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第14話

 クレパスをそっと机の上に転がして、大きく伸びをした。

 肩や首がばきばきと不吉な音を奏でている。

 自分が描いた絵を見て、首を傾げた。

「違うな、やっぱり」

 頭の中には、描きたい絵がイメージされているのに、いざ描き始めてみると、どうにもしっくりとこない。最後のページ。

 それがどうしても上手くいかない。一体何枚描いただろうか。

 今私が作成しているものは学校の課題ではない。

 出版社に送るためのものだ。ハハのところには決して送らない。ハハの力が何らかの形で影響するのを避けたいからだ。ハハの力を借りたのでは、夢を叶えたことにはならない。

 いつか夢が叶ったなら、ハハの勤める出版社と付き合いが出来るかもしれない。それは、まだまだ先の話になるだろう。

 夢を叶えるため、少しずつ動き始めていた。

 だが、中々このラストが上手くいかない。

「ダメだ。気分転換でもするかな」

 その台詞を待っていたかのように部屋のドアが勢い良く開け放たれた。

「俺も一緒に行くよ」

「聞き耳でも立てていたのか?」

 じろりと睨み付けると、それを払拭するような笑顔を浮かべた。

「聞き耳なんて立ててないよ。亜美が終わるまで待ってたんだよ」

 お預けを食らっていた犬のようにしか見えない。

 お散歩でもしてやるか、と思ってしまう。

 垂れた耳は、私の一声を待っているようにピクピクと期待に満ち満ちていた。

「散歩でも行くか?」

「行くっ」

 一気に上がったテンションに、どう対処すべきか考えあぐねて曖昧に笑った。


 散歩と言ったら、本当に散歩で、近くの公園に行くだけなのだ。

 どこに行ったのか、ワットの姿はなかった。

「ワットはどうしたんだ?」

「ん? 父上に報告に戻ってるよ」

「戻ってるってあのテレビから戻ったのか?」

「そうだよ」

「まさかとは思うが、私の部屋に無断で入ったのか?」

「声をかけたんだけど、亜美が起きなくて……。久美さんが入っちゃっていいって言うから入らせて貰ったよ」

 朗らかに笑うレイ。

 きっと悪いのは、面白がって私の部屋への入室を許可したハハなのだろう。それは分かっている。分かってはいるが……。

「私の寝顔を見たのか?」

「うんっ。とっても可愛かった。亜美は起きてるときも、寝ているときも可愛いね」

 沸々と怒りが込み上げてきた。無性に腹立たしさを感じていた。寝顔を見られたくらいなんだ。勝手に部屋に入られたくらいなんだ。減るもんじゃないいいではないか。それくらい分かっているのに、感情的な怒りを抑えることが出来なかった。

「ふざけんなっ。あんたみたいな無神経な男に可愛いなんて言われても嬉しくもないわっ。気分が悪いっ。帰る。ついてくんなっ」

 自分でも驚くほど冷徹な声が口を吐いて出てきた。

 レイに冷たい視線を送った後、静かに歩き始めた。

 周りの音が全て消え、私の血が騒ぐ音だけが際立って耳に入ってくる。

 レイが追いかけて来ているかもしれない。必死に私を呼んでいるかもしれない。だが、私には何一つ入って来なかった。

 直ぐに家に帰る気にもなれず、赴くままに足を進めた。

 気付いたときには図書館の前に立っていた。

 気持ちが騒めいていたので、本能的に絵本を求めたのかもしれない。

 図書館に迷いなく入り、絵本コーナーに足を向けた。

 絵本コーナーには、数人の親子が絵本を楽しんでいた。

 その姿を見ただけで、胸の騒つきがほんの少し和らいでいた。

 絵本コーナーには、中央に幼児用のテーブルと椅子がある。

 私は何冊かを手に取って、その小さな椅子に腰掛けた。

 絵本コーナーにいたお母さんが、私が1人で読み始めたことに目を剥いていたが、そんな好奇な視線にはなれていた。

 この図書館には、何人かの知り合いの親子がいるが、今日は姿が見えない。

 ゆっくりと味わうように読み進める。どの親子よりもゆっくりと、丁寧に。

 やがて周りの喧騒など完全に聞こえなくなり、私は絵本の世界にどっぷりと浸かるのだ。

 私は『ボク』になり、『わたし』になる。

 空を飛び、山を駈け、料理を作ったり、旅をしたり、友達を沢山作るのだ。

 絵本はいつでも私のオアシスだった。19歳の私ではない、まっさらな私になれた。

 そして、本を閉じると絵本の世界は突然に終わりを告げる。絵本の世界から追い出された私。けれども幸せな気持ちだけがほのかに残る。

 絵本を読んだおかげで幾分冷静さを取り戻してきていた。このままレイを許すこともすんなりと出来そうだ。

 だが、この機会にレイを私から離すのもいいのかもしれない。レイがいると製作の邪魔になる、ということは決してないが、それでもウロチョロされれば気にもなる。鉛筆が止まることもしばしばだ。

 せめて、あのラストのシーンが仕上がるまで怒っているフリをするのもいいのではないか。レイには悪いが、この機会に大いに反省して貰おうではないか。

 そう心を決めると、足取りも軽く図書館を出た。

 途中でスーパーにより、夕飯の買い出しを済ませる。レイが偏食の激しいタイプであるのなら、嫌いなものを食卓に上げることで懲らしめる、ということも出来るのだが、生憎レイに好き嫌いはない。何でも美味しそうに食べてしまうので、作りがいがある。お仕置きにはならない。

 冷たく当たるくらいしか私には方法がないようだ。


 家に帰ると、玄関でもじもじしているレイに出迎えられた。

 笑いをこらえて、無表情を貫きレイを睨みつけ、何も言わずにその横を通り抜ける。

「あのっ、亜美」

 返事もせずに足を止めた。しかし問い掛けることはしない。

 気まずい無言が、玄関に立ち込めた頃、レイを振り切るように再び歩きだす。

「亜美っ。ごめんっ。本当に悪気があったわけじゃないんだ」

「悪気があったらあんたは性犯罪者だな?」

 冷たい言葉を吐き捨ててレイを玄関に残して、奥へと歩いて行く。私を呼ぶ情けない声が追いかけて来たがそれも振り払った。

 若干の罪悪感が胸を締め付けたが、私はその態度を暫くは続けると決めたのだ。


こんにちは。読んでいただいて有難うございます。

子供が風邪っ引きにつき、更新が遅くなりました。まだ、治っていないので明日の更新ができるかどうか危ういところです。

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