第24話 生還率六十八%
マノンの台帳に、新しい数字が載った。
《第七迷宮:再審査用暫定生還率六十八%》
《閉鎖勧告:再審査》
解除ではない。
再審査だ。
戻り始めた。
死にかけた迷宮は、一度の白で戻らない。
だが、線は残った。
なら、明日の補修に入れる。
入口脇では、レノが古い赤を削っていた。
刃の角度はまだ浅い。
だが、昨日より下地を見ていた。
剥がれた下地を出し、古い膜を落とし、何度も乾きを見る。
「本部へ推薦を上げました」
ガレスが言った。
「ラストール第七迷宮には、常駐補修が必要です。ノルさんの線は、新人を帰すための基準になります」
伝説の冒険者の勘ではない。
帰還教官としての実務判断だった。
その方がいい。
アルヴァンが契約書を出した。
「補修員ノル。ラストール第七迷宮、常駐補修契約。受けてくれるか」
紙の上に、俺の名前があった。
グランゼルの名簿から外された名前だ。
別の台帳に、別の線で乗っている。
大きく息を吐くことはなかった。
ただ、刷毛を握る指にわずかに力が戻った。
「受ける」
マノンが台帳に記した。
「補修員ノル:ラストール常駐補修契約」
条件は三つ入れた。
線を踏む者を止める権限。
封鎖線の上に荷を置く商人を退かす権限。
乾く前の通行を止める権限。
アルヴァンはすぐ頷かなかった。
支部長として、街の人間と冒険者の反発を考えたのだろう。
すぐ頷く契約は、乾きが浅い。
「認める」
少し遅れて、アルヴァンは言った。
「ただし、揉める時は私を呼べ」
「呼ぶ前に止める」
「止めた後で呼べ」
それならいい。
マノンは契約欄に、塗布、乾燥、確認の三つを分けて書いた。
「乾燥待ちも作業として記録します」
「作業時間ではなく?」
アルヴァンが聞く。
「乾燥待ちも作業だ」
俺が言うと、マノンが頷いた。
「確認しない線は、支出ではなく事故です」
アルヴァンが少し笑った。
今度はすぐ消えなかった。
リセは俺の隣に立っていた。
最初に会った時の距離ではない。
逃げるための距離でも、寄りかかるための距離でもない。
作業の邪魔にならない距離だった。
それで、今は足りる。
だが、胸元の黒は消えていない。
《死亡予定:未確定》
《白鐘封字:根残り》
リセの封字も、まだ根が残る。
第七迷宮の下地を削っても、白鐘の浮きは戻ってくる。
ここでは、下地まで届かない。
「根は外だ」
リセが俺を見る。
「白鐘神殿ですか」
「たぶん、そこへ続いている」
「行くんですか」
「ここを塗っても、また浮く。なら、浮かせている下地を見に行く」
リセは頷かなかった。
怖がっているようにも見えた。自分の死の根へ近づくのだから、俺でも怖い。
ただ、彼女は下がらなかった。
遠く離れた白鐘神殿で、死者名簿の一行が乾かなかった。
リセ。
消えるはずの名が、消えない。
その横に、薄く別の名が浮く。
ノル。
補修員。
紙を閉じる音がした。
「聖女ではない」
鐘のない部屋で、誰かが言った。
「補修員だ」
ラストールの白は、まだ乾ききっていない。
俺は翌朝の塗料を練った。
上塗りしただけだ。
乾く前に、下地を直す必要がある。




