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第15話

 あれから三日経とうとしていた。あれからというのは、勿論私がレイを避け始めてからだ。

 学校では、レイを隣には座らせない。座ることを禁じられたレイは、教室の一番後ろでワットと共に立っている。講義中ずっと後頭部から痛い視線を感じるが、決して振り向くことはない。

 一日の講義を終えても私から話すことはなく、数歩後ろをとぼとぼとついてくるのだ。

「喧嘩でもしたの? なんだかレイくんが可哀想。仲直りしてあげたら?」

 私とレイの異変を感じ取ったクラスメイト――確かレイが初めて学校にきた日に話しかけてきた馴れ馴れしい人だ――が、お節介にも話しかけてくる。

 いかにも嬉しそうに。私とレイが仲違いすれば、レイは自分の物になると本気で信じているのが見て取れる。

「可哀想だと思うなら、あんたが代わりに慰めればいいだろ」

 製作中の絵から目も上げずに切り捨てるようにそう答えた。

「それじゃ、私に任せて」

 意気揚々とレイの元に向かったようだが、彼女の声は聞こえても、レイの声は一切しない。

「亜美。申し訳ありませんでした。レイ様を許してあげては頂けませんか」

 突然声が聞こえてびくりとしたが、他人には分からない程度のものだ。

 見兼ねたワットが、耳打ちしてきたのだ。

 傍観していたワットが、そう言いにきたのだから、レイの状態は非常に酷い状態なのだろう。

「ワット。私が怒っているように見えるか?」

「いえ、そのようには見えませんが」

「そうだろ? 今な、この絵をどうしても仕上げたいんだ。その間、レイには離れていて貰おうと思ったんだ。でもまあ、もう限界だな?」

「ええ、勿論限界です。しかし、この三日、レイ様を避けることは亜美の負担にもなっていたのではありませんか?」

 私は答えなかった。

 図星だったのだ。レイがある程度離れていてくれれば、製作にも身が入るだろうと思っていた。だが、実際はレイが気になって仕方がない。突っぱねるような台詞を吐くたびに、泣きそうなレイが頭を支配した。

 このままではラストの絵は描けない。

「ワット。今日はレイと二人で帰る」

 しばらく残って教室で絵の製作をしようと思っていたが、今日はもうそれも無理だろう。

「承知しました。では私は先に家に戻っておりますので」

「ああ」

 スッとワットの気配が去っていった。依然、あのクラスメイトはレイにまとわりついている。

 画材をカバンにしまい、振り向いた。

「レイ」

 大して大きな声は出していない。隣の人に語り掛けるぐらいの声だった。それでも、その声に瞬時に反応したレイは、全身で私の気配を感じようとしていたのだろう。

「帰るぞ」

 今にも泣き出しそうな目が、縋るように私を見ていた。

 自分でも恥ずかしくなるほど優しい声を放っていたように思う。

 レイの表情の変化はあっという間だった。笑顔に変わりゆく姿は、泣いていた子供が絵本を読んで笑顔になっていくかのようだった。

「亜美っ」

 近寄ってくるレイの頭を撫でてやるべきか。まるきり犬にしか見えない。

「帰るぞ」

 もう一度、レイの目を見てそう言った。レイの目を見るのがなんだか久しぶりな気がして、照れくさかった。

「うん」

 先に歩きだした私を追いかけて、レイが私の隣に並ぶ。

 隣に並ぶことも久しぶりのことだった。

 学校を出るまでは、私もレイも口を開かなかった。だがその空気は、今までの空気とは違い心地の良いものだった。

「亜美。ごめんね。もう、無断で部屋に入ったりしないから」

「悪かったな」

 私とレイが話しだしたのは、ぴったりと同時だった。

「同時に喋るなよ」

 苦笑してそう批難すると、それすらも嬉しそうにレイが笑っている。

 居たたまれなくなった私は、再び口を開いた。

「私はさ、あんたが無断で部屋に入ったことに大して怒りはなかったんだ。確かにあの瞬間は腹が立ったけど、家に帰る頃にはもうその怒りも消えていた。このまましばらくレイと距離を置けば製作に身が入るかと思って怒ってるフリをしてきたけど、駄目だったみたいだな。あんたが悲しそうな目をしていると思うと集中できない。喧嘩する前より描けなくなったよ。だから、ごめんな。もう、避けたりしない」

「怒ってないの、亜美」

「ああ、怒ってない」

「俺のこと、嫌いになったんじゃない?」

「別に嫌いじゃないよ。嫌いだったらあんたを家から問答無用で追い出してるだろ」

 不安そうな表情がどんどん和らいでいく。こんなにもレイを不安にさせていたのだ。

 私はレイを傷つけていたのだ。イヤ、それはもうこの態度を始めた時から分かっていたことではあるが。

「じゃあ、もう避けないんだ?」

「避けないって言っただろ?」

「うん。そっか。そっか……」

 どうしたものか、レイが泣き出してしまいそうだ。

「レイ? 悪かったよ。私が悪かった。何か償いをさせてくれ」

「亜美、一つ俺のお願い聞いてくれる?」

 顔を上げたレイは泣いてなどいなかった。にっこりと微笑まれると、まさか騙されたんじゃなかろうかと思わざるを得ない。

「聞いてやる」

「じゃあ、キスがしたい」

 私はその言葉の意味が理解出来ずに、イヤ、何も考えられずにただレイの瞳の中を覗き込んだ。

 いつもの無邪気なレイだ。だが、その瞳の中には無邪気なレイじゃないレイが紛れ込んでいた。

「よく聞こえなかった」

「亜美とキスがしたいって言ったんだよ」

「あのな、キスっていうのは、好きなもん同士がするもんで、私とあんたがしたらおかしいだろ?」

 一般の恋愛事情なんて知らないが、確かキスは好きなもの同士がするものだったよな。まさか今の時代は、気軽にキスを交わし合うアメリカンな関係が成り立ちつつあるんだろうか。私が知らないだけで。あまりにその関連に疎くて、常識が分からない。

「駄目かな? 亜美とキスしたい」

「もし、もしもだぞ、もしあんたとキスしたとしてもそれは別に私があんたを好きだということにはならないからな」

「うん。俺は亜美が好きだよ」

「そんなことは言わんでいい」

 私はレイを一睨みした後、すっと近付いてキスをした。レイの頬に。

 私とレイの関係ならこの程度が妥当だろう。別に唇にしろとは言われていないわけだし。レイは、自分の行いに満足している私の手を引いて抱きよせ、あっさりと私の唇を奪って行った。

「キスってこういうことだよ」

長らくお待たせいたしまして、すみません。

子どもが今はやりのマイコプラズマに罹り、会社を休んでいた分の仕事がわんさとあったものですからなかなか更新することができませんでした。

皆さんも、風邪には気を付けてくださいね。

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