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第17話

 トイレから出ると、ハハが鍋の輪の中に加わっていた。

 若者と同化したハハは、とても若く見えた。これがハハの言う、若者パワーなのだろう。

「亜美、ただいま。早くしないとなくなっちゃうわよ? トイレに籠もってたみたいだけど、平気なの?」

「おかえり。平気だ。出すもん出したらスッキリした」

「ちょっと食事中っ」

 実際出すものなど出していないが、おどけた感じでそう言えば、真希に鋭く叱られた。

「ごめん」

 ふんっと真希は鼻息を荒くした。

 私が座っていた席は、ハハに取られてしまっていた。どこに座ろうかと思っていると、両手を引かれた。

 右手をレイに、左手を太一に引かれている。

 二人とも人一人分あけて、座るように促した。どちらに座るにしろ角が立つ。どうしたものかと考えていると、助けの手が伸びた。

「亜美。こちらに来たらいかがですか?」

 ワットが真希とのあいだを開けて私を呼び寄せた。

 ワットが見せた優しさに少々戸惑いながらも、その優しさに甘えることにした。

 レイと太一が不満そうにしていたが、どうしようも出来ないし、第一面倒だったので見なかったことにする。

 ワットと真希の間に座ると、視線を感じた気がして顔を上げた。

「何?」

 ハハがなぜか嬉しそう、というよりも幸せそうにこちらを見ていた。

 笑顔のまま頭を横に振る。

 意味が分からず首を傾げたが、上等そうな肉を発見しすぐにそちらに夢中になった。

 だが、またしばらくして視線を感じ、見ると同じ顔でハハが見ている。

「だから、なんだよ。気味悪いぞ」

「母親が娘を見て何が悪いのよ。いいじゃない」

 今度は開き直りだ。

 そんなことが何度かあったが、きりがないので諦めた。

「ずっと気になってたんだけど、ワット君ていくつ?」

 あらかた鍋もなくなり、お腹が満足したのか、真希がワットに尋ねた。

 確かにワットは年齢不詳なところがあり、大分歳がいっているようにも、案外若そうにも見える。若そうと言っても二十代の半ばと言ったところか。

「17歳でございます」

「は?」

 驚いたのは私だけではなかった。真希も太一も私同様に驚いていた。

 まさか年下だとは誰が思うだろうか。

「17にしては、貫禄ありすぎだろ」

「お褒めいただき、光栄にございます」

「褒めてねぇし」

 この物腰で、年下だなんて詐欺だ。レイと一歳しか違わないなんて。

「あれだな、あんたはそんな喋り方をするから、落ち着いて見えるんだな」

 私の意見に、真希と太一が激しく同意している。

「落ち着いてなどおりません」

「ワットは落ち着いているわよ。亜美のほうが妹みたいだもの」

 ハハの言葉に、なぜか照れた様子のワット。まさか、ハハに心を奪われたわけじゃあるまいな。

 もしかしてあり得るかもしれないちょっと近い未来を想像して鳥肌が立った。

 ワットを「お父さん」と呼ばなければならないなんて事態にならなければいいが。

「落ち着いてなくて悪かったな」

「あら、なに拗ねてんの。私はそういう亜美が好きなのよ。ただ、そろそろその話し方も直さないといけないけどね」

 人が大勢いる中で、そんなことを言われて顔が真っ赤になるのが分かる。だが、その直後にムチが飛んで来て顔の赤みは青く変わっていったのだが。

 ふとワットの表情が視界に入った。その表情がなにを表すのか私には分からない。ただ、なんとなく寂しげに見えたのは間違いないように思える。

 普段表情に表さないワットが、今日に限ってぐらぐらと揺れている。

 一体なんだと言うんだろう。


「なあ、今日のワットは変だったな?」

 風呂上がりのレイを捕まえて、そう耳打ちした。

「そうだった?」

「あんたなんか知ってんだろ?」

 疑うような眼差しを投げ掛ければ、すいと視線をそらされた。

 明らかに怪しい。

「隠してるつもりか?」

「隠してないよ?」

 逸らされた顔の前に回り込み、顔を覗き込んだ。

 瞳の中を探るように見上げると、逃れようと眼球が揺れる。

「レイ様、亜美。今日は一段と仲がよろしいようですね?」

 声をかけられ、ギクリとする。その声は間違いようもなく、ワットのものだ。

 一体いつから私たちの様子をみていたんだろうか。

「別にいつも仲いいだろ? あ、私も風呂入らないとな」

 ワットから逃れるようにその場を後にした。

 ワットに風呂に入ると公言してしまったからには、実行しないわけにはいかなかった。

 湯船に浸かり、低いため息を吐いた。体の芯から温まり、普段から感じている肩凝りも軽減されていくようだ。

 その温かさに浸るように目をつぶると、知らず歌を口ずさんでいた。初め口ずさむ程度だった歌は、やがて調子があがり大熱唱になっていく。

 一曲丸々歌いきると、満足して体を洗いにかかる。

「ワットがおかしくなったのって、こっちに戻ってからかな」

 頭からシャワーをかけながら、呟いた。突然そうではなかったかと思い出す。

 ワットはもっと他人に対して無関心で――レイは除く――、表情を変えるようなタイプじゃなかった。

 それがレイのためとはいえ、私にこっそり忠告まがいのものをしてきたり、今日のように表情をコロコロと変えてみたりと忙しい。

 何か彼の国であったのだろうか。ワットを動揺させる何かが。

 ここまで考えて馬鹿馬鹿しさを感じた。

 なんでワットのことをここまで考えなきゃならないんだ。

 不本意極まりない。

 そもそも私はそこまでワットと仲良くはない。レイの隣にたたずんでいるだけで、あまり言葉を放つわけでもない。ただただレイを――たまたま目に入る私もついでに――見守っているだけだ。

 私とワットが話すことなど稀なのだ。一番長く話したのは、舞踏会に行ったときくらいなものだ。

「まあ、いいじゃないか。前より人間らしくて」

 そう自分を納得させた。だって考えたところで、ワットのことを理解できるとは思えないのだ。

 私が何を考えたところで、ワットの異変がどう変わるわけでもない。

 そう思うのに拘らず、その一分後にはもう同じことを考え始めていた。

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