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第10話

 告白なんてものは、面と向かってされるものと認識している。イヤ、していた。だのに、なんだってこんな事態になっているんだろう。

「好きだ。ずっとずっと好きだ。亜美はお前には譲れない」

 私に伝える前に、なぜその言葉をレイに打ち明けているのだろうか。私という存在がここにいるというのに。

「俺だって諦めないよ」

「イヤイヤ、おいおい。なにあんたらは勝手にやっちゃってんだよ。私の存在忘れてないか? 太一、今の言葉は本当なのか? 不本意ながら私は告白されたことになるんだろうか?」

 まるで私の存在など忘れていたかのように驚き、同時に私を見据える二人。

 驚いているのはこちらの方だ。

「こ、こんな形で言うつもりはなかったんだ。でも、気持ちに嘘はないぞ」

 店の中で打ち明けられて、私はどう対処すればいいのか。好奇心を孕んだ視線が、こちらに容赦なく降りかかるのを感じながら、私は答えなければならないのか。

「びっくりした、としか言いようがない。そもそもこんなところでする話じゃないだろ。場をわきまえろ。私はもう帰るぞ」

 二人に引き止められる前にその場を後にし、マグカップの代金を素早く清算したあと、店を後にした。

 真希には、店を出て、少し落ち着いてからメールを送った。

 真希にどんな顔をして会えばいい?

 私は知っていた。

 真希が太一をもう長いこと想っていることを。

 自分が太一に告白されたことよりも、真希のことが気に掛かった。

 真希はあの二人の会話を聞いてしまっただろうか。

 なぜよりによって私を。

 何も悪くないはずの太一を責めたくなった。私という存在を責めたくなった。


 家に帰ると、珍しくハハがいた。

「お帰り、亜美」

「今日は早いんだな?」

「そう。一段落ついたって感じ。それにしてもどうかした? 顔が変よ?」

「顔は元々変だ。ハハに似てな」

「イヤね、怒らないで。あなたは私に似て可愛いわよ。顔が変なのは本当よ。おかしな顔してどうしたの? 話して御覧なさい」

 こういうとき、何故だかハハに逆らえないのが不思議だ。話さなければならない気にさせる。

「太一が……私を好きらしい」

「そんなの今に始まったことじゃないじゃない?」

「知ってたのか?」

 顔色一つ変えず、ぺろりとそう言うハハに驚きを隠せない。

「知ってるもなにも見てれば分かるわよ。それで?」

 当然と語るハハを見ていると、一瞬でも戸惑いを見せた自分が恥ずかしくなってくる。

「それでって?」

「それであなたの方はどうなの? 太一くんが好き? それともレイくん?」

 人の気も知らないで、面白そうに笑みを滲ませるハハをこの時ばかりは憎たらしいと思った。

「別に二人ともそんなんじゃない。そういうのはまだ私には無理だ」

「何が無理なの?」

 ハハは編集者だからだろうか、相手の言葉を引き出すのが上手い。

「考えられないんだ。多分、そういう受け皿が今の私にはない。自分の夢のことしか考えられない」

「それなら正直にそう言うのね」

「うん」

 それは分かっているのだが……。

「あなたがそんなに気掛かりなのは、真希ちゃんのことね?」

「そこまで分かるのか?」

「舐めてもらっちゃ困るわね」

 ふふん、と鼻をならした。

「なるほど。年の功というやつか」

「お仕置きするわよ?」

「面倒臭いからイヤだな」

 ハハのお仕置きは、私の弱点を鋭くついてくる。

 例えば、子供の頃なんかは私が何よりも大好きなお菓子を目の前で美味しそうに食べてみせたり、私が苦手な男子に私からと偽ってラブレターを出したり――これは誤解を解くのに苦労した――、5分おきに携帯を鳴らしてみたりとそんなものだ。地味な悪戯とも嫌がらせともとられるハハのお仕置きを私は幼い頃は特に恐れていた感がある。今では、面倒なので避けたいと言ったところだ。

「まあ、今回は見逃してあげるわ。真希ちゃんのことは、あなたが気にしたってどうしようもないことよ。例えば、自分の立場で考えてごらんなさいよ。あなたが真希ちゃんだったらあなたに気を使われて嬉しい? よけい惨めな気分になるんじゃない?」

「確かにそうだな」

「何も知らない。っていつもと同じ態度でいるのが一番なのよ」

「ところで、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

 真面目な顔で助言しようとしているのだろうが、口元から笑みが漏れ出ている。

「だって、青春って私の大好物なんだもの。いいわよね、青春っ。悩んで、悔やんで、泣いて、笑って、苦労して。今しか出来ない貴重な時期を今生きているのよ」

 私には全く実感のわかないそのハハの言葉。あと何年か、何十年かしたら、同じような想いを抱くようになるんだろうか。

「よく分かんない」

「いいのよ。精一杯生きていれば、おのずと分かる時が来るんだから」

「そういうもんか?」

「そういうもんよ。ああ、今日は気分がいいから私が夕飯を作るわ。亜美、何が食べたい?」

「そうだな、オムライス」

「あなたは昔からオムライスが好きね。よし、分かった。とびきりの奴を作ってあげるわ」

 料理下手なハハの唯一得意なオムライス。そのオムライスは、私にとって特別なメニューだった。何か特別なこと、例えば誕生日とか、学校で賞を取ったとか、私に初恋が訪れたとか、そんなときは決まってハハのオムライスなのだ。

「あっ、そうだ。ほら、これ。新しいマグカップ」

 私は包装されたマグカップをテ―ブルの上に一つずつ乗せていく。

「これがハハのだろ。これが私。これがレイので、最後がワット。レイが選んだんだぞ」

「可愛いわね。何だか家族が増えたみたいで嬉しいわ」

 嬉しそうにそれらを見て微笑むハハを見ていたら、ずっと疑問に思っていたことが口を吐いて出た。

「なんで、あの二人をここに置くことを許したんだ?」

「ワットくんは私の知り合いにとてもよく似ていたのよ。ついオーケーしてしまったわ。それに、私これでも人を見る目には長けているのよ。一目で彼らがいい子だって分かったもの」

 知り合いに似ていたからと言って、ワットはハハの知り合いではないのだ。不用心にもほどがあるというものだ。

「ただいま」

 レイの声が玄関から聞こえたことで、ハハとの話は強制的に終了してしまった。



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