入らないもどかしさ、切なさ、苦しさ。亜美にはご理解できますか?」

 正直に言おう。

 理解できない。

 私は誰かを好きになったことなどない。誰もが口にする愛しさも切なさも、喜びも、もどかしさも、苦しみも私には何一つ理解できないのだ。

「解らないよ、私には。私が傍にいることはレイには苦痛なことなのか?」

「いいえ、もちろん違います。多少の苦痛が伴うことは否定できませんが、幸せな感情の方が大きいのではないでしょうか」

 私はレイに傍にいてほしいと思う。無邪気な笑顔を私に向けてほしいと思う。優しい手を差し伸べてほしいと思う。

 だが、レイは私の傍にいない方がいいのかもしれない。

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