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第2話

 ボソボソと数人の声が飛び交っているのを近くで聞いたような気がして目を覚ました。

 目の前には見慣れないドレスを着せられた私が、数人の女性にメイクを施されている姿がそれはもう大きな鏡に映し出されていた。

 さほど長くもない黒髪が器用に後ろでまとめ上げられている。

 自分で言うのもなんだが、悪くない。

「って、違うわっ。あんたら誰よ? 人攫いかっ」

 がばりと立ち上がり、彼女達の手を振り払って怒鳴った。

 私が4人――後ろに1人、前に3人いた――を威嚇して睨み付けると、困惑したように顔を見合わせている。

「あの馬鹿丁寧でいけすかない男を出せっ」

 手を伸ばそうとした1人の女性から、触れられないように捕われないように後退り、力の限り叫んだ。

「本当に凶暴な方ですね。あまり彼女達を苛めないで下さい」

「出たな、誘拐犯。その顔を見れないものにしてやるわっ」

 それはお断わり致します、と苦笑する。

 男――確かワットとか言ったか――は、彼女達に目で指示を与え、退出させた。

「私を今すぐ家に帰せっ」

「亜美様を部屋にお帰しするとお約束いたします。けれどその前に舞踏会に出て頂きたいのです」

「バカを言え。今すぐ帰せっ」

「お帰りになりたいのならばお好きにどうぞ。ただ、亜美様に帰り方がお分かりになるのですか?」

 わざとらしく残念そうに首を傾げる。

「っ。てめえがさっさと帰せば済むだろがっ」

 私は再び奴のネクタイを締め上げて怒鳴った。

 胸ポケットからハンカチを取出し、落ち着き払って飛び散ったであろう唾を拭き取っている。

 全くもっていけ好かない男だ。

「まあ、落ち着いて下さい。私の願い事など取るに足らないものです。ほんの二時間ほど舞踏会に参加してくださればいいのです。会場にいてさえ下されば。そのあとは私が責任を持って亜美様をお部屋にお帰し致します。お母上が戻られる前に必ず送り届けるとお約束いたします。どうかお願い致します」

「知ってるか? あんたがやってるのは強迫だ。……ちゃんとハハが帰る前に家に戻してくれるんだろうな?」

 ええ勿論、と微笑むワットを心の底から殴りたいと思った。

「分かった。出てやろうじゃねぇか、その舞踏会とやらに。言っとくけど、行儀良くなんて期待するなよ。ダンスも出来ないからな」

「亜美様が男前なのは、十分承知しております。料理は沢山ご用意させていただいておりますので、存分にお楽しみください」

 にこりと微笑むワットのネクタイを漸く解放した。

「ところでここどこ?」

「ここは……」

「ちょっと待てっ。それ以上言うな。これは夢だ。そう、これは何から何まで夢」

 私は自分自身に言い聞かせた。これが現実だったとして、どうして信じることが出来るだろうか。全て夢だと思っていたほうが気が楽だ。理解できないことを考えても仕方ないのだから。

「夢、ですか。そう思って頂いても結構です。亜美様、そろそろ支度に戻って頂きたいのですが」

 うん、と素直に従うと先程の4人組が再び現われた。

「さっきはごめん。あんた達に不快な思いさせたね」

「いえ、戸惑われるのは当然ですもの」

 4人の中で一番年長――といっても20代だろう――の女性がにこやかにそう言った。他の方達もニコニコと笑っている。

「では、時間をロスした分スピードを上げて参りますよ」

 頼もしいその女性は、年少の3人に頼られているのが分かる。

 私は暫くの間、彼女達のされるがままにされていた。

 一度舞踏会に出るとなると、腹も据わり覚悟も出来る。だが、それでいて夢だと思っているので、気楽なものだった。

 私は参加することに意義を見いだされているようなので、多少の無礼も許されるだろう。

 私は全く緊張していなかった。寧ろどんな料理があるのかと、楽しみな程であった。


 扉が開かれると、そこはきらびやかで眩しく、私は目を細めた。

 女性のドレスのなんと色鮮やかなことか。私の水色のドレスは初め見たときは度胆を抜かれたが、この中に至っては地味な方であるようだ。

 何故か会場の視線がこちらに向けられているような気がした。

「みな亜美様を御覧になっているのです」

 私の手を取りエスコートするワットが小声で囁いた。

「なんでだよ? 私に喧嘩売るためか」

「何を仰っているのですか、亜美様の美しさに注目されておいでです」

「あはは。面白いな、その冗談」

 笑い飛ばせば、残念なものでも見るような目を向けられた。

 ムカつくぞ、ワット。

「まあ、いいですけどね。亜美様にその自覚がないのは火を見るよりも確かですし」

 自己満足したように、何度か頷いている。勝手に満足しないでもらいたいものだが。

「さあ、こんなところで立ち往生していても何も始まりません。参りましょう、姫様」

「お前、次姫様とか言ったらぶっ殺すからな」

「はいはい、承知しました」

「はい、は一回だって習わなかったのか?」

 表情は始終にこやかに、だが、交わされる会話は何とも物騒なものだったと記憶している。

 中央にはダンスフロアがあり、幾人かのペアがダンスを楽しんでいる。立食フロアには、料理を皿に乗せて意中の女性に振る舞おうとする男性がせっせと作業をしている。

 ざわざわとあちこちで談笑がされており、そのお行儀の良い雰囲気に一気に疲れを感じるのだった。

「おい。こいつらいつもうふふ、おほほって笑ってんのか? なんか気持ち悪いな。本当に面白くて笑ってるようには見えないけどな」

「それが社交界というものです。時として愛想笑いというのも必要です」

「まあね。でも、ここにはそれしかないじゃないか。本当に楽しそうにしてる奴なんていないんだな」

「残念ながらそうかもしれませんね。野望と策略、腹の探り合いです」

 ワットもまたそういう社交界を良く思っていないのか、眉間に皺が寄っている。

「ワット。お前が連れて来たのはその者か?」

 声の方に振り向くと、私と同じくらいの背丈の――約165㎝ほど――少年がにこやかにワットと私を見ていた。

「はい、そうでございます。殿下」

 殿下と呼ばれたその少年を、私は無遠慮に観察した。

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